ゴブリンでバズる俺
風呂から出ると、地鳴りのような音が響いていた。
「玲兄ー? もう花火始まってるよお〜」
「酒だ酒、ビールのおかわり持ってこい玲太ー!」
ベランダから妹と姉の呼ぶ声がする。
がしがしと髪を雑に拭きながら、冷蔵庫を開けてビールを探す。適当なツマミもついでに持って、リビングをつっきりガラガラと窓を開けた。ぶわり、心地よい夏の風が頬を撫でる。
「お〜、やってんね」
雲ひとつない夜空に、色とりどりの花が咲いていた。ひゅううう、と打ち上がって、どーんと咲き誇るそれは、七夕花火祭りで打ち上げられる花火だ。
「わあ〜綺麗〜!! 玲兄みてみて、すっごいよー!」
「ああ、綺麗だな。毎年見てるけど、やっぱりすげえ」
妹の彩奈がはしゃぎ回る。歳は俺の二つ下。アニメ鑑賞が趣味の俺とは違って、身体を動かすことが好きで活発的なやつだ。
ガーデンテーブルには料理や菓子類が並んでいた。俺は空いているチェアに座る。どん、と空缶を叩きつけた姉の顔は真っ赤で、既にできあがっていた。
「ありがと玲太〜、ほら玲太も飲め飲め〜」
「未成年に酒を進めんなよな藤姉! ていうか飲みすぎだぞ。ほどほどにしねえと、明日も仕事だろ?」
姉の名は藤花。今年二十歳を迎えて成人し、解禁された酒にしょっちゅう溺れている。大学には行かず、これでも社会人の端くれである。
「いいんですう〜今日は特別なんですう〜。玲太はどんどんパパに似てくるんだからあ、余計なこと言わないで付き合ってくれればいいのよ〜」
頬にキンキンに冷えたビールを押し付けるな。
「ったく……って珍しく母さんも飲んでんのか」
「今年も夏が来たわねぇ……徹さんも見てるかしら」
我らが母は少量の白ワインを嗜みつつ、うっとりと満開の花火を見上げている。徹さんってのは親父のことだ。俺が中三の時に事故で死んだ。
「……見てるさ、きっとな」
母の胸中を察して、しみじみと答えた。
夏の風物詩、三万発も打ち上がると見飽きそうだが、バリエーション豊かで色々な花火の顔があるからずっと見てられる。
俺たち家族四人は、ベランダでのんびりと寛ぎながら祭りを楽しんだ。夏の始まりを感じるね。
……ひよりのやつ、結局どうしたかな。
ギャル仲間と見にいってるだろうか。それとも男か。それはなんかうぜえな。俺に断られたショックで家にひきこもっててくんねえかな? ……それだけはないか。
てか、なんで俺があいつのこと考えなきゃならんのだ。それもこれも無遠慮に声をかけてきたあの女のせいだ。そういうことにしておこう。
と、花火も終盤に差し掛かった頃、藤姉が言った。
「玲太ぁ〜! かき氷食べたいれろ〜」
「いやだよ、どこの屋台も行列できてんだから」
「はーい、彩奈も食べたーい!」
「じゃあママも〜」
藤姉の我儘にのっかかる彩奈と母。俺がだんまりで嫌を主張していると、三人揃って物欲しそうな目で見てくる。
「ねえ玲兄、おねが〜い」
「コンビニに売ってるやつでいいからさあ〜」
「ママはいちご味がいいわあ」
「情緒もクソもねえな! ……あーもーそんな目で見るなよ! わかったよ買ってくればいいんだろ!」
席を立った俺は「玲兄かっこいいー」「愛してるぞ玲太〜」「気をつけなさいねえ」という声を背中に、財布を取ってさっさと家を出た。
この辺は祭り会場と若干離れているのだが、やはり凄い数の人が行き交っている。この調子だと近所のコンビニは混んでるだろうから、少し歩くが離れたとこに行くか。
俺は土地勘を生かして裏道を通り、人混みを避けながらコンビニに向かった。
到着すると、入口付近に笹と短冊が盛り沢山な七夕用の竹が設置してあった。わざわざ遠い所まで来たのに、中は意外と混雑しているし……なんとなく気が向いたので、この鬱憤を晴らしてやろう。
「このしょうもない世界がぶっ壊れますように、と」
すらすら書いて、笹に括り付けようとしたところ、不意にひらひらと揺れる短冊が目に入った。
そこには『家族みんなが健康でいられますように』という願い事が書かれていた。
その右隣には『受験に合格しますように』さらに左隣には『大きな災害がありませんように』上には『ヒーローになりたい!』挙句、下には『いつまでも平和が続きますように』とあった。
俺、何書いてんだろうな。無性に恥ずかしくなって、裏側に『ずっと家族が一緒にいられますように』とありきたりな願いを書いた。傘立てに刺してある竹の、笹の根元に括り付ける。
――どどどどどどーん!!
背後でとんでもない数の花火が同時に轟いた。
どこからともなく「おお〜」と感嘆の声がこぼれる。それは最後の心打ちであり、七夕花火祭りの終わりが告げられた。
だが、煙の余韻を残した夜空を見上げる人々に、祭りが終わったーというあの寂しげな感慨はなかった。
それもそのはず。
随分と前からテレビやネットのニュースに取り上げられ、それ以来SNSではトレンド1位。話題のあれが、そろそろ見られる時間帯だからだ。
皆が今か今かと待ち望んでいる。それを見なくして祭りは終わらない。俺はコンビニに入ってかき氷のアイスを買うと、自動ドアから出た。
そのタイミングで、夜空に一筋の光が走った。
「――――」
それを皮切りに、満点の夜空が何百何千という光の斜線に埋め尽くされる。大流星群。過去に類を見ない、それはそれは大規模なものだった。
「……すげえな、こりゃ」
内心うんざりしていた俺だが、こうして目の当たりにするとあれだけ話題になるもの頷ける。手元の携帯端末では、流星群のツイートでSNSが荒れまくっている。
その中に恋人と来てよかった的なツイートを見かけて、ちょっと思った。もしかしてひよりが俺を誘ってきたのは、罰ゲームなんかじゃなく……や、ないか。
込み上げてきた軽い罪悪感を一笑に付し『リア充爆発しろ』とコメントする。予想外にもお気に入りマークが次々とついた。なんだ。同士よ、わかってるじゃねえか。
流星群はなおも続いている。おかげで薄明るい裏道を進んでると、不意にガサゴソと何かを漁るような音が聞こえてきた。
なんだ? 野良犬が餌でも探してんのか?
じっと目を凝らすと、そこにいるのは小さな子供に見えた。やけに薄汚れた格好で、円形のゴミ箱に上半身を突っ込んでいる。
それは現代日本において、異様な光景だと言えよう。引き返すか否か逡巡していると、さらにもう一人、もう二人、もう三人と、ボロ布を纏った子供がわらわらとゴミ箱に集い始める。
「……っ」
俺は絶句した。
あまりにおかしい。あれは人じゃない。我先にとゴミ箱を漁る子供の姿をしたナニカだ。そんな事を思うくらい気味が悪い。足が自然と後ずさる。
バチ、バチバチ、バチ――。
さっきまで消えていた街灯が、不自然に点滅して。
「…………は?」
そのナニカの容貌を見た。
「こいつ……ゴブリン、か?」
慌てて携帯端末をカメラモードに移行。醜悪な餓鬼がゴミを漁る姿を写した映像を『ゴブリンみたいなのがいる』と一言添えて投稿すると、忽ち大炎上した。
『え、なにこれ。ファンタジーアニメの実写版?』
『CGだよね? めちゃリアル』
『まてよ、空に流星群見えんぞ』
『ってことはこれ、今撮った映像ってこと?』
『は? じゃあこのゴブリン本物?』
『え?』『こわい』『うそ』『やばくない?』
これがバズるってやつか……俺、一度でいいから言って見たかったんだよね。状況を忘れた俺が『通知がとまらねえwww』とイキったコメントをすると、
『馬鹿お前、そんな場合じゃねえだろ』
『まじで逃げろ』『絶対危ない』『死ぬぞ』
『マイペースすぎ』『現代っ子怖い』『命の危機』
『助け呼べ』『もう通報した』『まだ生きてる?』
こんな感じで返信欄が荒れた。
こ、こんなこと初めてだ。どうしよう! これはあれか、何か宣伝した方がいいのか!?
すっかり画面に集中していた俺。
故に気づくのが遅れてしまった。
すぐ目の前に一匹、こちらをじっと見据えるゴブリンがいることに。ハッとする俺に向かって、ニタリと効果音つきの卑劣な笑みを浮かべた。
ぞくり、と怖気が全身を走り抜ける。
ゴブリンは奇声を上げて踊りかかってきた。
「ちょまっ、やめろ!」
及び腰になりながら咄嗟に腕を前につきだす。
すると、ヴン――と妙な音がして、ゴブリンが吹き飛んだ。そのまま電柱に勢いよくぶつかり落下。ピクピクと痙攣して、緑色の血が地面に広がっていく。
「え、あ、はぇ? なに?」
尻もちを着いた俺は、状況を飲み込めずにいた。
なんだ今のは。何かが起こった? いや起こした? 俺が? よくわかんないけど、現実味はないけど、例えるなら不可視の魔法が俺の掌から飛び出したような。
ゴブリンの死骸がぼひゅ、と溶けて灰になった。
すると突然、脳裏に無機質な声が響き渡る。
〝葛原玲太のステータスが顕在化されました〟
〝英雄願望『破綻』〟
〝第一スキル:〈原初:無〉のロックを解除。行使権限は完全に葛原玲太へと譲渡されます〟
〝レベルが2に上がりました〟
〝ライフを100獲得しました〟
〝称号:【暁の勇士】を獲得しました〟
〝ギフトスキル:〈成長促進〉を獲得しました〟
〝ギフトスキル:〈スキルの蕾〉を獲得しました〟
待て待て待て待て。ステイ。おすわり。
ちょっと静かにして。何言ってるか分からないから。意味不明だから。理解不能だから。
「は、はは……んだよこれ……!?」
未だ現状を把握しきれず、頭を抱える。
だが俺は、無自覚のうちに笑っていた。
自然と口の端が上がる。腹の底から湧き上がる狂気じみた愉悦を堪えていた。見るものが見れば、恐怖で頭がおかしくなった人のように見えただろう。
だって、だってよ。
今、この時、この瞬間。
「ぶっ壊れるのか……? 退屈でしょうもないこの世界が、今、ぶっ壊れようとしてんのか……!?」
世界の在り方が、変わろうとしている。
決定的となったその事実が、俺は嬉しかったんだ。