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北方元寇秘録  作者: 大澤伝兵衛
最終章「北方蒙古襲来」
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第66話「成吉思汗ハ源義経デオキクルミ也」

 プレスター・ジョンのカラプト、蝦夷ヶ島に対する征服の意欲を垣間見た時光は、内心焦りを覚えていた。カラプト、蝦夷ヶ島と勢力を南下させて来れば、次は日本である。プレスター・ジョンの軍勢の本国にあたるモンゴル帝国は、既に日本に対する侵略の意思を露わにしているので、日本が危機であるという事自体は変わりがない。しかし、大海を超えて西国に侵攻するのと、狭い海峡を超えるのでは難易度が格段に違う。つまりプレスター・ジョンがその手勢を率いて北から侵攻してくることは、日本に対する死刑宣告も同様である。


 これまで時光はモンゴル帝国の偵察部隊や、プレスター・ジョンの手勢を退けて来た。しかし、それはいずれも薄氷の勝利であり、モンゴル帝国の主力が北方から侵攻してきた場合、止めることは不可能に近いだろう。これは例え日本中の武士が北に勢力を集めたとしてもだ。


 時光がこれまで戦ってきた感触から、大規模な軍勢同士の戦ではモンゴル側に一日の長がある。西国での防衛なら敵は長い海路を使う事になる為、戦力の上陸や兵站に不安を抱える弱点があり、こちらはそこを突くことできる。しかし、北方からの侵攻ではそれらの弱点はかなり緩和されている。


「ふふふ。そう心配するな。俺はフビライの手先となって攻め入るつもりはない。俺の出自は聞いているんだろう?」


 プレスター・ジョンの出自に関しては、以前プレスター・ジョンのスパイとして時光に接近していたニコーロ=ポーロ達から聞いている。


 プレスター・ジョンはチンギス・ハーンの息子であるジョチと、チンギス・ハーンの主筋とも言えるトオリル・ハンの娘であるチャウルベキの血を引いている。この二人に子どもがいた事は、チンギス・ハーンとトオリル・ハンの対立が激化したことにより公にされていない。しかし、かつてモンゴル高原の盟主の地位に近かった男と、世界に関たる帝国を作りあげた男の血を両方引いているという伝説は、現在のモンゴル帝国の主流から外れた者達の希望となっているようだ。


 また、トオリル・ハンはネストリウス派のキリスト教徒であり、西方のキリスト教世界において救世主――プレスター・ジョンと呼ばれた――との噂が立っていた人物である。今、時光の目の前にいる若者も偉大な祖先の称号を受け継ぎ、プレスター・ジョンと呼ばれており、モンゴル帝国に征服された各地のキリスト教徒達が集っている。


 また、モンゴル帝国皇帝のフビライもまた、チンギス・ハーンとトオリル・ハンの血を引く人間であり、その点ではプレスター・ジョンも同格である。


 つまり、プレスター・ジョンは本来自分があるべきモンゴル帝国の頂点を奪回、更には全世界のキリスト教徒の願いである救世主として、西方世界に圧力をかけるモンゴル帝国を打倒する、これらの行動に出たとしてもおかしくはないのだ。


「勢力争いをしたいのならそちらで勝手にやって欲しい。特にこちらから背後を突くつもりはない。カラプトや蝦夷ヶ島の民が兵として雇われるのも、正当な交易として島の産物を届けるのも問題ない。その結果アイヌに交易の代価として渡した日本の刀剣などがそちらに渡ったとしてもな。しかし、こちらに侵攻してくることだけは許さない」


「そうだろうな。しかし、俺はカラプトや蝦夷ヶ島の民の戦力も、蝦夷ヶ島に眠る金や石炭などの資源も欲しいのだ。フビライ打倒には先立つ物が必要だからな」


「そんな事が可能だと思っているのか? これまで攻め込んできたが失敗しているんだぞ?」


「出来るさ。これまではまだ本気の侵攻ではなかったからな。そして、侵攻は蝦夷ヶ島で終わることは無い。時光。おまえの故郷である日本もフビライより先に手に入れて見せよう」


 やはり、プレスター・ジョンの意図は日本を手に入れるところまで含まれていたのだ。


「だが、プレスター・ジョンよ。果たしてそれは上手くいくかな? 勝てる保証はない。これまでカラプト、蝦夷ヶ島の民はモンゴルの侵攻を阻止してきたし、日本には俺よりも強い武士はごまんといる。しかも、征服したとしても素直に従うと思うのか? アイヌ達北方の民は支配されることを嫌うし、我が日本は()つ国に支配されたことは無い。大義名分もない状態で攻め込んできて、支配に正当性のない状態で領国経営は果たしてうまくいくのか? 余計な力を使ってしまうだけなのでは?」


「ほう。攻め込まれたくなくて説得したいと見える。まるで漢人の戦国時代にいたという縦横家のようだな。ならば反論するとしよう。まず、北方の民は支配を嫌うと言っているが、俺は支配する気はない。君臨し、必要な物を調達するだけだ。土地を支配するつもりもなければ、余計な法や規則で民を縛るつもりはない。現にこの地の民もその様なやり方で統治している。きっと蝦夷ヶ島でも上手くいくだろう」


「支配しないだと?」


 土地や人を支配しないというのは、時光にとって衝撃的だった。武士にとって先祖伝来の土地と、そこに生きる民を守り、または支配するというのは常識であり、それ以外の生き方などあり得なかった。その生き様は()()()()という言葉にも表れている。


 時光がこうして北の果てまで戦いに来たのも、十四男という立場であり自分の相続するべき土地が無い事から、恩賞として与えられることを期待しての事だ。


 その時光にとって、目の前の男が口にする征服はする。君臨もする。しかし、土地や人を支配はしないという言葉は人生観を根本から覆すものであった。


「続けるとしよう。日本を征服する大義名分だが、例えば俺が日本人の血を引いていたとしたら……異国に征服されたとはならないと言えないか? 特にその血が日本の貴人のものだとしたら」


「何を言っているんだ?」


「チンギス・ハーンは源義経である。そしてその血を引く俺は源氏として日本の武士の棟梁になる権利がある……と言えるんじゃないかな? 確か源氏の血を引く将軍はもういないと聞いているぞ? 色々ごたごたがあったようだな。つまりは我征服は源義経の復讐という大義名分が立つわけだ。そう言えば源氏と言うのは天皇の血を引いているんだったな。ならば日本を支配したとしても問題はあるまい」


「そんな出鱈目が通用すると思っているのか?」


「するさ。こちらには力がある。しかしそちらには従うべき理由が見当たらない。何とかして戦わずに済む理由が欲しい。そんな時に都合の良い理由を相手が提示してくれればすぐに飛びつくものだ」


「……」


 戦を始めるには大義名分が必要であるが、これは言わば言いがかりである。本質が言いがかりであるという事は、古今東西の様々な戦における大義名分も、実際は実に適当で都合の良いものがまかり通っている。ならば、チンギス・ハーンは源義経であり、源義経の復讐として日本に攻め込むという荒唐無稽な大義名分も、プレスター・ジョンの戦力が後押しすればなんの問題もなく通ってしまうだろう。


 日本の国内においても武士同士の争いは絶えず、時には族滅まで事態が進んでしまう事もある。そしてその時の発端となる大義名分は、酷い時には捏造までして作られることを武士の子である時光は知っている。なのでプレスター・ジョンの自信満々の発言に言い返すことは出来なかった。


「ちょっと待ってくれ」


 時光は言い返せなかったが、他に口をはさむものがいた。アイヌの族長の一人である、ウペペサンケのサケノンクルである。


「うちの一族の祖先はオキクルミっていう勇者なんだが、伝承では神の国(カムイモシリ)から来た(カムイ)と言われているんだが、実はその正体は和人の源義経だとも伝えられているんだ。で、最後はカムイモシリに帰って行ったというらしいから、源義経は大陸に渡ってはいないと思うぞ」


「はい?」


 突然の横槍にプレスター・ジョンは思わず間抜けな声を出してしまった。


 アイヌの伝承に伝えられている英雄神として、オキクルミの名は蝦夷ヶ島全土に知られている。ここではサケノンクルが自らの一族の祖先として挙げているが、他の一族にもオキクルミを祖先として伝えていることは多い。


 そして、このオキクルミであるが、アイヌの間で()()という呼び名も広まっており、この呼び名で知られる源義経と結びつける伝承もまた広まっている。


 なぜこのような現象が起きているのかは不明である。一説によると和人の勢力が広まって来た時に、和人と話を合わせるためにこの様な伝承を作り上げたと言われている。


 とは言え、なぜかアイヌの間で源義経を祖先とする伝説が広まっているのは事実である。


 まあ当然のことながら、プレスター・ジョンの言っていたチンギス・ハーン=源義経のでっち上げと矛盾してしまうのであるが、かと言ってそれでプレスター・ジョンは論破されましたと黙るのは道理に合わない。最初から覚悟の上で嘘をついているのだからちょっとやそっとでは動じることはないはずだ。


 しかし、あまりにも純朴な顔で、しかもその口から飛び出るのも負けず劣らずの珍説なので、プレスター・ジョンは完全に虚を突かれてしまったのだ。


「はははっ。という訳だ。源義経は蝦夷ヶ島に逃れ、そこでアイヌと共に生きて死んだ。だからチンギス・ハーンは源義経ではない。証明終了。だから大義名分など無い。残念だったな」


「ちっ」


 サケノンクルの反論で時光は意気を取り戻した。プレスター・ジョンの発言で完全に呑まれていたが、そんなもの適当な理由を付けて笑い飛ばしたり、反論してしまえば良かったのである。時光は格の違いと気迫で圧倒されていたのだが、仲間の発言に救われたのであった。


 その様子を見たプレスター・ジョンは、時光に圧力をかけ、今後の交渉を有利にする策が失敗したのを感じ取り、思わず舌打ちをしたのだった。

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