54部
刑務官が並び、
「一列に並んでついてきて下さい。
最近の報道で外は記者でいっぱいです。質問をされることもあると思いますが、答えるかは皆さん個人にお任せしますので各自で対応をお願いします。
それでは、行きましょう。」
刑務官がドアを開けて先導する。五條や坂本達も並んで刑務官に続いた。
刑事施設の正門は普段は開いているが、大量の記者が押し寄せているため今は閉まっている。かなり高い脚立に乗ってカメラをかまえている人達のカメラから一斉にフラッシュがたかれ、眩しすぎて目を開けているのが辛いくらいである。
釈放される5人が刑事施設から出てきた瞬間にフラッシュが止まることなく続いていたことに対して刑務官が数人注意をするために走っていった。
「大歓迎だと思うか?」
坂本が聞き、五條が
「新しいことには誰でも興味を持つものだよ。
これが誰か一人のために集まったものじゃなく、新制度初の釈放者として注目されていることを願うよ。」
フラッシュが少しずつ落ち着いていき、刑務官の指示で進むと刑務官が左右に別れて釈放者が通る道を作っていく。わざわざ規制線を張って記者が接近できないようにされている。
坂本は他の誰でもなく命が狙われるなら自分だろうと思った。内乱罪は死刑になるものだし、そこから釈放された自分が無事でいられるとも思わない。
直接、手を下して誰かを殺してはいないが計画を建てて実行してくれた仲間の多くを死なせてしまった。そんな自分を許さない人もきっといるだろう。
記者達が何か質問をしているようだが、記者会見のように決まった誰かが質問するわけではないから、質問が無数に飛び交い誰が何を話しているのかもわからない状態だった。他の釈放者の中には質問に答えようとはするが誰に聞かれているかわからずにあたふたしている人もいて、その人は刑務官の指示で進まされる事になっている。
刑事施設の外門まで辿り着くと車が人数分停まっていて、車の入り口には大きなテントが張られていて誰がどの車に乗り込むのかが分かりにくい形になっている。記者が車で追跡してくる事も想定しての対応だろう。テントに入ると既に5人がいて、刑務官が小声で
「皆さんはそこの椅子に座ってお待ちください。
ダミーの車を発進させてマスコミが減ったところで改めて別の車がお迎えに参ります。」
刑務官の言葉が終わるとダミーの車に待機していた人達がそれぞれ乗り込み、一台ずつ発進していった。
それを追いかけろとの声が響き、人が移動していく音がした。
ここまで徹底した対策がとられるとは驚きだった。
「誰を追跡させないための対策なんですかね?」
笹木が言った。元警察官であり、坊っちゃん狩りの動画製作を担っていた彼は直接誰かを傷つけたわけではないが、多くの金持ちや権力者からの恨みを買っている。だが、他の二人は一般人で犯罪に至った背後関係が詳細に報道されたことで多くの同情を得ている。同情を得ている点では五條も同様であり、あえて隠す必要性はなさそうだ。そう考えると狙われている人間がいるもしくはその可能性があるのは坂本か笹木のどちらかではないかと考えてしまったのだろう。
坂本が笹木に向かって
「大丈夫だ。危険があるとするなら俺だから君ではないよ。
こういう言い方は誤解を生むが、君は間違ったことはしていない。
社会が抱えてた理不尽ややり場のない怒りを加害者に身を持って体験させ、金持ちだからとか権力者の関係者だからとか、そんな下らない理由で威張り散らしてたクズを減らして、同時に未来にクズになるかも知れなかった子供への教育にもなっただろう。
俺の叔父である明智元議員も殺されたが、金でなんでもできると思ってたあの人が死んだところで悲しくもなかった。逆にあの人のせいで不幸になった人の多さを知ったときに悔しくて涙が出たよ。もっと早く対処してたら不幸にならなかった人もいたんじゃないかとな。
君は理不尽に立ち向かった仲間を守るために動画を加工して、できるだけ身元が特定されないようにするための編集やサポートをしただけだ。
大きな枠組みで見れば君は犯罪者だが、私利私欲のために犯罪を行ったわけではない。だから、安心すれば良い。
決して胸を張れる事ではないが、怯えて隠れて生きていかなければいけない事でもない。」
「本当にそうなんですかね?」
笹木が不安げに他の三人を見た。五條を含めた三人が優しく微笑み黙って頷いた。そこに刑務官が小声で
「準備ができました。皆様は犯罪者ではありましたが、社会に復帰し自分を含めた人全てを幸福にする使命があります。
これは犯罪者だからとかではなく、全ての人が持っている使命です。
ご自身を含めた全ての人を幸せにするために日々精進してください。」
イベント会社のロゴが入った中型車が数台入ってきて、業者の人が近くにあった荷物を積込み、一台に一人ずつ乗せて車が発進していった。
五條と坂本も車に乗るように促されて乗り込んだ。
二人ともが最後に話した刑務官を車の窓から見ていた。黒いシールで外からは中が見えないようになっていたが、中からは普通に見えていた。
二人は別々の車に乗っていたが、この時全く同じことを考えていた。
『あんな刑務官いたか?』と。
車が発進し、そのすぐ後に大きなトラックが入り、テントの解体作業が始まった。業者が作業をしているなかで帽子を目深にかぶった刑務官が
「さあ、世界はどう動く?変わり始めた時代に未来を担う若者は何を感じる?
慶喜、この名前が一時代の終わりを導く者の名ならば私はその役目を全うできるのか?楽しみだね、明日からが」
そう呟くと刑事施設の中へと消えていった。




