月曜日のサボタージュ(5)
翌日学校に行くと、担任の先生や、クラスメイトのみんなに心配された。けれども、そんなやさしさも、気づかいも、ぼくが学校を休んだ理由をしょうじきにしゃべると、一気に冷めていった。そして、急にてのひらを返したように、まともなことをまくしたてるのだった。
いわく、
「学校は来ないとダメだよ」
とか、
「今度はサボらないようにしような」
とか、
「増田くんみたいな悪い子になっちゃうよ」
とか。
ばかげていた。このときぼくは初めて、なにかがおかしいことに気づいてしまった。仲良く楽しく過ごしていたはずの学校生活に、なにか、見てはいけない影のようなものを見つけてしまったのだ。
同級生のかなちゃんだってそうだった。彼女はまるで、なにかをおそれはばかるかのように周囲を見回し、「ねえ、いくらなんでも、そういうことをしょうじきに言うのは、よくないわよ」と言ってくれた。けれども、ぼくはそのやさしさが、身の丈に合わないぶかぶかの上着か、あるいは背伸びしようとしてつい塗ってしまった口紅のように、おおげさに、ばかばかしいものに思えてしまったのだった。
べつにぼく自身は、言われなくっても、ふつうじゃないことを、よくないことをしたことは、わかっている。だから、叱られるのは当然だと思う。けれどもそれに乗っかってくるクラスメイトたちはいったいなんなんだろう。それに、なんでここで増田くんの話が出てくるのだろうか。彼はいつのまに「悪い子」ということになってしまったのだろうか?
ぼくは、ついにこらえきれなくなった。
「増田くんの話は止そうよ。あのひとだってあのひとなりの悩みってものがあるんだよ。それを知ろうともしないで、悪い子だと言うのは、おかしいよ」
「でも、学校に行かずにゲームばっかりしているのは、事実でしょ」
そう答えたのは、前のほうに座っている男の子だった。
「そういうときだってあるだろう? ずっと遊んでいたい日だってあるじゃないか」
「でも、だめだよ。おとうさんやおかあさんが許してくれないもん」
そう答えたのは、窓際の席の女の子だった。メガネをかけて、マジメそうに、不正は許しませんよ、といった具合で言っていた。
「それでも、どうしても、なにもかも嫌だって思うことぐらい、あるだろう?」
「そうかもしれない」
誰かが言った。ぼくはすこしうれしくなった。それはぼくだけがおかしいと、思いたくなかったからかもしれない。共感してもらえた、と喜びたかった。
しかし、声の主はこう続けた。
「でも、そこでがまんするのがおとなだよ」
ぼくは、崖っぷちでつかんでくれたはずの手が、放されてしまうような絶望感に囚われた。すうっとからだが冷えてゆく。お腹の底がきゅっと縮こまる。きっと顔色だって悪くなっただろう。
どうしたことだろう。ぼくはひとりぼっちになっていた。こどものわがままが通るのはいつまでも続きはしないのだ、とあたまの中ではわかっていたつもりだった。しかし、ちがうのだ。これはわがままではあったけど、どこかの誰かと絶対に分かち合える気持ちだと感じたのだ。だからぼくは、同情をさそうわけではなかったけど、そういうこともあるよね、と笑って過ごせることを期待していたのに。
のに、もかかわらず。
それはサンタクロースのように当たり前にやってきた。人間の顔をして、それでいて、のっぺらぼうで、軽薄で、だからこそ魔法の言葉のように自由自在にあちらこちらに見え隠れする、よく、「常識」とか、「正論」とか、「一般論」とか言われるような、すごくこころのない言葉が、
「ねえ、そんなにやっきになって増田くんをかばうことないじゃない。どうしたの? ゆうくんらしくないよ?」
かなちゃんのからだを借りて、ぼくのささくれた胸にぐさりとささった。
ぼくはもうだめだった。すごくいやな気持ちになって、教室の隅にあるじょうろを投げ飛ばした。窓際のアサガオを育てるために、水が入っているものだった。
ばしゃん、と音がはじけた。
それはかなちゃんの服に思いきりかかった。
最初はなにが起こったのか、誰もわからなかった。かなちゃんだってそうだった。全身びちょぬれで、じょうろの取っ手があたまにぶつかっていても、ぼうぜんとしていた。自分がなにをされたのかわかっていないようだった。
まるで時間が止まったようだった。むしろ空気が凍り付いたと言っていいだろう。ついにやってはいけないことが、起こってしまったとでも、誰もが思っていたけれど、言い出せなかったように。
やがて、ぐすん、と音がして、時間が動き出した。かなちゃんが泣いているのだった。当然だった。ぼくはなすすべもなく、ただ虚しい気持ちになって、その場にへたり込んだ。涙も出なかった。ただ、かなちゃんのめそめそした泣き声だけが、沈黙に染み入るように、響いていただけだった。