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27部

「珍しい所で会うんだな。」

 刑務所内の面会室に向かう途中で、友人である五條(ごじょう)の背中を見つけて話しかけた。

 刑務官に怒られるかと思ったが、お互いの刑務官は何も言わなかった。その様子を見て、五條も

「面会室に向かう途中で人と会ったのは初めてだよ。  

 そっちも面会か?」

「二人とも止まれ。」

 刑務官の一人が言い、ドアを開けて

「入れ。」

「いや、どっちに言ってるんですか?」

 五條が聞くと刑務官は表情ひとつ変えずに

「二人ともだ。

 早くしろ。」

おそらく刑務官としても異例の対応を求められたのだろう。誰かに見られる前にさっさと処理したいとでも思っているのだろう。

 部屋に入り、受刑者と面会者を仕切る透明な板の向こう側を見ると、白く長い髪を後ろで一つにまとめて口髭を蓄えた老人が座っていた。坂本にとっては初対面の相手だが、五條には見覚えのある顔だった。

「たしか………成ノ宮さんでしたね。

 この刑務所はあなたのいう事なら何でも実現してしまうようだ。」

皮肉を込めて言ったつもりだったが、相手は気づいているのかそうでないのかわからない微笑みを浮かべて、

「私は国を動かす人間ですからね。

 国の出先機関の刑務所くらい自由に動かせますよ。」

「つまり、あなたが政務天皇であるという事ですか?」

 五條が聞くと、老人は微笑みを崩さずに肯定とも否定とも取れる笑みを浮かべた。

「あなたが成ノ宮?

 なんの冗談なんですか?」

 坂本が言うと、老人は少し驚いた顔をしてすぐに微笑みを浮かべて

「それはどういう意味ですか?」

「特定こそできてはいなかったが、俺の知ってる情報ではあなたは『成ノ宮』ではない。

 せいぜい、影武者ってところですか?」

老人は微笑むのをやめて、

「さすがは坂本さんですね。

 まさか、そこまで調査していたとは驚きです。

ですが、真相を知っているのはごくわずかな人間だけ。

 そのうち私の死体もどこかの海か川に浮かんでいるでしょう。

 私の命には価値がない。

 この国を真に救う救世主は既に100年先の未来を描いている。

私のような道端の石は今後も注目を集める事はありませんが、私という布石があったからこそ、日本が、世界が変わったと言って貰えるように頑張るだけですよ。」

成ノ宮と名乗っていた男は笑顔でそう言った。未練や後悔があるようではなく、本気で言っているのが伝わってくる。

「表に出るのがあなたの仕事ですか?」

 五條が聞くと、微笑みを浮かべて

「正確には重要人物との連絡役ですね。」

「僕らの何が重要なんですか?」

五條が聞くと、成ノ宮は笑顔で

「試金石ですかね。

 あなた方の存在があの方達の計画が正しいのかを証明する。

あなた方が世間から罵声を浴び、反国者と呼ばれるなら失敗。

逆に英雄の様に語られるなら成功となります。

次代を担う救世主の誕生を待ちわびているあの方達にとって、あなた方ほどわかりやすい判断材料はないんですよ。」

「言われている意味がわかりませんね。

 僕の刑は確定していますし、坂本も控訴はしていない。

 刑務所にいる僕らが世間の人から注目を集める事なんてないんじゃないですか?」

 五條は真剣な顔で話している。老人はにこやかに

「あなた方が注目される日が必ず来る。

それだけはお伝えできます。

 優秀な頭脳がある御二人なら、いくつか候補が出るはずです。

さて、長話になりましたね。刑務官がヒヤヒヤしているでしょうから、このあたりで失礼しますよ。」

「何をしに来たんですか?」

 坂本は直球で聞いた。老人は曖昧な微笑みを浮かべて

「道端の石とダイヤの原石の違いがわからない人に両方を渡すとしましょう。一つはどれだけ磨いてもただの石。

もう一方は磨けば多額の金を手にすることができる宝物。

 ダイヤの原石を捨てて、ただの石を大事にされては渡した意味がない。

 石とダイヤ、あなた方自身がどっちであるかを知っといて貰わないと意味がない。」

「俺達はダイヤだというのか?」

「金を見つけるための道具でしかありませんが、役割は重要ですよ。」

老人は立ち上がり、面会室から出ていこうとした。五條が

「最後に一ついいですか?」

老人は振り返り笑顔で

「なんでしょうか?」

「あなたの本当の名前は何だったんですか?」

老人は目を見開き、五條の事をじっと見つめてから、何かを悟ったかのように「フッ」と小さく笑い、

「私は土屋です。

 不動産業をしていましたが、詐欺師に騙されましてね。

多額の借金をして死のうとした所をあの人に助けられました。」

「つまり、本物の成ノ宮は今は土屋を名乗っているのか?」

坂本が聞くと、老人は微笑み、

「あの方の悲願を成すための一助(いちじょ)になれた。

私にはそれしか残っていないが、それだけで生きた意味を感じてますよ。さようなら、五條さん。

あなたはとても勘がいい人だ。」

 老人はそう言って、面会室から出ていった。五條が

「あの人の役割は終わったんだろうな。

だから、本当の名前も言えた。あの人はこれから死にに行く。」

「それぐらいの覚悟とやり通すべき使命があるって事か…………」

 坂本が言うと、刑務所側の面会室のドアが開き、

「五條、あなたが先に出てください。

 その十分後に坂本が退室するように。」

 刑務官は短くそう言うと五條に腰ひもを結び、部屋の外に出るように促した。

 二人同時の面会などありえない。だからこそ、退室時間をずらす事で帳尻を合わせようと考えたのだろう。

坂本は一人残った面会室で老人の消えたドアをしばらく見つめていた。


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