騎士王の聖剣 03
「ふーん、パスタ、か。いいね。まあ安心したまえ。何も付き合ってもらって割り勘をするほど懐が小さいわけではないよ」
あまりにも珍しいことだ。フレデリック自ら奢ると発言するのは。そもそも奢りというのはさせるものではないが、このフレデリックという男はそれを過去平然と、悪いとも申し訳ないとも微塵も感じさせずに要求してくることの方が多かったため(マシューが主な被害者であるのは言うまでもない)、今までの多大な出費がようやく報われる思うとーー
「さあ、ルーナ君、ルイス君、好きなものを頼んでくれ。我々の財布の中身のことは一切気にする必要はないのだからね。ということでマシュー君。後で半分よろしく」
「やった! 極稀にいいことするんですね極稀に」
「ありがとうございます。いただきます」
思ったのが間違いだったが、もうフレデリックがお金を払うこと自体がマシューにとってすごいことのように思えてきたため、彼の気が変わる前に割り勘を快諾した。
~~~
「美味しかったです。ごちそうさまでした」
出された料理を食べ終えて、そろそろ会計をしようかと考えていた時
「おや、これはアンドリューさんではありませんか。その節はどうも」
声をかけてきたのはジェイコブだった。
「ああ、ハワードさん。こちらこそですよ」
二人とも気さくに話かけてはいるが、どうしてこの2人が知り合いなのか、誰も分からなかった。
「父ジェイコブは行政面では教育委員会に参入し、ギルド採用試験では面接官や新人研修を担当したこともあります。おそらくそこで知り合ったのでしょう。」
ジェイコブの後に続いて現れたノアが、事情を説明した。
「私はお初にお目にかかります。ジェイコブの長男ノアです」
「こちらこそ。こちらは部下のルーナ、そして、弟子のルイスです」
一通り挨拶を済ませたところで、マシューらはもうしばらく話をするために席についた
「聞きましたよアンドリューさん。東方で起こった事件を防衛士達と収めたそうだね」
「はい。でも僕がやったのは微々たるもので....」
自分の活躍がギルドの議員にまで知れわたっていているのはうれしかったが、防衛士長との共謀とはいえ、マシューはギルドに虚偽の報告をしているため、マシューとしては逆に話題に出てほしくはなかった。だから、マシューはこの話になったとき、なるべく自分のことは語らないようにしていたのだ。
「ご謙遜を。君が主導となって収束に努めたことは分かっているのだよ。君は少し自分を過小評価していると思うのだがね」
「そうでしょうか」
「そうだとも。この私が共に仕事がしたいと思えるほどなのだから、ね」
今物凄いことを聞いた気がしたが、マシューはさっさと次の話題に変えた。マシューはジェイコブにルイスの採用試験について話した。それは決してルイスの試験が有利になるようにという考慮はない。むしろルイスのハードルをあげる行為だ。
「なるほど。君自身、どんな異能かははっきりと分からないのか」
「はい」
「実は私もね、教育に携わる者として、異能の評価について見直しは必要だと思っている。使用者の強さなのか異能自体の威力なのか、基準の設定が難しくてね。どうだね。君ならどうやって私に評価させる?」
ジェイコブの突然の問いかけにルイスは一瞬たじろいだ。これではもう面接試験ではないか、と。しかし、ルイスはマシューについてきて本当によかったと思っていた。周りの人間の暖かさは勿論のこと、なにより最初に出会ったマシューがこんなにも顔が広く、信頼されているのを目の当たりにすると、その尊敬の念が日に日に増えていくのだ。
そんなマシューの期待に応えるために、絶対に試験には合格してみせると心の中で強く思った。ただそれだけだった。
「自分にできることだけで挑みます。できることを極めます。今はまだ少ししかわかっていないですが、それがマシューさんの背中を見て、大切なことだと学んだので」
緊張しながらもしっかりと答えるルイスを見て、全員に笑みが現れた。あまりにも真っすぐなものだから、どこかで折れてしまわないか不安ではあるが、大好きでもあった。ジェイコブもこの好感触を得ていたようだった。
「ふむ、これ以上の詮索は不要なようだ。当日は期待しているよ。剣触の弟子君。」
(....僕の能力の異名まで知っているのか)
ルイスとの問答を終えたところで、ジェイコブは再び話題を変えた。
「ところで...この後時間はあるかな。」
「時間、ですか?」
「ああ、私たちがここに来たのは少し内緒話をしようと思ってね。あまり多くの人間に言うつもりはなかったのだが....」
ジェイコブがルーナとルイスに目をやる。
((ああ、なるほどね))
「マシュー先輩。この後時間ありますよね。私たちショッピング行ってもいいですか?」
「ああ、行っておいで。今手持ちがないだろうからこれ、渡しておくよ」
そう言うとマシューは財布からいくらか紙幣を取り出してルーナに渡した。
「そのついでにルイスに街を案内してあげてほしい」
「了解しました!」
「私もお供しましょう。この街で生まれ育って22年、ルーナさんより詳しい自信はありますよ」
そうして、ルーナ、ルイス、ノアが街へと繰り出した。先程はハワード夫人もいたようだが、マシューらと会う前に別行動をとったようだ。
「いやはや、気の利くお嬢さんだ。アンドリューさんは優秀な部活を持っていらっしゃる」
「ありがとうございます。情けないことにいつも助けてもらってばかりで」
ルーナのこういうところは本当にすごいと思っている。良い意味で身の程をわきまえる態度というか、ここぞという時には場が上手く運ぶように動いてくれる。
(本当は聞きたいだろうになあ)
「それでぇ、私は席を離れなくてもいいのかい? 早く言わないと聞きたくてしょうがなくなってしまうのだけれども」
「かまいませんよ。どのみち席を立っても『盗聴』するんでしょう?」
「!」
フレデリックが驚きつつも笑みを浮かべる。やはりただの内緒話というわけにはいかないようだ。
「随分とお詳しいことだ。ねえマシュー君」
「どの時点から我々に目をつけていたのですか」
フレデリックの行動さえも把握している。このジェイコブ・ハワードという男。フレデリックはおろか、何度か面識のあるマシューでさえも向こうが意識していたとしても、こちらから意識することはなかった。
ギルドの一般職員と、後援会などを控える程のギルドの官僚参議。同じギルドのメンバーといえども、その肩書きには大きな違いがある。
連合ギルドは、他のギルドとの信頼関係によって他地域の連合ギルドとの盟約で一定地域の行政、立法、司法権を持ち、民主主義に則っている。
その中で、欧州連合ギルドの場合、より効率的に政務を行うため上意下達システムを導入している。つまり、ジェイコブが『決定機関』なら、マシューは『施行機関』であり、基本的に決定機関の方が権力が集中する。
しかし、機関を完全分離する中で、機関内の民主主義も徹底しているため、たとえ決定機関に権力が集中していても、それによる弊害が起こりにくくしている。
むしろ、社会的地位と個人の地位の混同が起こらず、スムーズに進めることができる。
だからこそ、決定機関と施行機関の接触は少ない....はずなのだが
「いえいえ滅相もない。普段からギルドの動向を見ている範囲内でのことですよ。今あなた達に声をかけたのも、何というか直感が働いたといったらいいのかな....
君たちならきっと引き受けてくれるとね」
こういう突然の依頼は大抵長期化するであろうことは、マシューはほかの人間より直感的に分かっていたし彼自身、幼少期からの経験から人からよく頼み事をされる体質であることはなんとなく自覚していた。
他人のためにあれこれすることは時に、自分はどこか損をしているのではないかと思うときもあった。しかし、それが困難であれば困難であるほど、マシューの心の奥底に秘められた好奇心によって、引き寄せられるように向かっていってしまうことを、マシューは後で悔しがるタイプだった。
「分かりました。(やはり断れないぃーーー!!!)」
「あららのら....聞かないうちに。まあ僕も、彼らに使ってしまったお金が戻ってくるならおやすい御用さ」
マシューに続きフレデリックが快諾し、ジェイコブは笑みを浮かべた。
「感謝する。報酬は言い値で構わないよ。それと場所を移そう。ここはどうもアフタヌーンティーが人気なようで」
落ち着いた雰囲気の店に客が増え、少し騒がしさが増えた。
「私の邸に招待しよう。ここよりもっと高級なものを取り揃えてあるからね」
〜〜〜
その頃、ルーナ、ルイス、ノアはとある服飾店に来ていた。
「うーん、どっちの色がいいですかね....」
「ルーナさんの髪は明るめのゴールドなので、それと対比させた色のこちらの方がバランスよくなるのではないでしょうか」
「え! 凄い。ノアさんプロのデザイナーみたいですね!」
「僕の世話係が服にうるさくてね。何年も服の何たるかを嫌でも聞いていたからかもしれません」
2人が服選びを楽しんでいる間、ルイスは1人考えていた。
(人払いをするのは分かるけれど、でもやっぱり何を話しているのだろう。いや....それよりも)
ルイスは、ただ1人、あの時に違和感を感じていた。マシューとジェイコブが話している時、何度かこちらに向けられた視線を感じ取っていたのだ。
しかし、視線がどこから向けられたものかは分からず、その方向を見ても怪しい客は1人もいない。
もしかするとフレディ博士がまた何かしらの方法で盗撮盗聴しているのではないか。と思ったのだが、彼はマシューと一緒に話を聞いているからそうでは無い。
ただの勘違いかも知れないが、視線とは思えない、明らかに強い、まるで実体化したようなものが姿なく放たれていたような、そんな気がして仕方がないのだ。
「おや、ルイス君はファッションにこだわりがないお人かな」
服も見ずに俯いているルイスを見てノアが声をかけた。自分の世界に入りすぎていたことに気づいた。
「ああ....すみません。そんなことは、ないです」
「それとも、服のこと以上に興味をそそられることでもあったかな? 例えば....」
「焼き付けられるほど強烈な視線....とかね」
「え!」
ルイスは思わず声をあげた。ノアもあの視線に気づいていたこと。そしてなにより、自分が考えていたことを見抜いたことに。
「しっ。少し静かに」
ノアは人差し指を立ててルイスの口に当てた。そして目の前のメンズカーディガンを取ると、ルーナに試着をしてくると一言言って試着室の中にルイスを連れた。
「うん。思った通りよく似ているじゃあないか。君、顔は中々イケてるのにどうも服が、なんというかその、田舎っぽいていうか」
「あの。何か話があるからここに隠れたのですよね? 今服のことは後に....」
「まあ落ち着いて。気持ちはよく分かるよ。でも今僕たちは買い物をしているんだ。僕らが視線に気づいたみたいに、相手に買い物をしていないと気づかれてしまっては、こちらのアドバンテージがなくなってしまうだろ?」
そう言うとノアは先程とは別の服をいくつか取り、ルイスに試着を要求した。ルイスは気になりつつも、ノアに納得して言われるがままに試着をした。
数十分後、ノアの指導のもとルイスのコーデが一通り決まり、ルーナにも披露した。
「すごい! なんかさっきより背が高くて知的に見えますよノアさん!」
「そうでしょうそうでしょう。実際厚底シューズを使用してはいるのですが、ここのブランドは自然に見えるデザインで、伸びしろボーイアンドレディには人気なんですよ」
ノアとルイスが話している中、ルイスも密かに自身の変わりように驚いていた。さっきはノアの田舎呼ばわりに少し失礼じゃないかとも思ったが、たった今理解した。
さっきまで着ていたあれと、今着ているこれ。今後どちらかのスタイルだけを強制されたら、間違いなく後者を選ぶ。ここは故郷の村ではなく、連合ギルドを中枢に構える巨大都市である。
他人の着ているものを見ているだけでは気づかなかったが、自分が着て初めて、ルイスはあれを着ていたことを少し恥ずかしいと思った。
「どうだい。中々だろ? それはプレゼントするよ。これからは自分で着こなせるようにならなくてはね」「ありがとうございます。それも、頑張ります」
ノアにお礼を言って会計をしに行こうとした時、ノアが再びルイスの動きを止めた。ノアは最初から何かに対する余裕をくずしていない。
「ルーナさん。探知魔法は?」
「もうばっちりですよ! こんなに分かりやすいのも中々ないですけどねー。追いかけますか?」
「市街戦も悪くはないですね。一応マシューさんに連絡いれておいてください」
そう言葉を交わすと二人はルイスに現金と服を渡して店を飛び出した。
「ええ!? どこに行くんですか!」
「お会計が済んで、来たかったら来るといい。もしかしたら直属護衛隊の戦いを見られるかもね」
一言を残し、二人は走り去ってしまった。
自然を装いながら敵の魔力を察知し、ルーナに魔力の探知をさせ、罠の可能性がありながらあえて乗った。見たい。一流の剣魔士の戦いぶりを見たい!
「あの! お金もう渡しておくんで服キープでお願いします!」
(荷物があったら追いつけないし、敵に標的を自分に替えられたら面倒だ)
ノアとの距離5秒以内に済ませるとルイスは全力で二人を追いかけた。しかし、差は広まるばかりだった!
(僕は速度魔法⦅光聖魔法⦆は使えないんだーーー!!!)