49部
長田は自分の勤める銀行の屋上で夕日を眺めていた。
定時を過ぎて次々と行員が帰宅していくのを見るのが最近の日課になっていた。独身の者も家族の元へ帰る者もここから見れば判別をつける事はできない。
ただ仕事が終わり帰路につくという共通点を除いて、皆が皆同じに見える。銀行から帰っていく人並みの中で、こちらを見上げている男がいる事に気がついた。
顔を見る事もできない距離にいるのに、その男が誰であるのかはっきりとわかった。
「久しぶりの再会か。
悲しみが増える事態だけは避けたいものだな。」
長田が一人呟く。
長田が男を目撃して数分後には男は長田のいる屋上に来ていた。行員のほとんどが帰っているとはいえ、まだ残っている者もいただろう。
銀行という場所は部外者の侵入は決して許さない場所なだけに男が屋上に現れる事は通常あり得ない。
呆れたように長田が
「慶喜、君の今の身分ならここに来る事も容易いのかもしれない。
でも、この事実は多くの人に迷惑をかけるものだという自覚はあるんだろう?」
「部外者の侵入を許したという事が警備の面で信用を害する事くらいはわかっているつもりだよ。」
「そこは上手く誤魔化してくれるんだろ?」
「もちろんだよ。
私がここに来た理由もわかっているという事で良かったかな?」
慶喜は笑っている。自分が思う理由で来たのなら笑える事ではない。
「雄二さんのようになるのだけは勘弁してほしいな。
今の妻とは子供はできなかったが幸せに暮らしてるんだ。
できれば二度と関わりたくないと思ってた君が目の前にいる。
見逃しては貰えないのかな?」
長田は真剣な顔で言った。
「雄ちゃんが死んだのは確かに私が会いに行った後だし、実際に彼の持病を悪化させる薬を仕込んだのも私だ。
でも、雄ちゃんには死んでもらわないといけない理由があった。
彼は甥っ子の事となると抑えが効かなくてね。
私が俊一君にお願いした事がきっと雄ちゃんには反対されると思ったんだ。でも、チョー君には何も望んでないし、君が今さら邪魔をするとも思えない。
どうやら北条君も勘違いしてるようだが、私はただもうすぐで一族のくだらない妄想を終わらせる事ができると報告に来ただけだよ。
まぁ、色々と勘違いしてくれてたおかげで私の探していた最後のピースが見つかった訳だけどね。」
「何が言いたいんだ?」
長田は探るように見るが、微笑んでいる表情の奥底までは見通せない。微笑んだまま
「時が……………時が来れば、私が話した事を伝えてくれればいい。」
「伝える?誰に?」
長田は信用がおけないため距離を十分にとり、物影のない所で奇襲されないようにしながら聞いた。慶喜は大きく笑い、
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。
確かにここに来るためには人の助けが必要だったけど、君を殺すために来たんじゃない。
それと先程の問いだけどね、私の話を聞きに来た人に伝えてくれたらそれでいいよ。
聞きに来る人間もだいたいは想像できる。
最後に一つだけ。」
「なんだ?」
「私は昔のように皆で遊び、ジジイになっても世間話しながら一緒にランチするくらいの関係でいたかった。
私はきっとこれからの世代には私達の抱えた荷物は渡さない。
終わらせて見せるよ、成ノ宮の呪縛をね。」
慶喜はそう言うとポケットから小瓶を取り出し何かを噴射してきた。
「な、なんだこれは?」
「眠り薬だよ。かなり弱いやつだから5分くらいで目が覚める。
じゃあね、もう会うことはないよ。
奥さんと幸せに。」
慶喜ははそう言って手を振っている。意識が薄れていき、その場に倒れた。
倒れた痛みで目を開けると、慶喜は居なくなっていて、さっき言っていた通り5分くらいで目が覚めていた。
謎の行動に納得がいかなかったが、生きていた事を喜ぶ気持ちが強かった。夕陽は沈み空は暗くなっていた。




