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北方元寇秘録  作者: 大澤伝兵衛
最終章「北方蒙古襲来」
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第74話「クロスボウ騎兵」

 ワッサムを出発した時光達は南下してチユプペトという平地に侵入し、時光が率いる本隊は西に向けて進軍した。


 また、本隊から分派された少数の部隊は、南と東に向かう。それぞれの方向のピイエとアイペツの要衝には敵軍が駐留しているため、西に向かった本隊に攻撃を仕掛けてくる恐れがある。そうなれば挟撃されてしまい、非常に不利な状況に陥るため、それを防ぐための分派だ。それぞれの行き先で罠を作成したり伏兵として潜伏することにより、敵の進軍を遅らせるのだ。


 さて、西に向かいカムイコタンと呼ばれる地域に足を踏み入れた時光達であったが、ある程度進んだところで進軍を停止した。斥侯の情報によればこれより少し先に敵が布陣していると言う。


「皆、ここで待機だ。俺は少し偵察して来る」


 辺りはまだ暗い。


 時光達は蝦夷ヶ島とカラプトからかき集めた戦士により総勢一万を超える大軍であるため、完全にその気配は消すことは出来ていない筈だが、この方面における敵の主力である騎士達は、それほど夜目が効く戦士ではない。このため、まだ仕掛けては来ないであろうし、偵察のためにかなり近づくことも可能であろう。


 時光は直属の部下である丑松と、事前にこの地域を偵察したアイヌの斥侯を引き連れて出発した。


「あれ……」


 暗闇の中を、蝦夷ヶ島に多く分布している笹をかき分けながら進んでいると、アイヌの斥侯が静かな声で注意を促した。そこは時光達の本隊から見れば上り坂の途中に位置しており、獣道に毛が生えたような狭い道であった。そこに徒歩の騎士が数人待機していた。彼らの前には粗末な柵が置かれている。ここが彼らの防御線と見て間違いないだろう。


「多分、道の脇にも歩兵が配置しているんだろうな。よし、戻るぞ」


 これ以上近寄るのは危険だと判断した時光は、速やかに本隊の待機位置まで帰還した。


「では、戦の直前の評定を開始しよう。場所は事前の偵察で把握していた場所と変化はない。それで、敵は前線に柵を設置しているが、見たところあれは手で運べるはずだ。多分攻めていったら柵をどかして騎兵が長槍で突撃してくるはずだ」


「ではどうするんだ? こちらも長槍で対抗するか?」


 アイヌは突撃してくる熊を長槍を構えて待ち受け、熊の突進力を逆用することによって貫いて仕留めるという狩猟方法がある。この応用により騎士の突撃に対処することは可能である。後世におけるパイク兵が騎士を無力化したのに似ている。


「いや、その方法はこちらにも被害が出る可能性がある。前にカラプトでやった時は成功したが、あの時は多少の犠牲が出ても何か対処しなければならなかったが、今回はこの後も戦いが控えている。なるべく被害は少なくしたい」


「ではどうする?」


「簡単なことだ。このカムイコタンの道は狭い。騎士なんて二騎も並べばいっぱいだ。つまりその少数の奴らに一斉に矢を浴びせればいい。いくらあいつらが重武装でも一斉射撃をくらえば無事では済まない。そして、この狭い道で先頭がやられたらどうなるか?」


「なるほど。後に続く奴らが詰まってしまうな」


 評定に参加しているアイヌの戦士達は感心した声を上げた。


 この地域の主力である騎士達は、この地域の様な山がちでしかも木々が生い茂った場所の運用には向いていない。元々その様な判断によりこの地域に進軍したのだ。


 この後細部の作戦が話し合われ、出撃が決まった。その時にはすでに日が昇り始め、辺りがぼんやりと明るくなっていた。


「行くぞ」


 静かな時光の命令により、進軍が開始される。時光は道の上を先頭に立って進み、大多数はその後に続くが一部の者は道から脇に逸れ、藪をかき分けながら進んで行く。


「見えた。もう騎乗して待ち構えているか。流石にこれだけの人数で仕掛けたら気付かれるな」


 時光達の前方には、馬に跨り、戦闘態勢に入った騎士達が待ち構えていた。


「よし! もう少し近づいたら一斉射撃だ! 何!?」


 敵の騎士達の主たる攻撃は騎兵槍(ランス)を構えた騎兵突撃(ランスチャージ)である。つまり近接戦闘こそが彼らの得意技であり、それが実行される前に勝負を決めるべく、時光達は弓を準備していた。


 しかし、弓による必殺の間合いに入るために接近しようした時光達を待っていたのは、敵からの矢の雨であった。


「あ、あれは弩か!」


 騎士達の手には、手持ちの木製の台座に取付られた弓が握られている。これは時光が気付いた通り()と言う武器に近いもので、騎士達が持っているのは弩の西洋版である()()()()()である。


 クロスボウは弦を引いた後それを固定し、引き金を引くことによって矢が発射される。このため、通常の弓と違って弦を引いた後に引っ張り続ける必要が無いため、より強力な弓を使用することが出来る。何せ力を用いるのは一瞬だけなのだから。


 そして、その威力は騎士の装着する強固な鎧すら貫通できる恐るべきものである。何人かのアイヌの戦士が射貫かれて負傷した。


 予期せぬ攻撃を食らったため後退し、敵の攻撃の間合いの外にでた。


「あれはクロスボウでしたな」


「グリエルモさん。詳しいんですか?」


 一時的に退却した時光の耳に入ったのは、羅馬(ローマ)から来たドミニコ会の修道士であるグリエルモの言葉であった。


「ええ。あれは我々の故郷でも使われていた武器ですので」


 グリエルモはクロスボウについて知識を披露し始めた。


 クロスボウは機械的な構造により弦を引いたり固定したりすることが出来るので、非常に強力な武器である。そのため騎士達の金属鎧すら貫通してしまうため、卑怯であるとして好まれていない。


 そして、過去に教皇のインノケンティウス2世の召集した第2ラテラン公会議により、非人道的な武器であるとして禁止するとの教令が出されているのだ。


「禁止? でも今思いっきり撃って来ましたよね?」


「残念ながら禁止されているのは、キリスト教徒への使用なんで……」


「おっ? そうか。丑松」


「ハイ」


 グリエルモの言葉の途中で、時光は丑松と共にグリエルモを担ぎ上げ、前面に押し出して敵に向かって進みだした。


 当然のことながら、またもや矢が飛んでくる。


 幸い、少数で進んだために敵も全力で射撃してこなかったのが、警戒しながら進んだためかは分からないが、怪我することなく退避することが出来た。


「キリスト教徒にも撃って来るじゃないか」


 キリスト教徒、しかも見るからに聖職者であるグリエルモを盾にしようと時光は目論んだのであるが、残念ながらそうは上手くいかなかった。


「イヤイヤ、当然でしょう!? 奴らはキリスト教徒といっても、主だった者は異端のネストリウス派だから、教皇の教令に従う訳が無いでしょう!?」


 基本的に温厚な性格のグリエルモだが、流石にかなりの剣幕で時光の蛮行に抗議した。まあ当然のことである。


 更に付け加えれば、プレスター・ジョンの配下の騎士達は、最上位者のミハイルを除き本物の騎士として生まれた者ではない。孤児だった彼らをミハイルが拾い、騎士としての教育を授けたのだ。故に、本来の騎士にありがちな固定観念に囚われておらず、クロスボウを柔軟な思想で使用するし、相手が何者であろうと気にすることは無いのだ。


「ぬう。その辺の事情がまだ良く分からないんだけど。日蓮は天台宗や真言宗の言う事を聞かないのと同じという事かな?」


「そんなの分かりませんよ」


 時光とグリエルモは数年の付き合いがあるのだが、流石に文化が違い過ぎるのは解消しきれていない。


「じゃあどうやって奴らを攻略しようかな?」


「クロスボウは引くのに時間がかかるので、連射が効きません。それが弱点なのでは?」


「おお! それ良いな。よし、それで行こう」


 結局、初撃は盾で防御し、その後一気に間合いを詰めて一斉射撃という作戦に決まった。

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