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北方元寇秘録  作者: 大澤伝兵衛
第3章「大陸侵攻戦」
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第41話「大陸からの手紙」

 とある屋敷の一室、質素ながらも仕立ての良い直垂を身に付けた二人の武士が、送られてきたばかりの書状を前に頭を突き合わせていた。片方は青年に入っていくらか過ぎた辺り、もう片方は中年に差し掛かった外見である。


 青年の方はかなり機嫌が良さそうだ。


 青年の名を、北条時宗(ほうじょうときむね)と言い、四年前――文永(ぶんえい)五年(一二六八年)から執権(しっけん)として幕府を取り仕切っている。つまり、一八歳の若さにしてこの国の権力の頂点に位置してきたのである。


 中年の方は安達泰盛(あだちやすもり)と言い、彼の妹は時宗の妻、つまり義兄弟にあたる人物で、幕府の中枢で権力を握る人物である。


 書状は北における蒙古の動きを探るため送り出した若き武士、撓気時光(たわけときみつ)からの報告書で、四年前に派遣してから定期的に報告を受けている。


 当初は報告の頻度が少なかったが、最近では一か月に一度は届いているので安心が出来る。これも、撓気時光が現地で蝦夷守(えぞのかみ)なる謎の役職に就任し、その土地の民であるアイヌやニヴフとの関係を良好に保っているので、人、物、情報などのあらゆるものが往き来出来るような

態勢が出来ているからだ。通信網の構築について協力を得られたというだけで、撓気時光の功績は抜群であると言える。


 ただ、彼の一番の任務は北方からの蒙古の侵攻を防ぐことである。


 九年前から蒙古は日本の北に浮かぶ島であるカラプトに勢力を伸ばしていた。更にカラプトや蝦夷ヶ島に住むアイヌとの抗争を激化させており、このままでは北から日本に侵攻するのではないかという危機に直面した。九州に侵攻されることは誰もが予想しており、それに対して準備は進めていたが、北方から攻められるなど予想している者は少なく、このことが知れ渡れば大混乱になると思われた。


 そのため、信頼できる者を隠密に派遣することになり、北条時宗の幼馴染である撓気時光に白羽の矢が立ったのである。


 撓気時光は人間的に信頼がおけるし、その武勇、知識のどちらも十分であった。また、撓気氏はアイヌと交易を通じてこの地域と人脈があったので、うってつけと判断されたのだ。特に撓気時光は十四男で自分が相続する土地が無く、恩賞に飢えていたので北条時宗の命令に飛びついて来た。


 蝦夷ヶ島に派遣されてからの撓気時光の働きは見事であると言えよう。


 北方守護の要である蝦夷代官職の安藤五郎が蒙古に寝返っているのを知った撓気時光は、アイヌと協力して速やかにこれを誅殺するとともに蒙古の斥侯を殲滅し、蒙古に付け入る隙を与えず、アイヌからの信頼を勝ち取った。


 蒙古は蝦夷ヶ島に金などの資源が豊富に眠っていることを調べ上げており、報告される前に全滅させなければ蝦夷ヶ島に大部隊を送り込まれていたかもしれない。その場合、対応が後手に回り日本の危機はより大きなものになっていたかもしれない。


 また、その後カラプトに渡った撓気時光は、アイヌ、更にはニヴフをまとめ上げて蒙古軍を追い返し、現在のところ蒙古軍を大陸に封じ込めることに成功している。


 大陸からカラプトに渡るには、およそ二里の海を越えればよい。また、カラプトから蝦夷ヶ島、蝦夷ヶ島から陸奥国に渡るのも、それほどの距離ではない。つまり、対馬などを経由したりして九州に渡るのよりも遥かに楽なのである。もしも蒙古がカラプトにおける支配体制を整え、その中で日本への侵攻はカラプトや蝦夷ヶ島を経由すれば容易に実行できると気が付いた場合、幕府は二正面への対処を迫られてしまう事になっていただろう。


 これを防いだ撓気時光の働きには、北条時宗は本当に感謝している。


 また、これまでの報告によると、三年前に蒙古軍をカラプトから追い払った大規模な戦い以降は小競り合いばかりで、いずれも完勝しているという事である。


 このまま北方においては波風を立てず平穏に事を進めれば、九州への侵攻があったとしても全力で対処できるというものだ。


「なあ泰盛よ。撓気時光には十分な恩賞を与えてやらねばなぁ」


「おや? 彼には蝦夷守で十分では?」


「そんな実態のない役職だけでは可哀そうだろう。これだけよくやってくれているのだから」


 撓気時光が求めている恩賞と言ったら、やはり土地であろう。これを得るために彼は遥か北の大地に赴き、死闘を繰り広げたのだから。土地を求めるのは武士の本能とも呼べるものである。


 場所としては、やはり蝦夷ヶ島辺りが適当だろう。何しろ撓気時光は現地の民から蝦夷守として盛り立てられているのだからだ。


 本来、蝦夷ヶ島は日本の支配地域ではないので、執権と言えども勝手にその土地を与えることは出来ない。しかし、これだけ上手くやっているのだから、撓気時光に与える土地位獲得することは可能だろう。現に蝦夷ヶ島のアイヌの有力な首長にその旨を打診したことがある。返答は撓気時光ならば歓迎するとのことだった。


 問題は蝦夷ヶ島では米がとれないという点だが、撓気氏は交易に長けている。それに関する何らかの権利を優遇させることで帳尻は合うだろう。むしろ過分かもしれない。


「土地は蝦夷ヶ島のどこか……となると、後は嫁取りですかな? どこか有力な武士の一門か、公家の娘で良いのがいればですが」


「嫁か……誰か蝦夷ヶ島やカラプトまで行っても良いという娘がいると思うか?」


「……いないでしょうな」


 流石に蝦夷ヶ島やカラプトは遠すぎる。感覚的には見知らぬ外国に嫁げと言われているのと同じようなものだ。


「まあ撓気時光もある意味現地の有力者です。現地の娘とよろしくやっているのでは?」


「そうかもしれんな。よし、それでは報告書の内容を確認するとしよう。泰盛。内容をかいつまんで教えてくれ」


「はい。要点をまとめて報告いたしますれば、大陸に攻め込んで、敵の大部隊を打ち破ったとの事です」


()()()がっ!」


「はい。攻め込んだのは撓気時光です」


「そうではない。(たわ)けということだ!」


「知ってます」


 安達泰盛は北条時宗の怒りをいなす様に飄々(ひょうひょう)と答えた。


「このやり取り、数年前もしませんでしたかな?」


「そんなことは知るか! で、どういう事なのだ? 折角安定していたのに、何でそれを崩すような事をするのだ?」


 ここ数年の報告はあまり変化のないものだったので、いきなり劇的な事を報告されて面食らったのだ。

 

 三年前の戦いで、蒙古軍を大陸まで追いやってから大規模な争いが無いのは訳がある。


 一つはそもそも蒙古軍が攻めてきたのは、カラプトのニヴフがアイヌから圧迫されているので助けて欲しいと蒙古に頼んだからだ。この件を調査した撓気時光の報告によると、真偽については非情に怪しいらしく単なる大義名分作りではないかという事だが、それでも有るのと無いのでは大きな差がある。そして、カラプトのニヴフは現在蝦夷守である撓気時光の下に集っている。つまりこの大義名分は使えないのだ。


 二つ目に攻め込む利点が無いことである。蝦夷ヶ島には金などの資源が眠り、日本に侵攻する拠点としては適している。しかし、このことを調査した者は全滅しているため、蒙古はこのことに気が付いていない。つまり、犠牲を払ってでもカラプト、蝦夷ヶ島に侵攻する必要を感じていないのだ。


 最後に、戦う事による損失や、敗北した時の面目である。大陸に覇を唱える蒙古――数年前に皇帝のフビライは元と国号を定めた――であるが、この地域に進出したのはほんの十年前である。もしも負けが続くようであればその支配が危うくなり、それは他の地域にも波及するかもしれない。ただでさえフビライは、漢人の王朝である宋の攻略、日本への遠征準備、他のチンギス・ハーンの一族との勢力争いなど不安要素を抱えているのだ。特に国号を漢人風に改めたことによる蒙古人の反発は根強い。ならばカラプトや蝦夷ヶ島などというどちらかと言えば重要でないと認識している地域で、不安定要素など作りたくはないはずだ。


 それなのに、こちらから攻め込んでしまっては、相手方も本気で対処せざるを得ない。北方の安定化としては下策であろう。


「まさか、恩賞が与えられないことに業を煮やして、土地を切り取りに行ったのか?」


 だとすれば、北条時宗の落ち度とも言える。正式に与えるのは蒙古対策が一段落してからだとしても、どれだけの恩賞を与えるのか具体的に約束してやっても良かっただろう。


「まあまあ、撓気時光がその様な浅い考えをする男でないことは、時宗様が良くご存じでしょう?」


 撓気時光は和漢の教養に通じ、各種の兵法書を読み漁っているため、単なる武辺者ではない。これは、撓気氏が土地の広さでは弱小御家人ながらも、交易などを通じて財政的には豊かであり、様々な書物を収集していることによる。


 その辺にいる凡百の武士ならば、カラプトから海を隔てて数里の大陸に、狭い日本と比べたら無限とも言えるくらい広大な土地が広がっているのを見たら、土地に執着する武士の本能を抑えられないかも知れない。


 しかし、撓気時光に限ってその様な事はないはずだ。


「まあ良い。報告の詳細を聞こうではないか」


 考えても仕方がないと判断した北条時宗が、安達泰盛に報告書の細部を読むように促したのだった。

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