助けるわけねえだろバーカ
玄関を出た俺は、魔物が徘徊する街を歩いていた。後ろからは、変顔した千鳥足の変質者三人組がついてくる。傍から見たら魔物より気味が悪いぞお前ら。
さっきからもごもご何言ってんだ? あ、そうか。透明な壁でサンドウィッチしたから喋れないのか。
俺はイメージを変えることにした。
形状は鎖。両手首に巻きついて、背中側で拘束しろ。首には首輪、そっからリードを三本伸ばせば完成。
「変な真似したら絞め殺すからな」
言った途端、俺の周りで光粒が弾けた。
茶髪パーマのスキルだ。まさかこいつ人間スタンガンだとはな。驚いたよ。だが残念。既に俺は不可視の箱の中に入ってる。家でもそうやって防いだから、ちょっと痺れた程度だったってわけ。
「聞いてんの?」
人の忠告を無視しやがって。
首輪をきつく閉めた。ぐえっと喘ぐ。
「な、なんだこれ、お前どんなスキル使ってんだよ!?」
「ゆっ、ゆるしてくれ! おれらが悪かった!」
「……俺らが手を出した証拠はない。仕返しするにしたって、捕まるのはお前だぞ?」
短髪ピアスと帽子マスクの男がおたおたと慌てふためく中、茶髪パーマの男は低い声でそう言って脅してくる。だから俺は鼻で笑ってやった。
「お前らみたいなクズ、ホントは今すぐ殺したいんだけどな。同類になりたくないから、手は汚さない」
ていうか警察は機能してないって言って我が家にレイプしに来た奴が何を言ってんだか。何が証拠はないだ。つくづくうぜえ奴。
「み、見逃してくれるのか!?」
「見逃す……?」
何言ってんだお前帽子マスクこの野郎。
「馬鹿かお前? 俺は直接手を出さないだけで、お前らにはきちんと報いを受けてもらうに決まってんだろ。誰の家に入って、誰の家族をレイプしようとしたのか、俺の目をちゃんと見て教えてくれよ、なあ?」
茶髪パーマが不愉快そうに眉根を寄せ舌打ちした。とても殴りたくなったが、今は抑えた。こいつらには死ぬより酷い目に合わせてやる。絶対だ。
「お、いたいた」
路地裏を覗きながら少し探せば見つかった。
目当ての魔物はゴブリンの群れだ。
こいつら魔物の中では雑魚の部類だが、ニュースではレギュラー張ってるくらいひっきりなしに話題に上がる凶悪な魔物だ。理由は数が多いのと、男女関係なしに犯しまくってから喰らう残忍な習性。
「おい、餌だぞ」
路地裏に入り俺がぐいと引っ張ると、前のめりに転んだ三人。こちらに気づいたゴブリンが涎を垂らしながらわらわらと集まってきた。
「ま、まさかお前!?」
「これは飴だよ。鞭の前の飴。ヤリたかったんだろ? 盛った猿にはいいご褒美だと思ったんだけどなあ」
「い、いやだ! やめてくれ! いやだああああ!!」
「ひぃいいいいいい!?」
「……殺してやる」
茶髪パーマ君さあ。すごいね君。こんな状況でも俺を睨みつけてくるよ。普通は他の二人みたいに恐怖に慄くと思うんだけどなあ。
俺は透明な箱を階段状に設置し、とんとんと登ってマンションの階段上に避難する。取り出した携帯をカメラモードにして動画の撮影開始ボタンを押す。
さて、高みの見物といこうか。
「やめっ、やめっあっ、ぐあっ、おえっ!」
「ひんっ、ぐぐっ、あっああっ、ぇあっ!!」
「…………っ、くそっ、やめろ! ぁぐあ!?」
おーすごい。瞬く間に服をひん剥かれた。男たちの上に雌が跨り、雄が掘る掘る掘る。穴という穴にイボだらけの棒を突っ込まれ、全身が粘液まみれのぬちょぬちょになった。いや草。草超えて大草原。大草原超えて森。森森森森森。大森林。
こりゃ酷い。筋金入りの腐女子でも目を逸らす光景ではあるが、やっと溜飲が下がる思いだ。レイプされる女の人の気持ちがわかったかクソどもめ。
「ギギッ!?」
一匹のゴブリンがなにかに気づく。
奥まった路地裏の暗がりを指差して仲間たちに喚き立てると、ゴブリンの群れは小物っぷりを存分に発揮して逃げ出していく。
「なんだ?」
闇が溶けるように現れたソイツを見て、ぶるりと身体が震えた。ミミズみたいな触覚。艶のある赤黒い外角。数えきれない程に蠢く奇数対の脚。ギロチンみたいな大顎。光る赤い瞳。
「きっ、……も何あれ、ムカデの魔物か……!?」
キモイキモイキモイキモすぎる。鳥肌が収まらない。マジかあれ。あれも魔物か? やっば、ほんとにあれは無理! 遭遇しただけでトラウマものだ。
だが今はナイスタイミングだったりする。
鞭に何をくれてやろうかと考えていたところだったからな。
「ギシャアアアアアアアアアアア!!」
大顎をガシャガシャ鳴らしたムカデの魔物は、壁を這い猛スピードで迫る。朦朧としていた男らも、遅れて気づいて絶叫をあげた。
「たっ、助けろ! 助けてください! 本当に悪かった! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「お願いだなんでもする!金も払う! あれだけは嫌だぁああああ!!」
「ぴーぴーぴーぴーうるせえよ。お前らは黙ってろ。おい茶髪パーマ、俺はな、お前の口から謝罪が聞きたいんだが?」
家族を狙っておいて、こいつの態度だけは許せない。ゴブリンに陵辱されボロボロになった。ムカデの魔物に這い寄られ死が迫る。流石の茶髪パーマの男も心が折れたようで。
「……あ、謝れば助けてくれるのか?」
死んだような目だ。後悔してる目だ。縋るような目だ。それを見て、俺は満面の笑みを浮かべてやった。
「助けるわけねえだろバーカ!!」
彼らの目が絶望に染まったその瞬間、ムカデの魔物が地面ごとガブリといった。あぁあ〜〜〜気持ちいい! 見たかよあの顔。スカッとしたわあ。
むしゃむしゃと咀嚼し、コンクリートと一緒にごっくんする。それでもまだ満足出来ていないのか、こっちに顔を向けるムカデの魔物。
「キシャアアアアア……!」
大顎が内側から抉れるように拡張し、鮫みたいに牙が生え並ぶ巨大な口腔を剥き出しにして威嚇してくる。キモイ。とにかくキモイしんどい。
龍のごとき巨躯をうねらせ突進してくる。
俺はその場から動かなかった。動く必要がなかった。だってもうさ、種はヤツの中に撒かれてる。
「んじゃ、ご苦労さま」
大ムカデの頭に近い胴体が勢いよく爆ぜ飛んだ。男らを囲んでいた箱を膨張させたのだ。地面ごと食べちゃうから気づかないんだよ。硬い感触があるだけで、人間の味がしないことに。
勢い余って俺の頭上を超えていくムカデの頭部。その赤い目は驚愕にみひらかれているように見えた。うん、やっぱキモイなお前。ゴキブリの魔物とかでたら失神するかも。
ズズん、とビルでも倒壊したのかという振動。倒れ伏した大ムカデはしばらく痙攣し、絶命したのか大量の灰が舞い上がる。紛れた眩い光が俺に向かってくる。凄い経験値だ。
〝レベルが10に上がりました〟
〝ギフトを500獲得しました〟
〝レベルが11に上がりました〟
〝ギフトを550獲得しました〟
〝レベルが12に上がりました〟
〝ギフトを600獲得しました〟
〝レベルが13に上がりました〟
〝ギフトを650獲得しました〟
芯から迸る熱い力。つま先から頭の先っちょまで駆け巡る全能感。一気にレベルが上がって、まるで酔っ払っているような快感が満ち満ちた。
男三人は白目を剥いて気絶し泡を吹いている。失禁までしちゃってる。よし、投稿投稿。実は俺、裏垢使ったんだよね。名前は『御伽屋さん』。コメントに「レイプ魔の末路ww」と添えて投稿ボタンをポチ。
『え、なにこれ』『うわヤバ』『こいつらがレイプ魔?』『ゴブリンに犯されてる』『可哀想』『投稿主絶対ヤバイ奴やん』『いいざま』『このご時世になにしてんの?』『ムカデの魔物キモ』『やりすぎ』『え、何したの?』『ムカデ死んだ』『投稿主のスキルよくわからんけどヤバ』『晒しはやめましょう』
おお、やばいやばい。通知が止まらねえ。
囁かな賞賛を食い潰す勢いで批判が飛び交う。ゴブリンの時以上の大炎上だ。楽しい。あっはっはっは。
ねー、別にいいじゃん殺してないんだから。
だが、これだけのことがあったのだ。彼らはきっと立ち直れないだろう。それでいいと、俺は思う。
人って早々変われない。奴らを殴ったところで、傷が癒えたら平気な顔をして新たな犠牲者を生み出すだろうことは明白だ。法が機能しない現在、そんな奴には癒えない傷を刻むしかない。
そもそも俺は、善よりも悪よりのろくでなしだ。
「ざまあみろ」
唾までは吐かないが、そう言い捨ててやった。
何より鬱憤が晴れた。やり返せるって素晴らしい。文字通りの倍返しだ。ほんとにスキルって最高。
「ん?」
魔石デカそうってコメントが流れて気づいた。灰が消え去ったあとにキラリと輝く塊。随分とデカイな。透明な箱で囲って俺の手元までもってくる。
赤紫色の結晶塊。
大きさはテニスボールくらいだ。
「うん。これはあれだな、いい魔石だな」
知らんけど。これからきっと魔石を使った魔道具が開発されていくんだろうな。電気やガスが止まる可能性もある現在、魔石がドロップするのは朗報だろう。
ドドドド。
俺の耳を銃撃音が劈いた。
「……自衛隊か」
階段を登って街を見渡してみると、こちらに向かってくる軍隊を見た。迷彩柄の服を着た集団は、文明の利器を用いて尽く魔物を駆逐していく。
この調子ならこいつらの事も発見してくれるだろう。そういう訳で、俺はのんびり帰ることにした。
家に帰った俺を待っていたのは変顔の刑だった。
彩奈と母さんを怖がらせたくなかった。あいつらと知り合いだってのはもちろん嘘である。しかし変顔の秘訣を教わってくると宣って家を出た手前、披露しないわけにもいかない。
顔の前後に透明な壁を作り出しサンドウィッチ。再現度は百二十点だ。彩奈が爆笑して転げ回るものだから、気分を良くした俺はこれを己の隠し芸に任命した。
少し談笑して二階の自室に戻り、魔石は机の上に転がしてベットに腰掛ける。腕を組んで唸った。
「しかしなあ、問題はどうしてあいつらがうちの敷地に入れたかだけど……もしかしてイメージが魔物を拒む一点に偏ってたからか?」
最初はスキルが人間相手に効果ないのかと思ったが、茶髪パーマのスキルが俺に効いた時点でそれは除外。となるとイメージ不足が懸念されるわけだが。俺のスキルは自由が効く分、抜け道が多いのが欠点だな。
俺としては魔物よりも力を得て増長した人間の方が恐ろしい。ちゃんと人間も魔物も拒むように念じ直したいところ。
「いちいち細部までイメージしてたらキリがねえよな。こうなったら名前つけるか。小っ恥ずかしいけど、技名ってやつを」
例えば不可視の箱。大きさはまだしも、重さだったり硬さだったり付属させるその他諸々の効果だったり、一々念じていたら手間がかかる。
そこで技名を『結界』とすれば、〈結界〉=こんな大きさ、こんな重さ、こんな硬さ、こんな効果、がイメージとして登録され、発動が容易くなるはずだ。
となると魔物を倒す時に使う結界は〈攻撃結界〉で、家を囲う結界は〈防御結界〉とでもしようか。安直だけど、大事なのは想像しやすいか否かだ。
「そうだ。〈防御結界〉に侵入されたら通知が届くように設定できないかな?」
思いつきで+αを念じてみた。
「うーん。でもこればっかりはなあ、侵入されてみないとわからな――」
――いよな、と言おうとした瞬間。頭の中にピコンという音、侵入者を知らせる通知が届いた。
「は?」
どういうこと? 魔物に俺の〈防御結界〉が破られたの? それとも人間? 技名まで付けたのに拒むイメージがまだ不十分? 何にせよ展開が早すぎるだろ! どうなってんだ全く!
脳裏に家のマップが二次元的に浮かび、赤いフリップで表示される侵入者が、俺の部屋に近づいてくる。
フリップは扉の前で止まる。
緊張が高まる。ドクンと心臓が高鳴った。
ガチャリ――ドアノブが捻られて姿を現したのは、
「ねえねえ、玲兄〜?」
妹の彩奈だった。
「変顔練習したんだあ。見ててね、いくよ〜?」
そう言って両手で可愛い顔を潰す彩奈。確かに再現度は高い。95点くれてやってもいい。だけどお兄ちゃん、やる事あるから後にしてくんない?
彩奈の腕を引いて部屋に引き込む。
「ちょっと中に入ってろ――ああ、お前はダメだ」
ゴン、と音がして空気が揺らいだ。
ほえー? と振り返る彩奈がこっちに来ないように足で扉を閉めて、俺は誰もいない廊下に話しかけた。
正確には、何者かを捉えたであろう、透明な箱で閉ざした目の前の空間にだ。
「で? お前誰? うちで何してんの?」