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33部

「子育て支援に年金制度改革。

新しい日本は次々に過去を否定し、独自基準に基づいた政策を展開してますね。間髪入れずに新しい事を発表すれば精査の余地がなくなり、反発する理由も分散化されてしまう。

旧制度のすべてが悪かったわけではないが抜け落ちていた部分や政治家が統制しやすいように意図的に逃げ道が作られていた部分もあったでしょう。

厳しく取り締まり、国民に詳細を伝える事で逃げ道は塞がっていく。

悪い事ばかりではないですが、どうも私には意図的に政治家の自由を狭くしてるように感じます。」

銀行員である長田はテレビのニュースを見ながら言った。

 上田と山本は黒木雄二の事件について調べるなかで、黒田が言っていた黒木・長田・北条が幼なじみであるという話を思い出して会いに来ていた。長田の部屋に入ると、長田は軽く挨拶をしてからニュースの内容について自分の意見を言った形となっている。山本が

「変化と進化は違うものです。

これまでの政策がただの変化なのかそれとも人類としての進化なのかはわかりませんよ。

嬉しい政策だと歓迎する人も反発する人も出てくるでしょうね。」

「それが人間であるなら、人はどこかのタイミングで諦める事を意識しなければいけない。

完璧な存在になることはできず、一部の優秀な人材が現れても30年もすれば、優秀さは陰り、新たな歪みを生む存在になる。

政治を行う人間はどうしても高齢者が多くなってしまう。

高齢者になれば老練という言葉は当てはまっても新しきモノを受け入れる許容量はなくなり保守にはしる。

『通例』や『前例』でしか物事を図れなくなり、人の意見が聞けなくなる。全ての政治家がそうだとは言わないが固執する者の方が多いでしょう。

諦めるタイミングはきっと『人の声』が聞こえなくなった時なのではないかと思います。

物理的に聞こえなくなるのは問題外ですが、アドバイスや世論にすら耳をかせなくなってしまったら、もう諦めるべきです。」

「長田さんは諦めたんですか?」

上田が聞いた。様々な事情を既に知っている上田が何について諦めたかを聞いたか山本にはわからなかったが、長田は困ったように笑い

「諦めた事が多すぎてお答えしづらいですね。

息子の事も今ある役職の事も趣味の事も。

私には無理だと決めつけて挑戦しなかった事も数えきれない程ありますから。」

「やり直せるならいつからやり直しますか?」

 山本が突拍子もなく聞かれた長田は顎に手を当てて、

「そ……そうでね~、高校生、いや、小学生…いや、もっと前ですかね。生まれた所からやり直せれば私はもっと違う人生を歩めたのかもしれない。」

「黒木雄二さんはご存知ですよね?」

山本が聞くと長田はにこりと笑い

「ああ………そういうことですか。

知ってますよ、友達でしたから。」

「私が何を聞きたいのかもおわかりですか?」

「山本警部、私はタイミングというのはとても大事だと思っています。(ゆう)ちゃんが官僚になり、北条が総理大臣になったこのタイミングはおそらく何年待とうが訪れないでしょう。

光輝のような強力なエンジンが現れる事ももうないでしょう。

でも、あなたがすべてを知るタイミングも今ではないと思います。

雄ちゃんが死んだ原因に心当たりがあるなら、私はきっと誰にも会いたくはないと思います。

次は私なのかも知れないし、誰が味方で敵なのかも私にはわかりません。あなたが知る事実が真実かもわかりません。

幼なじみが死ぬという事は怖い事ですね。次は自分の番だと教えられているようなそんな気持ちになります。

別に誰かに命を狙われている訳ではありませんが、近しい者の死は漠然としたイメージをより具体的にします。

不思議な話ですが、光輝が死んだ時はそこまで死を実感しませんでしたが、黒木雄二という幼なじみが死んだ事にはとても実感がわくのです。

年齢が近いからなのか、ともに過ごした時間の長さなのかはわかりませんが、私に死が近づいている事を知らせてきたのは黒木雄二です。

あなたのタイミングは、きっとあなたにとって最善の時に訪れる。」

「私が知ることが前提のような発言ですね。

その確信の理由はなんですか?」

「山本警部、世の中にはあなたが知っている事も知らない事もある。

わかっていたつもりがわかっていない事だってある。

私はあなたの倍近く生きているのだから、あなたよりも知っている事がある。

武田総監や上杉刑事部長にも知らない事があり、私や雄ちゃんだけが知っている事もあるかもしれない。

だけど、人は自分の知っている事を当然だと思い、知っている事が当たり前であるかのように他の人にも知っている事を強要してしまう。

教育者が子供に勉強を教えるなら、前提にすべきは子供は知らないのだから最初から噛み砕いて詳しく教えなければいけないという事です。残念ながら私はあなたに対して教育者になる立場にはない。

もちろん教える事はできるかもしれないが、私の教えた情報が正しい道筋にあなたを導けるとは限らない。」

「学んだことをどの様に活かすかは、学んだ子供が考えることです。

社会や理科の授業で習うことを自分の仕事に繋げる子も繋げない子もいます。でも、学んでいたからこそ役立つ時を見つけることができるんじゃないですか?」

「そうですね。

でも、教えられない。

私は重荷から逃げてしまいました。

きっと辛く、苦しい日々を強いられていた人がいる。

悩み、考え、最善が何かを模索し足掻いた人がいる。

私のように真剣に向き合いもせずに端から見ていただけの薄っぺらい意見で語れるような話ではありません。

もし、あなたがすべてを知りたいなら自分を見つめ直し、感じた違和感を深く掘り下げるべきです。

あなたの答えはあなたの中にある。

私が言えるのはそれだけですよ。」

「…………そうですか。

これ以上お聞きしても無駄そうですね。

わかりました、答えは自分で見つけますよ。

お時間をお取りしてしまってすみませんでした。」

山本がそう言って部屋を出ていき、上田も一礼して山本のあとを追いかけた。長田は短く息を吐き、

「慶喜の顔を見る事になりそうだな。

遺書の準備もしておこう。

後悔はないか、自分は正しいか、いつか心から笑える日は来るのか?

なぁ、慶喜?

お前に聞いたら答えてくれるのか?」

長田は一人で答えが返ってこない質問を口にした。

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