アイスと嫉妬と崖の下
どこにでもいるちょっと地味で猫が好きな女子高生、青木ミオ。
ある日、彼女は学園一の美男で女子たちの憧れの的、赤崎ショーゴ先輩からデートに誘われた。
ミオは内気で内向的な自分を変えて、思い人であるショーゴに思いを伝える事は出来るのだろうか!?
少女の恋は詩なり、一体誰の言葉だったろうか。
私にとっての恋も、今日この日まではそんな淡い思いを重ねられる詩的で美しくも報われることのないものだった。
…でも。
「はい、ミオちゃん……だったよね?アイスクリーム買ってきたよ。」
「はははは、はいっ!!あああありががががとうございます!!」
「あははっ、壊れたレコードみたいだね………ところでさ。」
先輩が物欲しそうな目でこちらを見つめてくる。
ひ、ひえええ……そんなにまじまじと見つめられると心臓に悪いです!!
「ねぇミオちゃん、食べさせあいっこしようよ!」
「ぶーーーーっ!!」
たたたたたた、食 べ さ せ あ い っ こ!?!?
あの映画なんかで恋人や新婚夫婦が「あーん!」なんてやっている、あの伝説の食べさせあいっこですかーーーっ!?
恥ずかしさから思わず吹き出す。
「ほらー、溶けちゃうよー、あーん。」
「いやっ、ちょっと、心の準備がががががががが……!!」
先輩かっこいいいい!
嬉しいーーー!でも無理ーーーーっ!!
助けて神様ぁーーー!!私の顔も溶けちゃうよぉーーー!うわげしゃはびゅデロデロデロ……。
極度の興奮状態から脳内の語彙力がすべての失われる。
私の恋は詞から、いつしか火のついたジェットコースターのように熱く、危険な物へと変貌を遂げていた。
ミオちゃんのスパゲッティ ~溺れる馬は魔法少女の夢を見るか~
【第二話 アイスと嫉妬と崖の下】
結局、食べさせあいっこは最初のひと口を交換したっきりで、その後は各々で黙々と食べるという形に落ち着いた。
……どうしよう、さっきから全然会話も弾まない。
私が恥ずかしがってばかりで、一緒にいてつまらないからだろうか?
……それはそうだろう、逆の立場で考えてみればすぐわかる。
せっかくデートに誘った相手がモジモジしてばかりいたら嫌になっても不思議はない。
先輩は黙って遠くを見ている…嫌われちゃったかな……。
「ちょっと待ってて。」
「あ、先輩!」
先輩が不意に席を立つ。
仕方ないか、特別可愛いわけでも、話をしていて面白いわけでもない私が、人気者の赤崎先輩と釣り合うハズがなかったんだ……。
「はぁ………私ったらバッカみたいだ、勝手に喜んで、勝手に舞い上がって、先輩の気持ちを全然考えられてなかったな。
これじゃ嫌われても無理ないよね……後で先輩に謝ってお別れしよう……。」
楽しくなるはずだったデート、私に意気地がなかったせいで先輩に嫌な思いをさせてしまった……。
悲しくて、苦しくて、自然に涙が込み上げてくる。
口の中でアイスクリームの甘さを涙の味が押し流していく。
恋ってこんなに、甘くて、苦くて、最後にしょっぱいものだったんだなぁ………。
「ニャー。」
声の方を見上げると三毛猫がこちらを見つめ鳴いていた。
しばらくじーっとこちらの様子を見ていたかと思うと、こちらにスタスタと歩みより、頬をすり寄せてきた。
「ミケちゃんどうしたの?君も一人ぼっち?
じゃあ私たち仲間だね……。」
首もとを撫でると、心地よいのかこちらに身を預けてくる。
「おっ、ミオちゃん凄いね、あの気難しいごん蔵を手なずけるなんて。」
「あ……赤崎せんぱい……、ぐしぐし………。」
先輩に泣いていた事を気取られたくない……私は急いで涙の跡をぬぐった。
「んー、どったの?アイスでお腹壊した?」
「いや、ちが………違います。」
「そんな事よりコイツらを見てよ。
コイツら捨て猫でさ、この辺によく溜まってるんだ。」
先輩の後ろを見ると十匹ちかい猫がぞろぞろと後を付いてきていた。
壮観なその光景はまるで猫のおみこし行列のようだ。
「すごい……!」
「だろ?ここ、俺の自慢の場所なんだ。」
先輩が少年のように目を輝かせている。
「猫って結構敏感な動物じゃん?
いくら口では猫が好きだーって言ってる人でも、本当に猫好きじゃないとすぐに勘づいて離れてっちゃうからさ。」
先輩は猫のうち一匹を抱き上げ、よしよしと撫でる。
「その点さ、ミオちゃんは本当に猫が好きそうだと思ったからここに誘ってみたんだ。
そしたら、ごん蔵を懐かせちゃうなんて凄いじゃん!」
先輩がニッコリと笑う。
「そっか、先輩は猫を探しに行ってたのか…。」
私の早とちりだった、先輩は私の事が嫌になったわけではなかったんだ…!
モノクロームだった世界が段々と色彩を取り戻していく。
「ところでごん蔵って名前は誰が?」
「俺が勝手に呼んでるだけさ、ふてぶてしい顔してるだろ?
だからごん蔵!」
「えっ……あっ…………。」
先輩の意外な短所を知ってしまった、彼はネーミングのセンスが致命的にない気がする。
「それよりさ、あっちに猫じゃらしが沢山生えてるんだ、行こう!」
「あっ……!」
先輩に手を引かれる。
私のより大きくて、たくましく、少しだけゴツゴツとした手。
でももう彼の手を許否するのはやめよう。
嫌われる事を恐れるのではなく、今この時が楽しめない事の方がよほど勿体ない。
私は先輩の大きくて、でも優しい手をしっかりと握り返すのだった。
―――――――――――――――――――――――
「いっやー、楽しかったなぁ、ネコは一日中撫でてても飽きないね!」
先輩はご機嫌な様子で鼻歌を歌っている。
連られてなんだかこちらまで笑顔になってくる。
「先輩は本当に猫が好きなんですね。」
「好きだけどさあ、オヤジが猫アレルギーのせいで家では飼えないんだぜー。
早いとこ自活して猫を飼いたいよ。」
先輩は不満げに口を尖らせる。
こんな子供っぽい表情もするのか、こんな表情を見れる人はそう多くはないんだろうな……。
なんだか先輩の秘密を独り占めできたような気分だ。
それは何だか嬉しいような、でも先輩の女性ファンの人たちに申し訳ないような後ろめたさも感じていた。
「あのっ、あのっ!先輩、今日はすごく楽しかったです!!
それで………良かったらまた猫ちゃんたちに逢いに来ましょうね!」
精一杯の勇気を振り絞って自分から切り出す。
こんな私が先輩と一緒にいる、その不釣り合いは自分でもイヤという程感じている。
でも自分の気持ちに嘘をつき続ける事も出来ない。
恋人じゃなくていい、友達でいい。
たまに会って…アイスクリームを一緒に食べて、猫を撫でて、他愛ない話で笑いあえれば私はもうそれだけで幸せなのだ。
だから…。
「今日は、さよなら!!」
「ああ、うん……。」
私は後ろも振り向かずに帰り道をひた走る。
先輩への未練が残らないように、分不相応な願いを抱いてしまわないように……。
「なんか変わった子だったな、ごん蔵……あれ?ごん蔵……?
いねぇわ。」
……。
グイッ!
「あいたっ!」
帰り道をひた走っていると、突然何者かに後ろ手を掴まれる。
「い、いたいっ!な、何を……。」
振り向くと、そこには同い年くらいの女性が複数人立っていた。
「あんた、ショーゴくんに対して馴れ馴れしすぎじゃない?」
「あっ…………。」
中には学校で赤崎先輩を取り巻いていた女子の顔がいくつか見えた。
「あんたさぁ、ショーゴくんの何なの?」
「えっ……ただの知り合いで……。」
「じゃあさぁ、彼女ヅラしてベタベタするのやめろよ!!!」
「ひっ……!」
怒鳴り声に思わず身体がこわばる。
「何が猫だよ、くだらない。」
「えっ、ご……ごん蔵!?」
ふと彼女たちの一人に目をやると、ごん蔵を無理やり抱え上げていた。
ごん蔵は毛を逆立てて暴れている。
「いってぇ、なにすんだこのバカ猫!」
無理やりに抱えるものだから手をひっかかれたようだ。
抱き上げていた女性は仕返しにごん蔵のヒゲを引っ張っている。
「や、やめて!ごん蔵を放してあげて!!」
「わかった、そんなに放して欲しけりゃ、放してやるよ!!」
「あっ………!」
彼女の取った行動は目を疑うようなものだった。
あろう事かごん蔵を切り立った崖目掛けて投げ捨てたのだった。
「あはははは!いい気味!」
「ブッサイク女、あんまりしつこいとあんたもあのブサイク猫みたいになっちゃうかもねー!!」
「キャハハハハ!!」
「そんな、ごん蔵……!ごん蔵!!」
崖から身を乗り出す、良かった………ごん蔵はどうやら無事のようだ。
崖の中腹でブロックの上に立っているのが見えた。
だが、崖の底まではあそこから6メートルはあるだろう。
ごん蔵はあの僅かな足場を伝って移動出来るだろうか。
「待ってて、ごん蔵!今行くから!!」
私はいても立ってもいられずに崖の縁に手をかけてゆっくりと中腹に降りて行こうとする。
「お、お前………!ば、バカじゃねーの!」
「な、なにやってんだよ!死ぬ気かよ!!」
「ねぇ、ちょっと………これマジでヤバイよ………。」
彼女たちには目もくれずごん蔵の元に降りていく。
赤崎先輩と私を結びつけてくれたごん蔵の元へ………!!
「わたし知ーらない!!」
「わ、私も!」
「あ、ま、待ってよ!!」
彼女たちは蜘蛛の子を散らすように散り散りにその場を離れて行った。
「待っててごん蔵……!今…………!きゃあああ!?」
しかし、そこはお世辞でも運動神経が良いとは言えない私。
うっかり足を滑らせて五段程下のブロックまで滑り落ちる。
「はぁ、はぁ……た………助かった……?」
どうやら、運良く出っ張っていた木の枝に引っ掛かったようだ。
私はその枝に慌ててしがみつく。
「そ、そうだ……ごん蔵は………!?」
下を見ると驚いたごん蔵が崖のふちをバタバタと走り移動していた。
「えっ、ごん蔵………もしかしてこの崖平気だったりする?」
ちょっと考えればわかりそうなものだった。
どんくさい私と違って彼はこの辺りに住む猫なのだ。
…このくらいの崖なんて造作もなく登り降りできてもおかしくはない。
「あはは………また私、勝手に舞い上がって……バカみたい……。」
私、このままだと落ちて死ぬのかな?
こんな間抜けな死に方したら、お母さんたち悲しむのかな?それとも怒るのかな?
先輩………もう一回会いたかったな……。
「ミオちゃん!!」
「あはは……先輩の幻聴まで聞こえてきた、こういうのを走馬灯って言うんだよね……。」
一人自嘲して笑う。
「ミオちゃん!大丈夫か!?」
「ほら、先輩の声の幻聴………。」
「今助けを呼ぶから待っててくれ!」
違う、これは幻聴なんかじゃない!
ハッとして上を見上げる。
そこには赤崎先輩と取り巻きの女子の一人が立っていた。
おそらく彼女が先輩を呼んでくれたのだろう。
「大人の人を呼んでくるから、もう少しだけ堪えてくれ!!」
「せ、先輩………。」
じわり、目尻に涙が浮かぶ。
憧れの先輩が私の身を案じ、私を助けようとしてくれている。
涙がポタリ、ポタリと頬を伝って崖底へと落ちていく。
「クソッ、お前も誰か探してくれ!!」
「は……はい………!」
二人の声が崖上に響く。
でも……私の握力はもう既に限界に近づきつつある。
だんだん指先が痺れ、悲鳴をあげはじめている。
「ありがとう、赤崎先輩……私は最後に貴方に心配してもらえて幸せでした。
でも、もう無理そう…………ごめんなさい。」
私は静かに目を閉じると色々な事に思いを馳せる。
唯一心残りがあるとしたら、両親にお別れを言えないことと、死ぬ前に近所の洋食屋さんでお腹いっぱい好物のスパゲッティ・ナポリタンを食べたかった事かなぁ…………。
「セッモーリナー!!」
「きゃああああ!?」
突然崖下がまばゆくきらめき、手の平にのし掛かっていた体重が軽くなっていくのがわかる。
「な、なに!?」
「ふわははは!少女よ、私の事を呼んだのは君かい?」
目を凝らすと、まばゆい光に包まれたごん蔵がこちらに人語を語りかけてくるではないか。
「えっ?えっえっ?」
「いや、皆まで言うな、最後の晩餐にスパゲッティを望むとは見上げた心がけだ。
私はイタリアからやってきたスパゲッティの精霊、君の事を助けてあげようではないか。」
あー、限界状態でついに頭がどうかしちゃったのだろう。
死の恐怖を紛らわせる為の体の防御機能かな?
果たしてスパゲッティの精霊とは何者なのか?
私はこの状況から助かる事はできるのか!?
次回へ続く。
第二話 完
知能指数の低い作品で申し訳ないです。
でもうら若き男女の恋愛を妄想するのって結構楽しいです。
ようやく次回から本格的に物語が動き出す予感、です。
お楽しみ頂けるよう頑張ります、が…過度な期待は禁物であります。
それではまた。