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滅びろ世界、俺が無双する  作者: ぞの
プロローグ『壊れ始めた世界』
1/20

最近になって絡んでくる幼馴染

 

 これは近所のコンビニから帰ってる時の話だ。


「…………は?」


 イチゴ味のアイスが入ったレジ袋を引っさげた俺は、目の前で青いゴミ箱を漁る『ナニカ』を見て唖然としていた。


 背丈は小学校低学年と同程度、薄汚い格好に二重のノコギリ歯を剥き、骨張った高い鷲鼻が特徴的な怪奇。


「こいつ……ゴブリン、か?」


 その見た目は完全に、ライトノベルや漫画、アニメといった娯楽作品の、ファンタジーな題材に登場する定番の魔物。現代の日本にいるはずがない、いていいいはずがない存在である。


「ギギャギャギャギャ!!」


「おわっ鳴き声キモイな」


 時は少し遡る。



 ※※※※※※※※※※



「七月七日火曜日。本日の天気は快晴。全国的に晴れ間が広がるでしょう。――さあ、いよいよですね」


「こんなこと後にも先にもないですからね。今の時代に生きる私たちにとって、特別なものとなるのは間違いないでしょう」


「最接近するのは、本日の午後二十時頃だと予測されています。ぜひ夜空を見上げてみてください」


「七夕は昔『星祭り』と呼ばれていたそうです。なにか運命的なものを感じますね。短冊に願いを込めましょう。本当に叶うかもしれません」


「今日という一日を、あなたは誰と過ごしますか?」


 朝からニュースキャスターが興奮気味に言っていた。校長の話にも出てきて、学校の生徒らは誰もが浮き足立っている。まるで体育祭や文化祭の前日。なんとも言えない高揚感が、そこら中に漂っていた。


 俺の名前は葛原(くずはら)玲太(れいた)

 群れることを嫌う、孤高のぼっちである。


 ふざけ合っている男共。本心を隠して褒め合っている女共。イケてるやつはイケてるやつと。地味なやつは地味なやつと。学校ではみんな誰かしらと一緒にいる。ぼっちなのは俺一人だけだ。


 とはいえ、別になんとも思ってない。そういう連中を毛嫌いしてる訳でもなくて、ただ単に気力が湧かないだけ。自分を偽って輪に加わるより、一人でいる方が圧倒的に気楽なのだった。


 断じて言い訳などではない。

 心の中の青い情熱が枯れているだけである。


 ただ、将来の夢どころか今やりたい事すら浮かばない人生には辟易していた。学校だって休みがちだし、これから社会の一員となって働くことを考えると億劫でしょうがない。


「あー。何もかもがめんどくせえ」


 でも生きるために金を稼がなくちゃいけない。活力が湧かないのを理由に死ぬにしたって、残される家族が不憫だ。どうにもならない。だから俺は今もまだ、息を吸って吐いてを繰り返している。


 もうさ、いっその事こんな世界、滅びちまえばいいのに。心底思うよ。どんな形でもいいから、今のこの生きにくい世界の在り方をぶっ壊してくれねえかな。あーパンデミック起きねえかな。世界規模の大災害起きねえかな。


 それで死ぬならそれもよし。運良く生きる残るなら、それはそれは刺激的な世界になるだろう。


 俺はよく、そんな不謹慎で脈絡のない事を考える。今日もまた現実逃避に過ぎないとため息を吐いて、


「はぁ……」


「ねえ、くずた」


 りん、と鈴を転がしたような声音。

 懐かさしさすら感じるその呼び方に、どきりと胸が高鳴った。


 帰路についていた足を止め、俺は恐る恐る振り返る。そこにいたのは、幼馴染のあいつだった。


 長い睫毛に縁取られた綺麗な瞳。丁寧に編み込まれた黒髪は、うなじが見えるくらいに切り揃えられたナチュラルボブ。化粧は程よく制服を派手に着こなし、オシャレの最先端をゆく今時のイケイケ女子である。


 ……またか。またこいつか。


 幼馴染とは言ったものの、単に小中高が同じなだけ。確かに小学校の頃は毎日のように遊んでいたが、成長するにつれて疎遠になっていった。


 よくある話だ。片やクラスの中心的存在にして学校一のマドンナ。片やクラスでぼっちを決めてる学校一冴えないオタク。小さな頃は見えなかった空気(カースト)が、住む世界を隔て溝を深めるのだ。


 俺達がすれ違うのも必然だといえた。


 だから俺は、こいつの事を『薄情な奴だ』なんて思ってないし、ていうか言える立場でもない。高校生活も二年と少しが過ぎた。最後に喋った記憶があるのは、中学卒業間際、うちの父さんの葬式の時か?


 それなのに。ここ最近、何故か声をかけてくるようになった。今日だってそう。こいつとの会話の仕方も忘れてしまって、何と返すか少し迷った。


「……なんだよ」


 自分でも驚くくらい、無愛想な声が出た。


「きょ、今日はあれね、天気がいいわね。だからその、久しぶりにその、一緒に帰ってあげてもいいわよ?」


 こいつは何でこんなにキョドってるんだ?

 ていうか相変わらずの上から目線が癪に障る。読モやってるからって驕ってんなよ。


「好きにしろよ」


 幼馴染のこいつとは家が近い。どうせ向かう方向は一緒なのだからと、俺は勝手に歩き出した。


 隣に並んでくる。お互い何も喋らない。昔はそれも心地よかったのだが、今ではその無言が痛い。


 ていうかこいつ、ほんとに何しに来たの? なんなの最近? 今更どういう風の吹き回しなのだろうか。


「あっちがあたしの家。向こうがあんたの家」


 しばらく歩いて。このまま進めば突き当たりで、道は左右に分岐している地点まで来た。彼女は言葉少なに左側を指さし、次に右側を指さして、ジトーっとこちらを見てくる。


 おう、かわいいな。顔だけはかわいいけども。

 意味わからねえって。


「いきなり変化球投げてくるんじゃねえよ。ちゃんとキャッチボールしようぜ。ほら、こんにちは。あなた最近、様子が変ですよって」


「……ぐぬぬぬ」


 つい昔みたいに口をきいてしまって、彼女の機嫌を損ねたのだろう。眉間にシワがよっている。でも他人行儀に接するのもなんか違うと思うんだよね。


「で、で、私に何か言うことがあるんじゃない?」


 いやねえよ。急にどうしたほんとに。

 俺はただただ困惑するしかない。


「はあ? 意味わかんねえって」


「…………」


 無碍にすると、口を噤んであざとく頬を膨らませている。怒っている、というよりはイジけている、という感じだ。


「……何もないなら、俺もう行くわ。じゃあな」


「ま、待って!」


 踵を返した俺。彼女は慌てた様子で制服の裾を掴み、俺を無理やり引き留めた。既視感がある。刻限だから帰るという俺を、昔のこいつもこうやって引き止めていたっけか。


「だから何だよ? お前なんかおかしいぞ」


「…………って……げる」


「え、なんて?」


 聞こえないって。ぼそぼそ言うんじゃねえよ。

 それか何か、悪いのは俺の耳の方か? 耳を開通させるため小指でかっぽじっていると、彼女は何故か突然キレた。


「今日の七夕花火祭り、一緒に行ってあげるって言ってんの!!」


 その顔は心做しか赤く染まっている気がする。


 確かに今日は、近所の湖畔公園でわりかし有名な祭りが予定されてる。打ち上げられる花火の総数は実に三万発。他県から足を運ぶ人達がごった返し、毎年大混雑になるから近所民としてはいい迷惑だったりする。


 しかし、まさかこいつから誘われるとは。誘われるっていうか、何故か俺が誘った側のような言い様だが。仕方なく行ってあげるって顔に書いてあるんだが。


「ええ……」


「何よ嬉しくないの!?」


「まずなんでそんなに上から目線なんだよ。行ってあげるって、こっちはお願いした覚えはない。てかそもそも俺、毎年家族揃って家から花火見るんだよ」


 家が近所だからな。わざわざ大混雑した中に混じり、もみくちゃにされる必要性を感じない。


「くずたあんたねえ、家族家族って、いつまでそうしてるつもりよ……! ホントしんっじらんない! このあたしがあんたみたいな根暗なオタクを誘ってやってるってのよ!?」


 まさか断られるとは思っていなかったのか、目を剥いて叫び散らしてくる。どんだけ自意識過剰なんだこいつは。ムカムカしてきた。


「あーそうですねとても光栄でございます。ですが学校のアイドルとお祭りデートとか、ぼっちの俺には荷が重いんですわゴメンなさい」


 普通に誘いを受けてたら或いはがあった。かもしれない。でも今の俺にその気はさらさらないね。


 こちらとしては皮肉を込めた言葉だったのだが、上っ面だけ受け取ったようだ。めでたい奴。


「あ、アイドル!? ででっ、デデデデデートっ!? なに意識してんのよ! あたしは幼馴染のよしみで誘ってあげてるだけなんだからね!」


 こいつの口からまさか『幼馴染』っていう言葉が出てこようとは。俺はムッとなって吐き捨てるように言う。


「うるせえな。なんだよ、今更」


「なにってなによ?」


「お前、今まで俺のこと無視してたじゃねえか」


「はあ? それはあんたの方でしょ!?」


「いいやお前だな。あれは中一の二学期、俺と一緒に帰るの辞めるって言い出したの、忘れてねえからな」


「それは友達が、くずたのこと彼氏なのってしつこくて……って、その後喋りかけても無視するようになったのはあんたじゃない!」


「はあ? ギャル共の目を気にして露骨に嫌そうな顔してきたのはお前だろうが!」


「なによそれもこれもあんたが陰キャに落ちぶれたのがいけないんじゃない!」


「あーあーあーあーそうですかそうですね。カースト上位のおギャル様ですもんね。落ちぶれたキモオタと仲良くしてたらステータス下がりますもんね。それはたいへん申し訳ありませんでしたーだ」


「何よその言い方! あたしは単純に、昔はクラスの中心的存在だったあんたがどうしてって――」


「うるせえよ。お前には関係ねえだろ」


「な、なによっ」


「どうせ俺を誘ったのも罰ゲームか何かなんだろ? くだらねえ。もうわかったからどっかいけよな」


 確定。やっぱ俺、こいつのこと僻んでんだわ。


 心のどこかでは俺を見捨てた薄情なやつだと思っちまってる。こいつとは生きる世界が違った。だから距離を置いたのはお互いにだ。でも、クラスの底辺にいる俺はどうにもひねくれてしまって、ちゃんと向き合きあうことが出来ないのだ。


「……変わったね、くずたは」


 それは自覚があって、だからこそ指摘されて無性にいらついた。わざわざそんな事を言いに来たのか? って。


「お前もな。男と遊びすぎて頭沸いちまったのか?」


 人気者の彼女は、良いことも悪いことも話題が絶えなない。特に男関係の話は暇のないことないこと。


「っ…… なんでそんなひどい事言うの? 小さい頃に約束したじゃん。くずたは忘れちゃったの!?」


 俺が悪い。言い過ぎだ。そう自覚してなお、口から飛び出す言葉を止められなかった。


「約束だあ? そんなの忘れちまったよ。ていうか小学校の頃の約束なんて、子供のお遊びだろーが!」


「〜〜〜〜〜っ、ばか! ばかくずたっ!!」


 叫ぶだけ叫んで、彼女は走り去っていく。


 一瞬、目元に光るものが見えた気がしたが、見間違いだろう。ああむしゃくしゃする。


「なんだよ、急に。こっちの気も知らないで」


 忘れようとしてたのに。ようやく忘れかけてたのに。胸の奥がちくりと痛んで、俺は盛大に顔を顰めた。


『くずた。約束だよ』


『ああ、約束だ』


 小さい頃に交した約束。

 忘れたなんて嘘だ。覚えてるに決まってる。忘れようとしても、それだけは忘れられる気がしない。


 あれは七歳の頃だっただろうか。

 その年の七月七日。七夕の日。


 この日、俺は恋をした。


 幼馴染の鳴宮(なるみや)ひよりに恋をした。

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