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ロマンオンザターフ  作者: 間形 昌史
6/15

第6話 決戦、天皇賞秋

 GⅠに向けての秋戦線も進んでいき、天皇賞・秋を前にして戦力図が明らかになった。

 まず前哨戦の1つ目、中山競馬場のオールカマーを勝ったのは、昨年の皐月賞馬ザワイルドウインド。スローペースの決め手勝負になる中、2番手から2着を突き放し快勝した。切れも有る先行馬で、本番でも注目される。

 2つ目東京の毎日王冠を勝ったのは、4歳牝馬のミリオンスマイル。しかしこの馬はエリザベス女王杯へと向かう。「牝馬限定戦より1週多く開くから使っただけ」と調教師もこの勝利は意外だったようだ。

 翌日に京都競馬場で行われた京都大賞典は、これまでGⅡを3勝しているランアンドガンが勝利。しかし、この馬も距離適性を理由に天皇賞を回避、ジャパンカップへ直行すると発表された。とは言えこの馬はGⅡまでと思っていたファンも多く、あまり期待もされていなかった。

 こうして、前哨戦の勝ち馬から回避する馬も出た今回、まず有力なのはオールカマーを勝ったザワイルドウインド。そして牝馬の有力株スムースクリミナルだった。その次にそのスムースクリミナルをGⅡで破ったロマンオンザターフが挙げられていた。

 しかし、ロマンオンザターフはこの中では不利だと皆が考えていた。と言うのも、ロマンオンザターフは中団に付ける差し馬である。前には先行するザワイルドウインド、後ろにはスムースクリミナル。前と後ろ両方の動向を窺わなければいけない、これは難しい競馬になるだろう。

 ましてや鞍上はデビューしたての優一である。ベテランの騎手でも難しい競馬なのに、新人のアンちゃんが上手くこなせるはずもない。ファン達からはそう思われていた。

 少なくともこれまでのデビュー最短GⅠ勝利は2年目の10月末、今回の天皇賞で勝てばそれを1年更新してしまう。それはさすがに無理だろうというのが下馬評である。

 だが、優一は策が有った。前にも後ろにも気を配らなければいけないのは確か、しかしそれは他の騎手も同じである。ならばやりようは有る。優一は自信に満ちていた。


 レース当日がやってきた。天候は晴れ、全頭が実力を出し切れる競馬日和だった。

 直前のオッズは1番人気がザワイルドウインドで2.7倍。2番人気はスムースクリミナルで3.6倍。ロマンオンザターフはその次だが、8.9倍と少し離れた人気になった。ファンの目はシビアである。

 ファンファーレが鳴り、レースが始まる。順調にゲートに入っていき、スタートが切られる。各馬まずまずのスタートから、1頭飛ばしていき先手を奪う馬が有り、その後ろにザワイルドウインドが付けた。ロマンオンザターフは落ち着いて中団外目を取りに行く。スムースクリミナルはいつも通りしんがりを回っていく。

 先団はザワイルドウインドを中心に、マークするように4頭ほど固まっている。中団から後方は、ロマンオンザターフが中心になっていた。多くの馬は斜め後ろに陣取り、優一の出方を窺っている。やや前方にいる馬も、確実に優一の出方を窺っていた。

 優一のすぐ内側には、蛇田鞍上の毎日王冠で僅差の2着だったアイアンゼットがいた。ベテランの彼も、ロマンオンザターフのマークに専念していた。ここまで意識されるところまで来たとは嬉しいねえ、優一はむしろ思惑通りの展開に心の奥で笑っていた。

 このような強豪馬をマークするやり方は少なくない。飛び抜けた馬がいるならそれを何とか上回ればいい。それならば、徹底的にマークしてその馬よりは前に行く。それを狙うのは良く有るやり方だった。

 先行集団ではザワイルドウインドがその対象である。が、その鞍上、関東の雄横原は確実に後ろを探っていた。彼も優一の出方を気にしている。そして、後方のスムースクリミナルも、前走で負けたロマンオンザターフを気にしている様子だった。

 そうだ、注目しろ。前門の虎、後門の狼。だからこそ、その中心にいる俺らを、しっかり刮目して見ろ。

 果たして、勝負どころの第4コーナーに差しかかった。ザワイルドウインド鞍上横原は仕掛けどころを図るため後方のロマンオンザターフとスムースクリミナルの動きに注視していた。一方、後方のスムースクリミナル鞍上祝田も前方のザワイルドウインド、そしてロマンオンザターフの動向を探っている。

 そんな中、優一は、不動。全く動かなかった。仕掛けない。手綱を絞ったまま、ただただ不動。

 それゆえ、ザワイルドウインドの横原も、スムースクリミナルの祝田も動けなかった。ロマンオンザターフをマークしている各馬も動けない。

 まだなのか? いつ仕掛けるんだ? 各馬の鞍上が戸惑いを見せる中、馬群は全く動かず、誰もが仕掛けどころを失ったまま直線を迎えた。

 これこそ優一の作である。前門の虎、後門の狼とは言うが、レースならば虎は狼の存在を知り、狼も虎の存在を知っている。彼らが注視するのは門の中の人間だけではない。

 ならば、中の人間に当たる優一達こそがレースを支配しているに等しい。前の馬が後ろを窺い、後ろの馬が前を窺うならば、中の優一が動かなければ、他の馬は動きづらい。

 このまま各馬の仕掛けを遅らせて、上手くザワイルドウインドが伸びきらない、スムースクリミナルが届かないギリギリのタイミングで仕掛けはじめる。それが理想だった。

 まあ、完全にその通りにはいかないだろうな、とは優一は考えているが。

 だが、優一の策はまだ効いている。直線に入っても、まだどの馬も動かなかった。

 その策に最初に気付いたのはザワイルドウインド鞍上の横原だった。上手く仕掛けどころを殺された、それは理解したが、この馬は先行馬だが切れる脚を使う。だからあえて乗ってギリギリまで仕掛けを遅らせよう。彼はそう考えたのだ。

 それからわずか後、祝田と蛇田が策に気付く。彼らは慌てて追い出し始めた。このままでは手遅れになってしまう。差しが届くうちに仕掛けるんだ。

 それに反応して他の馬も追い出しを始める。そうしてレースが動き始めるのを確かめてから、優一は更にワンテンポ遅らせて仕掛けはじめた。仕掛けは遅らせた方がキレが増す。優一はスムースクリミナルやアイアンゼットに対して有利になる形で追い出しを仕掛けたのだ。

 すぐにアイアンゼットに追い付き、追い越していく。やはり力が違うか、蛇田は追いながらも、諦めを悟った。

 ロマンオンザターフはグングンと先行集団に迫っていく。そんな中、ザワイルドウインド鞍上の横原はとうとう追い出しを始めた。すぐさま先頭を追い抜き、1頭抜けていく。それにロマンオンザターフも迫っていく。

 差が、ゆっくりしか縮まらなかった。その差はもうわずか2馬身、ロマンオンザターフの勢いなら差しきれそうな距離である。

 しかしザワイルドウインドも強い。最後まで溜めた分も有り、先行馬らしからぬ切れ味を見せ、鋭く伸びていく。

 優一は必至で追う。ちょっとずつ、差が縮まっていく。残り200mで1馬身、のこり100mほどでとうとう並んだ。

 ところがザワイルドウインドはここからがしぶとかった。ロマンオンザターフには簡単には抜かせない。馬体を合わせたままレースは進んでいく。何たる勝負根性だろう。

 しかし、負けん気ならばロマンオンザターフも負けていない。さらに伸びていく。だがやはり、それに合わせてザワイルドウインドも伸びていく。激しいデットヒートが続いた。

 そんな中、優一はタイミングを計っていた。こうなったら、一か八かの賭けに出るしかない。やったことの無い奥の手を使ってやる。優一は決心していた。

 追いながら、タイミングを計る。ゴールに差し掛かる一歩手前で、優一は手綱を滑らせて、ギリギリまで短く持った。そして、ロマンオンザターフの首を、極限まで手元に引き付ける。

 そして再び伸びきったところがゴールだった。優一はかつて祝田にやられたあの奥の手を、この大舞台で再現してみせたのだ。

 ロマンオンザターフとザワイルドウインドは、馬面を並べてちょうど伸びきったところでゴールした。横原はそのあまりの激しさに優一の方を見ていた。

 手ごたえあり。騎手はゴールした瞬間、大抵の場合は着順がわかるという。優一は、わずかにだが確かに差しきった手応えが有った。

「おめでとう、優一」

 隣で横原が祝福の言葉を述べていた。優一はそれで、完全に勝ったと確信した。

「ありがとうございます。最後はどうなるかと思いましたよ」

 優一はそう言って笑う。それに横原が笑い返す。

「いやいや、お前の馬は強い。こちらも、俺は仕掛けどころを間違ったわけじゃない。馬の力で勝った、お前に全力を出しきられたんだ。こりゃ参ったよ」

 横原はそう笑って言う。

 そこに、最後猛烈な脚で追い込んだものの届かなかったスムースクリミナルの祝田が、ようやく追いついて並んだ。

「まったく、やられたね。あそこまで仕掛けを狂わされたら、敵わないよ。前を意識しすぎた。この馬の競馬をしていれば、結果はまた違っただろうにね」

 祝田はそう言って泣き言をいう。

「まあ、今日は今日。俺らは次やり返そうぜ」

「そうだね、またリベンジだ」

 横原と祝田はそう挑むように言った。優一は受けて立つと胸を軽く叩いた。


 果たして、優一とロマンオンザターフはとうとうGⅠに勝った。口取り式で相原は嬉し泣きし、多賀子はいつも以上にニコニコと笑うのだった。

「なあ、ロマンオンザターフ、俺の夢、叶っちまったよ」

 鞍上にまたがりながら、優一はそう笑う。ロマンオンザターフは静かに聞いていた。

「だけど、次の夢ができた。これからはディフェンディングチャンプになるんだ。圧倒的な王者として、君臨する。これが次の夢だ。一緒に、また歩いてくれ」

 優一はそう続ける。ロマンオンザターフはちょっと不機嫌そうだった。どうやら、当たり前のことを言うな、と怒っているらしい。

 ああ、そうだよな、そうじゃなきゃ。優一は笑い、これからの決意を新たにしたのだった。

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