74部
山本は上田と共に小さな不動産屋に来ていた。
昔ながらの町の不動産屋といった感じの古い建物だ。
看板こそ出ているが知らなかったら潰れているとしか思えないような所だ。中に入るとおじいさんが座っていた。他に従業員もいないようだ。
「いらっしゃいませ、おや?あなたは土屋さんと一緒に来てた人だね。」
「ええ。土屋さんとは長くお取り引きされてるんですか?」
「・・・まぁ、そうだね。先代からのお付き合いですよ。」
「その先代って言うのは、本物の土屋さんの事ですか?」
上田が聞くと店主のおじいさんはじっと上田を見て、
「先代は成金でも投資の失敗で無一文になるような方でもないよ。」
「つまり、本物の土屋さんもご存知って事ですね。
私の知ってる土屋さんは一体何者なんですか?」
「ここに来たという事はあの方が導いたからなのでしょうね。それはつまり話せという事と推察します。
あの方は天皇家の男系血筋を引いていながら皇族になれなかった北条、黒木、長田、上杉、武田、そして名を変えながら残り続ける本家の六家の方です。」
「それって総監や刑事部長とかの。」
上田が呟くと店主が
「ああ、外部監査の方々ですね。
長田は早期に計画から離脱しましたし、黒木もその野望のせいで中心から外されています。北条は本家を支える事こそが至上命題とする一族ですからね」
「黒木の野望ってなんですか?」
山本が聞くと店主は笑いながら
「簡単な話です。本家に成り代わろうとしたんですよ。
本家を天皇位にする事を目的に活動してきた年月の中で自分達が天皇になろうとした。先日、亡くなられた雄二様のお父様の代の話です。黒木家には心臓病の遺伝があり、先代達も早期に亡くなられていたため本来の目的の伝承が不十分だったのでしょう。
そしてもとから野心もなく参加していた長田は一線をひき今代では関わろうともしなくなった。」
「その本家とは、なんなんですか?」
「理想を忠実に遂行すると親王に誓われた一族という感じですね。」
「その理想とは?」
「ヨーロッパで王による統治が行われ始めた頃、王権神授説というものが説かれ、王の統治に正当性が主張されました。日本でも同じように初代天皇は神の子とされました。どこの国でも統治の正当性を主張する事は必要不可欠でした。今のような形だけの民主制がひかれていなかった昔の話ではありますが。
ここで大事になってくるのが、人々に神が存在すると認識させる必要があったという点です。
神がいるから統治を任された天皇や各国の王は偉く尊い者になる事ができる。
そして、それは宗教を全面的に認め、その思考が政治に反映される。神道に始まり、飛鳥時代から仏教がその立場を得て政治に介入し、信者を操る事で戦国時代には巨大な勢力を作り出した。
日本も世界中のほとんどの国が宗教に支配されているわけです。弱者に救済を与える宗教がその対象を作り出すべく政治を悪い方向に導き弱者を作り出し自らの利益を増やし続けて来たわけです。親王は天皇は神ではないし宗教は国を支える柱でもないと主張されていたそうです。宗教を廃し弱者を作り出すシステムを断絶する事で国民は弱者から抜け出し自らの幸せを追求する事ができる地盤ができるのだと。」
「それが最近、発表された宗教改革の目的ですか?
なら、その本家とやらの理想は実現したということですよね?」
「最近ばかりに囚われていては真実には到底いたれませんよ。さて、私がお話しできるのはここまでですね。
私は長く生きてるから少し知ってるだけの末端です。」
「なるほど、色々とわかりましたよ。
次にお会いする事は?」
山本の問いに店主はにこやかに笑い
「それは神のみぞ知る・・・ですよ。」
山本は店主に深く頭を下げて不動産屋をあとにした。




