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北方元寇秘録  作者: 大澤伝兵衛
第2章「カラプト攻略」
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第25話「射ること中らざる無し」

 白主土城への攻撃が失敗したサケノンクル達アイヌの戦士団は、撤退が成功した後、本隊の潜む森の中にたどり着いた。既に夕方になっていて、夜の闇が忍び寄ってくる。完全に夜になる前に、警戒の厳重化や食事、負傷者の治療などやるべきことは多い。モンゴル軍の矢には毒矢も混じっているので、それを受けた者に対しては特に注意して治療する必要がある。


 戦士団の大将格であるサケノンクルは、治療もそこそこにある人物たちを待っていた。


「サケノンクル! エコリアチ達が到着したぞ。言ってた通り和人の将軍も一緒だ」


 警戒に立っていた者から報告があった。サケノンクルが待っていたのは、自らの片腕とも頼むべき男であるイシカリの集落のエコリアチと、ついさっきのアイヌの戦士団の先鋒壊滅を防いでくれた和人の将軍である撓気時光(たわけときみつ)なのであった。


「良く戻ってきてくれた、エコリアチ。それによくぞ来てくれた、タワケトキミツよ。命を助けてくれた礼を言うぞ。さあ、ここに来るまで疲れただろう。食事と水を用意させよう」


 サケノンクルは挨拶もそこそこに、撓気時光達と食事を開始した。命のやり取りをしたために消耗しきっていたが、命の恩人達を待つために食事は控えていたのだ。


 肉や野草を雑多に煮た、野趣の溢れる料理で腹を満たすと、生き残ったのだという実感が湧いて来る。今日の戦いで死んだ者は何人もいるし、それは指揮官であるサケノンクルの責任でもあるのだが、今は生き残った喜びを噛みしめることにした。悲しむのは戦いが終わってからでも十分だ。


「改めて礼を言おう。我々を助けてくれて感謝する。タワケトキミツよ。お前が助けてくれなければ、全滅していたことだろう」


「いやいや。エコリアチから聞いているかもしれないが、俺は日本を守る使命を受けてここに来ている。アイヌを助けたのはその一環と考えてくれ。こちらも色々世話になっているしな」


 サケノンクルの丁寧な礼に対して、時光も礼儀良く返した。恩に着せ過ぎるのは、却って信頼関係を損なうと考えて、あくまで利害の一致による対等な関係を強調した。


「話を(いくさ)の事にしたいのだが、お前は強いな。我々を全滅させるところだったモンゴルの騎兵どもを一気に押し返したのだから」


「いや、あれは偶然によるところが大きい。奴らは勝利を目の前にしていた所を急に横槍を入れられたから、あれほど脆かったのだ。敵の意表を突くというのは戦の常道だからな。正面からやり合ったらああはいかん」


「そうか。それは残念だ。お前を先頭に立てて勝てるのであれば、すぐにでも総攻撃をかけたかったのだが」


 サケノンクルは残念そうに言った。人間同士の戦いについての知識は無いが、教えられれば即座に理解しているあたり、流石に大将に相応しい資質があるのだろう。


「では、どの様にして勝てば良いのか知恵を貸して欲しい。我々はあの城に対して普通に攻め込んでも勝てないと考えている。何しろ我々アイヌは(チャシ)を築いて集落同士の戦いでの拠点にするが、あれ程の規模と性能はない。つまりは城攻めの経験に乏しいのだ。だから本格的な冬の訪れの前までに城の完成をさせないようにすることを考えた。しかし、妨害しようと軽く攻め寄せただけであのざまだ。何とかする方法は無いのだろうか?」


「そうだな。何とか築城だけでも妨害出来ないか考えてみるか……」


「よろしいですかな?」


 蒙古の築城を妨害する方策を考え始めたサケノンクル達に、割って入る者があった。羅馬(ローマ)から旅してきた坊主のグリエルモである。


 サケノンクルと撓気時光はグリエルモの発言を許した。


「状況認識について、話したいことがあるのですが、お二方はあの城が冬を越せない未完成な状態にあると考えていませんかな?」


「その通りだ。あの城は、土塁や空堀は完成しているが、その中に立っているのは布で出来た小屋だ。あれでは厳しいカラプトの冬は越せまい」


「その認識は改めた方がよろしいかと。私は彼らの故郷であるモンゴル高原も旅してきましたが、あの地域もここに負けない極寒の地。それを彼らはあの羊毛のフェルトで出来た小屋――ゲルと言いますが、あれで耐えきることが出来るのです」


 グリエルモの話を聞いた二人の顔色が変わった。その話が本当なら、もう城は完成していることになる。


「じゃあ、奴らが組み上げていた木材は何なのだ? まだ工事は完成していないはずだ」


「いや待て、サケノンクル。よくよく考えてみれば、位置的にあれは櫓かもしれん。防衛機能は完全ではないが、越冬準備は整っているのかもしれない」


「それでは既に、我々は敗れているという事か……」


 サケノンクルの表情が沈んでいく。まさか最早詰んでいるとは思っていなかったのだろう。


「仕方がないな。何とか正攻法で勝てないか、考えてみよう」


 時光は目をつぶって思案を始めた。これまでの蝦夷ヶ島での戦いや今日の戦いなどで観察した、蒙古やアイヌの戦力を分析する。


「アイヌは弓の腕前は中々のものだな。集団としての統制のとれた射撃は出来ないが、ある程度近くに寄って来た相手に対する射撃は百発百中だ」


「まあそれは、日頃の狩りの延長戦だからな」


「実は大陸の史書にもアイヌの弓の技量については記されているんだ。数百年前に日本人と一緒に唐王朝に使者として派遣されたんだが、四十歩以内の瓢に対して矢を当てられなかった者はいなかったそうだ」


「その位当然の事だろう。もちろん俺にも可能だ」


 唐王朝の正史である「新唐書」には天智天皇が即位した次の年(六百六十八年)に、()()()を連れて使者を送って来たという。その蝦夷人達は髭が長く四尺余りあり、数十歩離れた瓢に対して矢を放ったところ外した者はいなかったと記述されている。似たような記述がされている書物は他にもあり、四十歩というのは他の文献の情報だ。


 この記述だけでは、「蝦夷人」というのはアイヌではなく、東北地方の蝦夷の事を指しているようにも読める。しかし、この蝦夷は「海島」に住んでいるという様に、同行している日本人と別の島に住んでいるように記述されている。そして、「蝦夷」は「カイ」とも読めるが、モンゴル帝国はアイヌの事を「骨嵬(くい)」と呼んでおり、そのため蝦夷とはアイヌの事である可能性が高い。


 となると、アイヌの弓の腕前は数百年前からのお家芸と言っても過言ではない。


 似たような歴史書の記述では、後漢末期の武将である呂布の業績が有名であろう。


 呂布は劉備と袁術という二人の武将が争っている時、劣勢である劉備から和睦の仲裁を請われ、それをかってでた。しかし、中々話し合いがまとまらなかったため、業を煮やした呂布は地面に挿した戟に矢が当たれば和睦せよと提案し、それを双方に呑ませた。


 結果、見事に呂布が放った矢は戟に命中し、袁術側は約束通り兵を退くしかなかったという。


 この事績は歴史書にも記された偉業であり、これと似たような事績を同じく歴史書に残しているアイヌの凄まじさがうかがえる。


 なお、この時呂布は百五十歩離れた所から矢を当てたとの話もあり、それと比べると四十歩程度は大したことが無いようにも感じてしまう。しかし、それは三国志演義等の創作が混じった逸話であり、流石に実話ではないだろう。


 ちなみに撓気時光達が生きる時代の鎌倉時代は、南宋末期、または元代草創期であるので、三国志演義が書かれる明代はまだ先の話である。


「アイヌの弓の腕前は凄いが、戦闘集団として見れば、蒙古の足元にも及ばないな。まあそれは、日本の武士もそうかもしれないが」


「俺もそう思う。あの上空から降ってくるあの矢は、人ではなく、集団に対して正確に狙って来る。あれに狙われ始めると、途端にこちらの動きが悪くなる」


 欠点を指摘された形のサケノンクルは素直にそれを認めた。自らの欠点と相手の長所を認めなければ勝利への道は見えてこないからだ。これが出来ずにつまらない誇りを守って死ぬ者はかなり多い。


「あと一つアイヌの欠点があるとすれば、確かに弓は正確無比なんだが、それは落ち着いて狙えるときだけだ。相手の攻撃が激しくなると、途端に狙いが甘くなる。必中の間合いに入っていないのに、相手の圧力に負けて射撃を開始しているから、精度が落ちているのだと思う。これは誰かが射撃の号令を徹底すればすぐに良くなると思うし、各人が正確に判断できるように訓練できればそれでも改善されるだろう」


「うーむ。アイヌの戦士は皆個人で戦う者ばかりでな、指揮が得意な者は俺とエコリアチ位の者だ。とりあえず訓練させてみるとしよう」


 その後も城攻めの方策について色々と話し合ったが、良案は出なかった。攻城戦については時光にも効果的な戦術についての知識がない。兵法書にも中々具体的には記述されていないのだ。


「そもそも、兵法書は戦う前に勝負がつくように、状況を整えることを勧めているからな……ん?」


 独り言をつぶやいた時光は、自らの言葉で何かに気が付いた。


「よし。すぐに城を落とす方法は見つからないが、色々見て回れば思いつくかもしれない。明日からこのカラプトの各地で情報収集したい。誰か案内を頼む」


 戦う前に勝負を決めるというのは、森羅万象のあらゆる事象を利用するという事である。失敗はしたが冬の到来を利用するというのも一例である。そして、そのためにはあらゆることについて知らなければならないが、時光はまだこの島に来たばかりだし、敵の事も、周囲の環境の事も何も知らない。


 結果、明日の早朝から、カラプトに居住していたアイヌの案内で情報収集することに決まって散会となった。

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