45部
会見場のマイクの前に立った姫地は
「法務省矯正局、更正管理官の姫地と申します。
先ほど、北条総務政務官からありました恩赦を受ける候補者の発表を私が行います。
受刑者の情報を精査した上で、政府の基準を満たした者がいるかを矯正局内での5度にわたる会議を経て5人にしぼり込みました。
候補者の発表の前に政府から示された基準を公表します。
一つ、直接的に他者に傷害を負わせていない者
一つ、直接的に他者を殺害していない者
一つ、釈放する事により、国民に危害が及ぶ事がない者
一つ、裁判の公判時に裁判員並びに世論の同情を受けた者
一つ、改善更正の意欲が認められた者
一つ、自らの犯罪に対して後悔並びに反省が認められる者
一つ、過去に犯罪歴がなく初犯である者
となります。
以上の7点を踏まえて、どのような犯罪を行ったかを考慮せずに候補者を5名と致しました。
傷害罪や殺人罪の者は最初から候補には入っていませんし、刑事施設内での反省の色が見られないような者も候補には入りません。
特に複数回服役している累犯者は一番最初に候補から外しております。
それでは一人目です。
田中良雄、65歳。現在は無職ですが中小企業で営業を行っていた人物です。彼には国が難病指定している病にかかったお孫さんがおられ、治療費を作るために会社のお金3千万円を横領しました。
難病指定があるにも関わらず国からは援助が少なかったためにこのような犯罪に至らせてしまった事を深く考慮し候補者としました。
彼が釈放されるか否か関わらず、国はお孫さんの治療費に関する援助金の増額を決定しております。
彼が本当に刑事施設で暮らさなければならない人物なのかをご判断ください。
二人目。
鈴木亮子、53歳。専業主婦です。子供の大学進学にかかるお金を工面するために電話で通販の宣伝をするパートを始めましたが、このパートが詐欺のかけ子と呼ばれるものでした。
彼女も薄々と怪しいとは感じていましたが、商品の実物を見ることもなくカタログと説明文を読み上げる仕事だったために詐欺だとは思っていませんでした。
ですが、彼女から電話を受けた多くの人が詐欺に引っ掛かり被害額は1億円を超えていました。
詐欺の主犯は現在、警視庁が全力で追っていますがまだ逮捕されておらずトカゲの尻尾切りの形で捕まりました。
本当に逮捕されるべき者が逮捕されず子供の将来を考え、必死に働いていた人が刑事施設で過ごさなければいけないのはおかしいと思いませんか?ご判断をお願いします。
三人目です。
笹木昇、28歳。元警察官です。
彼はご記憶にあるかもしれませんが世の中で坊っちゃん狩りと呼ばれる権力者のご子息を狙った襲撃事件において、襲撃時の動画撮影や編集を行っていた人物です。
金や権力にものを言わせて、被害者を量産していた社会の闇の部分を国民に訴えた彼の行いは、表面では正義面しているだけの腐った奴等よりもよっぽど正義の行動であったのではないかと思われます。
四人目。
五條進、32歳。元会社役員。
彼は家族を人質にとり、銀行強盗をさせた人物です。
しかし、警察の捜査が進むなかで銀行強盗の実行役が会社からの不当な扱いを受けていた事、事件後に彼を正当に評価する会社への再就職を用意していた等がわかりましたし、現金の運び役をやらされたタクシー運転手はヤミ金からの借金を五條が知人を通して完済させていた事が判明しており、公判時には被害額も支払っていた事等もあり、裁判員だけでなく世論のほとんどが彼に対する処罰に疑問を抱く結果となりました。
本人は多くの人に迷惑をかける結果となった事を深く反省しております。裁判とは別の場所で彼が本当に裁かれるべきなのかをご判断ください。
最後です。
彼は坂本元警部補。」
姫地が言いかけた所で記者席の一人が立ち上がり
「待ってください。その坂本という人物は内乱罪や外患罪で死刑判決を受けている人じゃないですか?」
姫地は焦る様子もなく
「ご指摘の通りです。
彼は平成攘夷軍と名乗り、自衛隊の船舶の強奪から同盟国の基地に対する攻撃、違法操業を行っていた民間外国人の殺害等を教唆、指揮した疑いが持たれ、本人も認めております。
彼の候補者への追加に関しては我々矯正局の中でも意見が大きく割れた点ではあります。
しかし、実際問題として彼は東京の警視庁ないで職務にあたり、実際の攻撃行為には一切参加しておらず、攻撃に参加した者の全滅が確認されたことから全責任の追求先として彼が逮捕されました。
彼の行為は決して許されるべきではありませんが、同盟のあり方の見直しにより基地問題を抱えていた多くの自治体が問題を解決し、漁獲権を侵害され続けていた日本海側の漁師にとって、何もしてくれない政府より彼らの事を救世主と崇めている人達もいます。
間違った外交政策の上で、その負担を強いられてきた国民を救った部分は多く、現在の政府においても彼の行いは政府をより良くするためのきっかけになったとする意見もあります。
私の私見ではありますが、国家を危険にさらし、外国人の命を奪った責任の追求はしなければいけません。
なので私は釈放には反対の立場です。
しかし、彼の……いや、彼らの行いが完全に間違いであるとは言いきれません。なので、国民の皆様のご判断をお願いします。
彼は死刑宣告を受けていますので、今回の恩赦で釈放にならなければ彼は死刑となります。
彼が生き残るべきなのか、それとも戦死した仲間のもとに逝くべきなのかをご判断ください。
以上で候補者の発表を終わります。
候補者の詳細な情報は北条政務官からもありましたが、法務省のホームページに掲載致します。
恩赦の判断は国民に強制するものではありませんが、投票に参加することによって救われる人がいると言うことも頭の片隅に置いておいて頂きたいと思います。
これで会見を終了致します。」
姫地は一礼して会見場をあとにした。




