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ロマンオンザターフ  作者: 間形 昌史
4/15

第4話 31勝目

7月2日追記

本話中の戦績について現実の競馬ルールと齟齬が有ったため、オープン特別勝利を格上挑戦での物に訂正しました。

また、現行のルールでは降級が無くなったにもかかわらず、本文中にその表現が残っていたためその前後の表現を訂正しました。

確認不足が多くすみませんでした。

 優一のデビューから3カ月が経った。この間ロマンオンザターフは連勝を続けていた。条件戦を勝ち進み、5月には条件馬の身ながら、登録頭数が少なく格上挑戦で挑めたオープンの都大路ステークスを勝利した。これで条件戦のみを勝ち上がった馬よりは賞金順では有利であり、レース選びが楽になった。

 そして、6月にはとうとう重賞に挑戦する。東京で行われたエプソムカップ、ロマンオンザターフはあっさりと中団から抜け出し勝利、強さを見せつけた。これで優一も重賞初勝利となった。

 ロマンオンザターフは勇躍春開催の終わりに有るGⅠ、宝塚記念の注目馬へとのし上がった。このレースは人気投票上位馬10頭に優先出走権が与えられるレースだが、今年は登録馬が少なく、残りの賞金順で出走可能な位置にいたのだった。

 優一の方は、ここまで30勝をあげ、新人の中ではホープと見受けられる位置になっていた。この勝利数は新人としてはかなりのハイペースである。今年こそ関東に山風三太郎という有望株がおり、新人の中では2番手の位置だが、平年ならトップを走っているはずの勝ち鞍である。

 であるが、1つ問題が有った。規定では、勝利数が31勝に満たない騎手はGⅠに騎乗できないのである。宝塚記念は来週に迫っている。つまり、優一は今週中にもう1勝しないと、ロマンオンザターフに乗ることはできない。今週が大きな山場なのだった。

 それでも、今はいい馬に乗せてもらえている。優一は充分な自信が有った。彼は鼻息も荒く週末の競馬へと向かうのであった。


   *


 土曜日、この日の3レース目を迎えた。このレースは優一が今日最も自信を持っているレースであった。馬の方も2番人気になっている有力馬だ。

 ただ1つ、問題が有った。

「いいか、このレースは俺が行くぞ。わかっとるやろうな」

 富士島騎手が、そう他の騎手に威嚇しにいっていた。逃げ馬に乗る時のいつもの彼のやり方である。

 それの何が問題かというと、優一の馬も逃げ馬なのである。神経質なところが有る馬なので、逃げ以外の手で勝てる自信は無い。

「すみません富士島さん。俺が逃げさせてもらいます」

 だから、念を押しに来た富士島に、優一は先手を取ってそう言った。待合室に緊張が走った。

「ほう、お前、俺が逃げるのに、ハナを主張するつもりなんか?」

「ええ、競り潰れる覚悟で行かせてもらいます。俺も勝負所なんです」

 凄む富士島に、優一も負けない覇気をみなぎらせてそう返した。フーンと富士島は優一の様子を見定めてくる。

「まあ、そうか。それならそうするとええわ」

 富士島はそう言って、あっさり振り向き背中を見せてきた。

「ええけど、どうなっても知らんからな」

 そう言う富士島の背中には、闘気がみなぎっていた。それしかないとは言え、かなり難しい勝負になりそうだった。


 レースが始まる。ゲート入りは順調。ゲートが開いた瞬間、優一は馬を押していく。スタートはバッチリ、上手くハナを奪うことができた。

 だが、それで終わるはずもない。何せ相手はベテランの富士島だ。どう出てくる? 競りかけてくるか? 優一は後ろに意識を集中させる。

 富士島の馬は、優一の馬から半馬身離れたところにいた。どうやら、わざと控えたらしい。馬はわずかに行きたがっていたが、富士島は上手くなだめていた。競り合いになると思っていた優一は、逆に嫌な物を感じていた。

 いや、ちゃんと先手は取ったんだ、得意の形に持ち込んだ、そう良い方に考えねば。優一は予感を振りきってレースに集中する。

 レースは淡々と進み、第3コーナーに入る。できれば、ここら辺で息を入れたい。優一は、ペースを落とそうかと、手綱を引こうとした。

 その瞬間、富士島が馬を進め、優一の馬の真後ろに付けてきた。優一の馬は緊張する。それをほぐすため、優一は手綱を緩め、馬を行かせることにした。緩ませようとするとつつかれる、これは苦しい形だ。

 結局優一の馬は休むところが無いまま、直線に入る。力ではこちらが上位なのだ、優一はそう思い全力で追い出す。

 そこに、富士島が競りかけてきた。彼は不敵に笑う。

「おい、優一。この馬が何で逃げ馬なのか教えてやろうか!」

 馬上で富士島が言い出す。相手の勢いは強い。あっさりと優一の馬に並ぶと、すぐにわずかだが富士島の方が前に出ていく。

「この馬は、他の馬に前を行かせたくないんや。だから、ゴール前でその気性が出ると、どうなると思う?」

 富士島はそう言って笑う。優一の背中に悪寒が走る。嫌な予感は当たる。優一の馬も差し返さんと伸びるが、富士島の馬はさらに前に行くのだ。それは富士島の馬が、負けず嫌いな気性だからだ。

 果たして、体勢は返らず、富士島の馬が先頭でゴールした。優一はわずかに及ばなかった。

「参りましたよ。あんな乗り方されたら、勝てませんよ」

 地下馬道に向かいながら、優一は並ぶ富士島にそう言った。富士島は笑う。

「いや、意外とそうやないで。力はそっちの方が上や。全力を出しきれたら、負けてたかもしれへん」

 富士島はそう言う。

「俺に後ろを行かれて、お前緊張しっぱなしやったで。スムーズに乗れなきゃ騎手は重り、邪魔にしかならん。お前の硬さのせいで、お前の馬はかなり消耗しとるで」

 富士島はそう言って、優一の肩を軽く叩いた。優一はレースを思い返す。確かに、優一の体は硬かった。富士島を意識しっぱなしで、上手く体を運べたとは言えない。

 富士島に、手痛い教訓を貰った。

 結局この日は未勝利に終わった。


   *


 翌日、阪神競馬場でレースは進んでいく。準メインレースを迎え、優一はいまだ今週未勝利だった。だが、次のレースは優一が今週一番期待していたレースだった。

 1600万下条件のこのレース、優一は1番人気の馬に騎乗する。優一はデビューしたてで、減量を貰っている騎手だが、オープンや条件戦でも格の高いレースは特別レースと呼ばれ、レース名が付けられる他、若手騎手の減量も適応されない。

 1600万下条件は特別レースしか無く、このレースも減量が適応されない。にもかかわらず、優一には有力馬が用意されたのだ、これを優一の勢いと見ないわけにはいかない。

 そんな勢いが有る優一も、対抗馬には注意していた。祝田騎手が乗るその馬は、単勝が3.1倍。優一の馬は2.7倍、他は2桁倍数の人気になっており、このレースはマッチレースと見られていた。

 それでも勝算は充分だ。何せ、脚質的には優一の方が有利だ。祝田の馬は前の方で勝負するのが得意な馬である。それに対して、優一の馬は末脚に自信が有る馬。比較的後方から行けるということは、祝田の馬を後ろから見て、場合によってはみっちりマークできるということである。

 それが向かないのはハイペースになった時だけ。しかしその場合は、前が崩れる分、やはり後ろから行く優一の方が有利である。

 充分な勝算を手に、優一はレースに挑む。

 ファンファーレが鳴り、ゲートに馬が入っていく。優一の馬も特に暴れる様子は無い。スムーズに、ゲートが切られた。

 内の馬が1頭出遅れた他は動きが無いスタートだった。前に行きたい馬は順調にゲートを出て、ペースを作っていく。ハナを奪った馬は引き付けての逃げを選択、ペースは緩くなる。優一はあまり手綱を押さえ過ぎず、中団やや前方、祝田の馬の少し後ろに付けた。ここなら相手の出方を見ながら行ける絶好の位置である。

 レースは進んでいく。第2コーナーを曲がっていき、向正面に入ったところで、1頭かかっていった。大外を進出していき、後方から一気に先頭に並びかけていった。外の方に位置していた優一の馬はちょっと気にしていたが、優一が上手くなだめていた。祝田の方は、軽く興奮した様子で、行きたがっているが、祝田もベテランらしく上手く抑えていた。

 引っかかった馬がいた影響で、最初はスローだったが、中盤から息をつけない流れになっていく。これは前方の馬の方が不利だ。流れも優一の味方をする中、レースは終盤を迎える。

 第3コーナーを迎え、後方の馬も進出していく。前の馬も手綱を動かす中、優一はまだじっとしていた。マークしている祝田の馬がまだ動いてないからだ。このレースはほぼ一騎討ちである。その中では先に動いた方が不利だ。

 第4コーナーの半ば、とうとう祝田が手綱をしごき始めた。優一はそれを見て、更にワンテンポ遅らせて手綱を緩める。末脚に勝る優一の方は、遅すぎなければ仕掛けを遅らせた方が体力で勝るからだ。

 直線に入り、果たして祝田の馬が抜け出していく。しかし、それに優一の馬が猛然と襲いかかっていく。馬体が並び、競り合いになる。優一も余力を馬に残していたのだが、相手も地方出身で追う力に定評がある祝田騎手、食い下がる。

 優一の馬がわずかに前に出た。しかし、祝田の馬が差し返してくる。両者が首を下げ、最も伸びた時点でゴールを迎えた。騎手は大抵の着差なら手応えで勝ち負けがわかるが、今回は全く想像がつかないくらい接戦だった。

 地下馬道を通り、検量室の前に付く。そこでは入賞した馬は着順順に所定の場所に行くのが通例だったが、優一は1着と2着どちらに行くべきか迷った。その間に祝田が2着の場所に付けたが、その表情を見る限り負けを確信したというより、わからないから若手に1着の場所を譲っただけのようだった。

 優一は検量を終え、レースの映像に見入っていた。ゴール前が映る。しかし横から見ても、どちらが勝ったかわからない。勝負は写真判定に持ち込まれた。

 長い間待った後で、採決室から係員が出てくる。着順を書き込むボードに、係員が向かっていく。優一は緊張する。

 先に書き込まれたのは、祝田の馬の番号だった。優一は、負けたのだ。

 優一は、再度レースを映す画面を食い入るように見た。さっきから気になる点が有ったのだ。ゴール前の場面、祝田は手綱を短く持って、馬の頭を押し込むようにしていたのだ。

「祝田、いつもの手を使ってるね」

「まったく、祝田も負けん気が強いな。アンちゃん相手に奥の手を使わんでもええのにな」

 優一の前で、先輩の市井騎手と富士島騎手が、そう話していた。優一は愕然とする。

「あの、頭を押し込めるのが、祝田さんの奥の手?」

 優一は思わず口に出していた。が、次の瞬間、前にいた富士島が、背中を見せたまま大爆笑を始めた。隣の市井も、普段気を使うたちなのにもかかわらず、笑いをこらえきれず吹き出していた。

「アホか。馬はそんな風になっとらん。あまりにも素人の思考やで」

 富士島は、爆笑しながら振り向いてきた。市井もそれに合わせて優一の方を向いてくる。

「お前、鞠を弾ませたいときに、引っ張るもんか? ちゃうやろ、弾ませるためには押し付ける方やろ」

「矢を飛ばすのだって、力で投げても飛ぶものじゃないよね。矢を飛ばすには弓を引き絞り、放たないと。

 馬も、あれだけの力が有るんだから、押しても伸びるわけじゃない。伸ばすためにはどんな動きが必要か。それは、騎手である優一はわかっているだろう?」

 富士島と市井は、そう言って説明してきた。しかし、優一は飲み込めず、2人とレース映像を映していたモニターを交互に見ていた。それがまた面白かったらしく、2人はまた声を出して笑う。

「わからんか。そやったらせいぜい悩め。市井、お前もこれ以上は言うなよ」

「まあそうだね。騎手の技術は上がってほしいけど、これ以上言ったら他の先輩達に怒られちゃうよ。ヒントは充分出したしね」

 富士島と市井はそう言って、優一の肩を軽く叩いて去っていった。優一は、悩みこんでしまった。


 レースが終わり、優一は寮の自分の部屋に戻った。そして、テレビに録画していた競馬中継を見出す。それは準メインの、祝田に負けたレースのところだ。

 何回も、繰り返し見た。祝田の動きに注目して、それこそビデオの時代だったら擦り切れるほどに繰り返し見る。

 そして、とうとう違和感を発見した。それは祝田が手綱をずらすタイミングだ。それは馬の首を押し込めるのではなく、その更に前、手前に引く時だったのだ。

 優一は、富士島と市井の言葉を思い出す。馬は、押そうとしても伸びるものじゃない。馬を伸ばす時は、手綱を手前に引くのだ。そうすると馬の体の構造によって、前に伸びる時に速くなるのである。

 優一は結論に達した。ということはつまり、祝田の動きは馬を押すのではなく、ギリギリまで引き付けるためだったのである。人の限界ギリギリまで手前に引っ張ることにより、その次の伸びを極限まで伸ばしたのだった。

 そんな手が有るのか、優一は感心した。だが、それはもはや遅い。今週のレースは終わった。もう1勝を上乗せできなかった優一は、来週GⅠに乗ることはできない。

 この悔しさは、いつかロマンオンザターフの鞍上で、レースで晴らしてやる。優一はそう心に決めた。


   *


 翌日、相原調教師はロマンオンザターフが宝塚記念を回避することを発表した。乗りこなせる騎手がいないから。GⅠの注目馬としては異例の理由だった。


 翌週、優一は31勝目をあげた。それは致命的に遅すぎる1勝だった。

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