月曜日のサボタージュ(了)
それからぼくは、いじめというものに出くわした。当然と言えば当然だった。ぼくは学校ではへんなひとで通ってしまったし、なにをしでかすかわからない気持ち悪いひとということにもなっていた。陰口にもならないような陰口が耳に入るたびに、ああ、ぼくは道を外してしまったんだな、と感じた。増田くんが転落した場所にやってきてしまったのだ。
転落と言えば、悪いニュースがある。増田くんは自殺してしまったらしい。らしい、というのは、そのころになったら、ぼく自身が、中学入試の勉強で忙しくて、学校なんて構ってられなくなったからだった。学校に馴染めないと知ったおとうさんが、「だったら勉強してちがう中学に行けばいい」と勧めてくれたおかげだった。余計なお世話だった。
けれども、逃げ場があったのはさいわいだった。もう学校にはいても気分が盛り上がらなかったのだ。いちおう勉強はできたほうだし、点数もそこそこいけたので、有名中学に進めるかもしれないと、周囲の期待だけが無責任にふくらんでいった。
やがて、一年が経った。ぼくは六年生で、学校では空気にもなれない異質な存在だった。うわばきは隠され、机の上には死ねと彫刻刀で刻まれ、二日にいっぺんは何かが無くなっていた。けれどもどうでもよかった。彼らのまとう空気には、どうあがいても、二度と交われないと感じていたからだ。
そのうち誰もぼくに話しかけてこなくなった。かなちゃんですらそうだった。あれほど声掛けしてくれた彼女も、たった一回の事件ではれ物に触れるように遠ざかっていった。そうなのだ。世の中は都合よくできてはいない。ぼくが中心ではないのと同じように、彼女も世界の中心ではないのである。
だから、ぼくらはただ通り過ぎる。たぶん、もう一年たったら他人にすぎない。ともだちと言っていたひとだって、そういうものなのだ。ただぼくは知るのが早すぎたのかもしれない。そのことが、ただ少し、自業自得だとわかっていながら、虚しいと感じずにはいられなかった。
ただ、たまたま思い出すことがあって、五月晴れの胸がぽっかり空くような青空の日に、ぼくは学校をふたたびサボタージュした。もうだれも心配なんてしなかった。ぼくは気ままにランドセルを路地裏に隠して、かつて増田くんが隠れ家としていた、公園の秘密基地をのぞきに行った。
ところが、そこにはもうなにもなかった。革張りのソファも、デスクも、もちろんゲーム機やトランプも、なにもかもが。
考えてみればとうぜんだ。粗大ゴミがいつまでも残っているわけがない。けれども、ぼくは物寂しくて、振り返った。すると、網のかかったお砂場が目に入った。つい二、三年前まで手を泥だらけにして遊んだはずの空間が、「衛生上の観点」から、使ってはいけないことになっていた。ブランコや、回転ジャングルジムだってそうだった。もう、ぼくが心行くまで遊んだ場所は、ここには残っていないのだった。
仕方がないから、遅刻して学校に行った。もうここしか行く場所がなかったからだ。そうしたら案の定、担任の先生に呼ばれて、その先生は去年の人とはちがったけれども、ぼくの将来を気にかけるような口ぶりで、「なあ、おまえ、そんなんじゃあ中学校でもろくな目にあわないぞ」と言われた。
「平気ですよ。ぼくは、受験するんですから」
「……まあ、勉強はできると聞いているよ。心機一転、別の学校で開き直るのもいいかもしれない」
先生はため息を吐いた。もうあきらめられたのだろうか。
「しかし、いちおう、念のため、聞いておくよ。どうしてそんなにがんばって、違う中学校に行こうと考えているんだい? 親御さんの考えを鵜呑みにしてそう言っているんなら、保護者の方とも話し合う必要があるしね」
ぼくは笑った。我ながらぞっとするような笑い方だった。
「ちがいますよ。これはぼくの意志ですよ。勉強して自分の居場所が勝ち取れるなら、そのために頑張るんですよ」
職員室の空気が凍った。先生は鼻白んだようだった。そのことがすっかり気分がよかったので、ぼくはあとのことばを待たずに廊下に出た。そこにかなちゃんがたまたま通り過ぎたけれども、ついにひと言も、視線すら交わさずに、ぼくらはすれちがったのだった。