29部
「こんな時でも仕事をされてるんですね。
お疲れじゃないですか?」
山本が連絡を取ると黒木は「いつでも大丈夫だから」と答えたので、山本と上田は警視庁に戻らずにそのまま黒木のいる事務所に向かった。笑顔で迎えた黒木に対して心配そうに上田が言った。
黒木は笑顔で
「仕事をしていれば少しは気がまぎれるからね。
それに、叔父さんが持病を抱えてるのは知ってたし、自分の健康より色んな活動を優先する人だったから、こうなるかも知れないと思ってたしね………………。
思っていたよりは、かなり…………………早かったけどね。」
黒木は悔しさをかみ殺す様に言った。
「かける言葉も見つからないが、まぁ…………頑張れよ。」
山本は本当にどう言葉をかけるべきかわからなかった。自分の両親が殺された事件の後もたくさんの人が声をかけてくれたが、何もかもが無意味で空虚な言葉に聞こえた。
大切な人がいなくなったのに『お悔やみ』を言われても受け止め切れないし、『励まし』の言葉を貰っても『お前に何がわかる』と怒りたくなった。
助けて欲しい気持ちはあっても、何が『助け』なのかわからないし、とにかく落ち着くまではそっとしておいて欲しい。
そんな風に考えると本当になんと言えば良いのかわからなかった。
黒木はそんな山本の気持ちを察したのか
「こういう風に普段まったく会いに来てくれない友達が自分から会いに来てくれただけで十分だよ。
それで?」
「それでって何だよ。」
山本が聞くと黒木は笑いながら
「ハハハ、お前が勤務中にわざわざ来るなんて他に聞きたい事でもあったのかと思ってな。」
「…………正直に言うと、黒木雄二氏の死亡には不可解な点が報告されている。
彼の治療歴を見る限り、注射をするような治療は受けていないのに、彼の体には注射痕があった。
医師の話では持病やその他の疾病でも急激な悪化は考えられないと言っていたし、彼が亡くなった事自体に不審な点が多い。
これは病死ではなく、殺人なのではないかと俺は思ってる。」
「山本が思ってるだけなのか?
それとも警察として?」
黒木は少し驚いたように聞いた。何について驚いたのかまではわからない。山本は
「あくまで俺が個人的におかしいと思って調べてる。
幸いな事に俺が何をやってようが文句を言われる事はあまりないからな。」
「なるほどな。
叔父は官僚だった。
もちろん出世争いで誰かに恨みを買うこともあったとは思うが、今さら殺されるほど恨まれてはいなかったと思う。
山本達も知ってると思うけど保護司の活動も逆恨みがあったかもしれないけど、概ね良好な関係を結べていたと聞いてるよ。
殺されたのだとして、俺にはまったくその理由がわからないよ。」
「じゃあ例えば、国家機密で知られてはいけない事を職務上知っていて、それが原因で殺されたとかはあるか?」
「さぁな。国家機密なら甥の俺には教えないだろうし、知ってたから殺されたのだとすると、日本中で元官僚が死ぬことになるんじゃないか?」
「確かにそうだな。
悪かったな、傷心の所に変な話ばかりして。。」
山本が言うと、黒木は笑って
「まぁ、気晴らしにはなったよ。
悪いけどそろそろ仕事に戻らないといけないんだ。
またゆっくりと飲みながら話せたらいいな。」
「そうだな。
あっ、後もう一つだけ。
北条総理に会いたいんだが、そういう場合は誰にどう話を通せばいいんだ?」
「総理の事務所に連絡してアポをとるのが一般的だろうな。
ただ、あの人も忙しいから会ってもらえるのがいつになるかはわからないぞ。」
「まぁ、一回やってみるよ。
時間とってすまなかったな。」
「まぁ、気にするなよ。」
黒木はそう言うと自分の部屋へと戻っていった。




