23部
『高齢化社会の現在の日本において、介護職従事者不足は深刻な状況にあり、未婚の人も増えている現状では将来的に介護を担う家族のいない高齢者の増加が懸念されます。
そこで今回は、国立高齢者集合住宅を設置していく事を決定いたしました。
現存する使われていないビルやマンション、アパート等の建物を改修して要地を確保すると共に、高齢者の所有する住居等の不動産を活用します。
集合住宅を導入するに至った経緯は、一つに孤独死のリスクが高まっている事があげられます。
未婚率の上昇や熟年離婚の増加、核家族化の進行による高齢者の単独居住者の増加により、元気な高齢者ばかりではなく、持病の悪化等も懸念される方が増えています。
また、孤独死が出た不動産の価値の下落等があり、不動産所有者の財産価値を低下させてしまう等の問題もあります。
次に、膨らむ医療・介護費用の問題があります。
派遣型の介護も行われていますが、常に常駐できるほどの人材数の確保ができておらず、週の半分ほどしか訪問できない事もあります。個別に訪問する事にも限界があります。
また、高齢者の自動車等の運転による事故も増加しており、免許の返納を求めていますが、市バスやタクシーを利用できない方も多いため免許返納ができない方もおられます。
老人ホーム等も10年前に比べれば増えてはいますが、将来的な高齢者の増加に対応するためには数が足りてません。
民間の介護老人施設への助成等も考慮いたしましたが、抜本的な改善が見込めないため国家主導で取り組む事になりました。
まだまだ実施を決定するに至った要因はありますが、これらの要因を将来的な問題として先送りしないために政策として実現する事にしました。
高齢者の入居に関する条件の説明に入ります。
まず、優先順位としては身寄りのない方、お子様がおられるが遠方におられるため同居されていない方、お子様がおられ近くに住んでいるが単独居住の方、そして家族と同居しているが将来的に介護等で迷惑をかけたくないとお考えの方となります。
あくまで個人の意思を尊重し、申請を行って頂く事で入居ができるというものであり、強制は致しません。
入居費用は月々5万円で、内訳は部屋代が光熱費込みで1万8千円、介護・医療費2万5千円、外出時の送迎費用7千円となります。
元気に一人で動き回れる方には施設の運営のお手伝いをお願いし給料の支払いも考えております。
介護・医療費に関しては積み立てになり、医師の診察が必要な時、介護が必要となった時に使わせて頂きます。
施設内に飲食店を併設しますので、食事はそちらで別途お支払をしてもらいます。高齢者の方が自ら作りたい場合には送迎費を頂きますので、お買い物に施設職員が同伴し荷物の持ち帰りの補助をさせて頂きます。その際に領収書を一度お預かりし重複購入がないか、健康に著しく悪影響を及ぼす物を買っていないか等は念のためチェックさせて頂きますが、自由に食べたい物を食べていただけます。
こちらも元料理人であった方たちに飲食店でのお仕事を用意させていただきます。
施設内で自分のお店をやりたいと申し出て頂く事も可能です。
外部からのお客様が飲食店を利用できるように致しますので、年齢を理由に自分の店を閉めてしまった方がもう一度再開する事もできます。
健康管理や快適な生活を維持する事を前提とし、自らの楽しみのために生きてもらえる環境作りを行っていきます。
施設内には場所により違いは出ると思いますが、運動する場所やジム、カラオケルーム等も導入予定です。
地域の歯科医や美容院・理髪店と提携しますので、身だしなみを整える事にも対応しております。
現在、一部地域を除いて建物の改修はほぼ終了しておりますので、本日より各自治体の役所窓口で申し込みをしていただけます。
入居に関する年齢は55歳以上となり、お仕事をされている方は施設からの通勤もして頂けます。ただ、通勤に関しては送迎が一部できない事がありますので公共交通機関での通勤をお願いします。
また、単独居住の65歳以上の方のお宅には国の職員が訪問させて頂き、地域内の施設の説明やご不明点の説明をさせて頂きます。
日本から孤独死をなくし、高齢者が生きていやすい環境作りをしていきたいと考えております。
また、詳しくは厚生労働省のホームページにも掲載を開始しましたので、ご興味をお持ちいただけたらご確認をお願いします。』
建設中の大きな建物が一望できる部屋でテレビを見ながら大久保は、虚しさを感じていた。北条総理の会見で発表された内容は民間でも行っているような施設をわざわざ国がやりますと言っただけの物だ。不動産業界における孤独死は大きな問題であり、それを解決するために『高齢者のため』を強調しているに過ぎない。
また、身寄りのない人の遺産は国庫に帰属するため、財産状況の把握もしやすい。
更に生活保護を申請する高齢者が増えている事で、この施設に入居させてしまえば最低限の生活は保護され贅沢費の支出をしなければ、適切な生活保護費の運用が可能になる。
不正受給が問題となりやすいため生活を管理する事でこの問題に対処する意図がある。
また、破綻寸前の年金制度に関しても、制度の見直しが進んでいる。既に多額を納めている人達に個別に返金する事は難しいが、施設の利用費として年金で預けた分から天引きする仕組みが整っている。
つまり、年金を納めている人は実質無料で施設の利用が可能であるという事だ。現金を返すよりも施設の利用費として天引きした方が支出が少なくて済む。
元気な人が施設の運営を補助すれば、人件費も抑える事ができる。
更に、国家公務員として介護師を採用し施設で働いてもらう。
一般の介護師よりも技術・知識、そして人格が問われるため、介護師としての職歴年数や周囲の人達への聞き取り、実技試験等を行って認定をする。国家公務員となれば一般の介護師よりも給料が出せるので介護師を続けるためのモチベーションとなり得るだろう。
この改革はあくまで『高齢者のため』を装ってるが、実質は『国が高齢者を管理するため』に他ならない。
自分が見ている建設中の建物は高齢者を管理するための監獄のように大久保には見えた。




