1話 コントローラーとスマートフォン
………やばいよな。この状況。
辺りを見渡すと石材と木材を中心とした建物の数々。
そして獣人とエルフ。日本、いや、世界に存在しない架空の者達が町を歩いている。
少年はため息をこぼし、持っている物を確認する。
手にあったのはゲームのコントローラー。それとポケットにはスマートフォンが入っていた。
「コントローラーとスマホで何が出来るってんだよ。」
少年の格好は学校の制服。グレーのズボンに長袖のカッターシャツ。その上にベストを着ている。
その格好に周囲の人々は珍しい物を見たような目で少年を見る。
「制服姿がそんなにおかしいか?学校ぐらいこの世界にもあるだろ。」
そう言葉にするが返事が来ない。独り言だからだ。
そして再び1人で呟く。
「俺は異世界に来てしまった……」
***
少年の名前は海堂春太。18歳。彼の人生は波もなく平凡に育った。
だが、ハルタは学校帰り、家に着くとそのまま部屋へ直行し、ゲームをしていた。そして気がつくとここにいたと言う事だ。
「特に何の個性のない奴が異世界に来るのはお約束だけど、まさか俺とはな……」
そう言い、ハルタは苦笑する。笑うしかなかった。
「この先。どうすっかな……」
目的もなくハルタは歩き始める。
馬車ではなく、竜車。ペットショップでわなく、使い魔取り扱いの店。文字は読めないが、なんとなくわかった。
何から何まで違う。
「文字は読めたもんじゃないがご都合主義ってか言葉だけわかんだよな。」
町で会話を耳にするのは全て日本語だった。ある意味ハルタがいた世界よりも言葉での問題は無さそうだ。
「とりあえずは情報収集かな。」
町を歩いている人に話しかけてみる。
「なぁ兄さん。ちょっといいかな?」
「ん?なんだ。」
「実はさ。俺記憶喪失みたいでよ。ここがどこだかさっぱり覚えてねぇーのよ。すまねーけどここがどこか教えてくれる?」
「おう。いいぜ。」
ハルタが話しかけた相手は親切に話してくれた。
「んじゃ、ありがとな。」
話を聞いた後、手を振って見送る。
「–––ここはハイエル王国。南寄りにある町か。」
今、ハルタがいる町はハイエル王国と言い、600年前、魔人と呼ばれる者に滅ぼされかけたが、残された者達の努力により町が王国と呼ばれるまで育て上げた。
「町の情報は得た。他の事も聞いてみるか。」
ハルタはその後も持ち前の図々しさで次々と話しかけ、情報を入手していく。あしらわれる事もあったが親切な人が多く、それだけで異世界に来て少し緊張していたハルタの心をほぐしていく。
「ん。結構手に入れたな。……さて。この後はどうするかだよな。」
情報を手に入れたものの、この後何をすればいいのか全く考えていなかった。
「よくよく考えれば最悪のスタートだよな。これ。」
所持金無し。いわゆる一文無し。宿屋に泊まる金も無い。
ハルタの装備品はコントローラーとスマホのみ。ハルタはスマホの電源を入れる。
「やっぱ、圏外だよな……。わかってたけど。」
淡い希望が崩壊する。
「いや、圏外じゃなくてもどうするんだよ。」
自分で言った事に突っ込む。人がいない狭い道で呟いたため、春太を見る者はいなかった。
「なんとか金を稼ぐ方法を考えるか……」
手に持ってたコントローラーを見る。
「これ、金になるかな……なってくれなきゃ困るな。」
コントローラーが売れるか売れないか悩んでいる時、後ろから声をかけられた事に気づいた。
「なぁ、あんた。」
「えっ……なんすか?」
ハルタは声の方を向くと、そこには5人の中年の男がいた。
「それ、くれよ。」
男が指をさして求めたのは今、売ろうか悩んでいたコントローラーだった。
「いや、すんませんけど、これ、俺の生命線になるかもし知れないアイテムなんで渡せないっす。」
苦笑しながらそう言うと、男達の目つきが急に鋭くなった。
「俺達、くれって言ったんだ。お前に話は聞いてねぇーよ。大人しく従え。」
なんて傲慢なんだ。と、ハルタは思う。ハルタはこう言う大人にはなりたくないなと思いながらすぅーと息を吸う。
その瞬間。男達とは逆の方向へ全力で走り出す。
「こう言う場合は逃げるが勝ちだ!」
異世界に来てもハルタは定番のチート級の力は期待していなかった。だからハルタは『戦う』では無く、『逃げる』を選択したのだ。
だが、現実はそう甘くはないとハルタに突きつける。
「がっ!」
突然、ハルタはその場に倒れ込む。
男達は倒れたハルタを無視し、コントローラーを拾い上げる。
「へっ。大人しく渡せば死ななかったものの。」
そう言い、男達は去っていく。
––––熱い。
固い地面はひんやりしているのだが、体中が熱い。熱くてたまらない。
手を胸に当ててハルタはようやく自分の今の状況に気がついた。
––––刺されたのか?
胸を刺されたと自覚した瞬間。想像を絶する痛みが彼を襲った。
「痛い!!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!」
そして口から言葉だけではなく、赤い液体を吐き出す。
––––血だ。血を吐いたのか。
徐々に視界が赤く染まっていく。
苦しい。死ぬのか?俺は。
死の恐怖に体が震え始める。血も大量に吐き、胸の出血も止まらない。
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!!!!
「あ–––っ」
死にたくない。と口に出そうとしたが、もう。まともに喋れなくなった。
やがて意識も朦朧とし、ゆっくりと目を閉じる。
次の瞬間。海堂春太は命を落とした。
はずだった。