36部
『この度、憲法裁判所の設置にともない憲法裁判所長官になりました伊達正則です。
5年ほど最高裁判所の判事をしており、裁判官としての職歴は28年となります。憲法学を専攻して博士号を取得しております。
国民の皆様を国家の恣意的な政策から護り、人が持つ人権を最大限に尊重し保護する役目を誠心誠意勤めさせて頂きます。』
50代後半の男が一斉にフラッシュの光に包まれていく。
そんな映像を見ながら三浦が、
「なんか、正義感の強そうな厳しそうな人だな。」
「見た目だけですよ。
あの人に正義感なんてありはしないし、人の感情を読み取る能力もない。
あの人ができるのは資料に書かれている内容を高速かつ的確に処理する事だけですよ。
検察が作った資料と弁護士の作った資料のどちらが上手く作れているかで判決の変わる前時代的な裁判官です。」
伊達がそう言うと、三浦は困惑しながら
「知ってる人なのか?」
「知ってるだけです。面識はありますが、会ったのも数回程度です。」
「そんな言い方をされたらダメですよ。
親というものは選べませんが、血の繋がりは変えようがありませんからね。」
片倉がニヤニヤしながら言った。伊達はあからさまに嫌そうな顔をして、
「転勤ばかりで一緒に暮らした事もない父親なんていてもいなくても同じでしょう。
母の葬式よりも裁判が大事な奴ですからね。」
「いや、でもさ、そう言う仕事一筋な所が評価されて、今回の人事がされたんじゃないか?
裁判官としては認められてるって事だろ?」
「どうですかね。
憲法裁判所の設置はジジイの研究論文でも度々くりかえされてる内容ですから、そのコネで選ばれたんじゃないですか?」
「ジジイって?」
三浦が聞くと片倉が
「憲法学の権威と呼ばれる学者の一人、足束教授ですよ。」
三浦は驚いて、
「お前の所すごい家だな。
偉い人ばっかじゃないか。」
「地位のある人と偉人は違います。
例えば、ナチスドイツを指導したヒトラーは国の元首という地位についていましたが、彼が今までもこれからも歴史の中で偉人として紹介される日は来ないでしょう。
それは指導者として一流でも人間としては三流以下の事をしたからです。大量の虐殺、戦争を起こした事、独裁政治など彼は永久に犯罪者として語られます。
つまり、いくら業績を積み上げていても人としてダメな人間は、積み上げた業績が偉業とはならずに悪業になるということです。
今の政治家の何人が未来の世界で偉人になれるのか、きっと誰もいないでしょうね。
まぁ、ヒトラーのように悪いところだけ取り上げられるような人は何人もいますけどね。」
「おいおい………………」
三浦が何とも言えずにいると、片倉が
「でも、憲法学会と政務官が考えた法律に明らかな瑕疵、つまりミスがあるとは思えませんね。
そうなると、政府の作る法律はほとんどトンネルを抜けるように成立してしまいます。
それでは憲法裁判所の役目が半減すると言っても過言では無さそうですね。」
「長官が法律に納得すれば、それで成立って事になれば違憲立法審査どころの話ではないですよ。まぁ、どうせお飾りの長官でしょう。」
伊達が呆れたように言うと三浦が
「野党っていう概念がなくなったから、政策に反対できる人もいないし、法律の審査機関も役に立たないなら政権の暴走だよな。
選挙もやらないなら、リコール請求するしか国民には反抗の手段もない。独裁政治になってる気がするな。」
「まぁ、今までも野党のいる意味なんてほとんどなかったんだから、総理の独裁と言えなくもないですけどね。」
皮肉を言ってみたものの三浦が言った『政権の暴走』については注意が必要だと伊達は思った。




