63部
屋上から帰宅する銀行員を眺めるのが習慣になってきた。
私が生きている事だけでも奇跡に思えるのに日常に戻れた理由はなんなのだろう?彼の気まぐれかそれとも私を生かす事で新しい何かを始めるきっかけとするつもりなのだろうか?
そんな事を思いながら人波を見ていると波に逆行するように近づいてきている人が見えた。
「ああ、ノブ君の方が私に微笑んでいると言うことか。」
長田は流れに逆行して進んでくる山本を見て呟いた。
「こちらだとお聞きしました。
今日はお聞きしたい事があります。」
「ノブ君の事かな?」
「そのノブ君というのは親父の事ですか?」
「山本信繁の事だよ。
彼は僕も友人だった。ただ、彼らとは一線を画す存在でもあったから親しかったかというとそうでもないけどね。」
「彼らとは北条氏と黒木雄二氏ですか?」
「どこまでわかってここに来ているんだい?」
長田は落ち着いた感じで聞いてきた。
「あなた方が父の結婚式に出ていた所くらいまでです。」
「なるほど、もう少し踏み込んだ所までわかっているんだろう?土屋さんはお元気かな?」
「どっちの土屋さんですか?」
「あはは、『どっち』か。ここは『どちらの』にするべきだと私は思うけどね。」
「武さんや上杉さんは俺の知り合いの土屋が成ノ宮で御前と呼ばれる男で、さらに俺の祖父なんじゃないかと推理しています。
あなたはそこまで知っているんですか?」
「武田君や上杉君にしては少し的外れだね。
まぁ、彼からすれば君は孫を見るように感じてるかもしれないな。我々の世代で言うと60を超えると子供が結婚して孫がいるくらいが当たり前だったが、もっと若くしておじいちゃんになる人もいれば80になっても孫がいない人だっている。
我々の年代なら孫がいて当たり前くらいに考えている古い人間もいるからね。」
「祖父ではないと?」
「確かに祖父も御前だったよ。それは間違いのない話だ。
でも今の御前は君の祖父ではないよ。」
「じゃあ、誰なんですか?」
答えを焦りすぎている事は自分でもわかっていた。でも聞かなければ行けない。そんな衝動に駆られた。長田はゆっくりと息を吐いて、
「彼は君の叔父だね。ノブ君とはお母さんが違うから兄弟として一緒に育ったわけではないから、二人の関係も実際は養子の形で兄弟ではなく親子となっていた。
良くわからないだろう?これもすべて成ノ宮宗家のおかしな伝統で常に後継者を明確にして血が途切れないようにするためと言われているんだ。だから、あの人が山本警部の孫とするのも間違いではないよ。私は彼らの思想や行動を全否定して彼らの輪から離れた人間だからね。君を孫とするのにも反対の立場と言うわけだ。特にノブ君の事件があってからは彼らを信用する事もできなくなったわけだけどね。」
「やはり父と母は御前のグループによった殺されたんですか?」
「私はそう思ったけど、雄ちゃんは否定したな。
まぁ、ノブ君はノブ君で危ない橋を渡っていたようだから何者かによる横やりがあったかもしれないとは今になって思うけどね。」
「親父もそのグループにいたんですか?」
「いいや、ノブ君は独自に社会の変革を考えていた。いわば私の息子のような感じだよ。独自に理想とする社会を描き、そこに向かうために社会を動かそうとした。
それは成ノ宮の目指した未来ではなかったから、私は排除されたと考えた訳なんだけどね。」
「成ノ宮の目指した未来とはどんなものなんですか?」
「環日本大帝国の創造と崩壊だよ。」
「日本の周囲の国を巻き込んだ帝国づくりは何となくわかりますが、崩壊とは?」
「この未来はおよそ300年の周期を予定した途方もない計画でね。朝鮮や中国、ロシアも巻き込んで日本が支配して世界屈指の大帝国を作ると言うものだった。しかも完全独裁国家にする事によって世界の反感を買いながらも軍事力や経済力で有無を言わせないほどの大帝国にするものだ。
その大帝国も衰退しいつかは崩壊する。
大帝国は天皇家が主体で治めるから愚政の責任は天皇家がとる事になり天皇家は滅亡する。ヤマト王朝から続く天皇家をいかにして自然と終わらせるかというのがこの計画の本来の趣旨だ。
生まれが皇族だからと言う理由で他者と区別され、かごの中の鳥として政権に利用されながら生きる事に苦痛を感じた成ノ宮のだした答えは嫌われて取り潰しを願われる程までの愚かな政治をすることにあったというわけだよ。」
「今もその考えの元に行動してるんですか?」
「それはないね。
日本の歴史は勝者が英雄であるかのように語る節がある。そんな歴史の中で一度でも日本がアジアを支配できた事などない。
つまり、彼らの思想は常に負けてきたのだよ。
環日本大帝国なんて夢の夢だと判断され、いかに世界の中心的な国家となるかに重きを置かれるようになった。」
「その理想とはどんなものなんですか?」
「ふう、長話になりそうだね。
それにこの場所は危ないかもしれない私の執務室で続きを話そうか。」
「誰かに狙われてるんですか?」
「どうかな?一度彼が会いに来た時も殺されると思ったが生きていたからね。」
「警察には通報しなかったんですか?」
「影に襲われたと騒いで警察が動いてもらえるかな?
いや、ないだろうね。彼の存在はそう言うものの類いなんだよ。」
長田はそう言うと屋上のドアの方へ促してきた。山本は黙ってそれに従った。




