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始業式えくすぷろれーしょん

作者: さーにゃ

「さて、どうしたものか…」


私は腕を組み、顎に手を当てながら考える。

さっきから他の女子たちがチラチラとこっちを見て来るが、まあ、しょうがないだろう。

というのも私は1分程ずっとこの体勢でいるからだ。

しかも靴箱の前で。

私の目の前では、綺麗に区切られた棚の中で、スリッパたちがいい子して主人の登校を待っている。

その中心にぽっかりと開く穴。

他でも無い私の番号のところなのだが、今私が履いているのは学校指定の白い運動靴。

つまりーー


「なぜ私のスリッパがなくなるんだ?」


入れ間違えも考えて周りの人のスリッパも確認してみたが、どれにも私の名前は書かれていない。


ーまさか私の隠れファンが……それはないな。

(少しの間は、そうであってほしいという願いを

殺すのにかかった時間である。)


「まったく、なんで新年度初日からこんなことに…」


私はブレザーの裾を少しまくると、腕時計を確認する。


「今は…7時半か」


ー始業式が始まるのが8時半。そこがタイムリミットになるかな。あと1時間しかないし…


「とりあえずHR教室に行って荷物を置いとくかな…ん?何これ?」


スリッパがないことを忘れて靴箱に手を伸ばし、気づいて手を止めた時、空のはずの場所に何かが入っていることに気がついた。


「これは…手紙?ラブレター……じゃないよね。」


ルーズリーフを4つ折りにしたもの。

そのおもて面には"渚ちゃんへ"とだけ書かれている。

その丸文字は明らかに女子のものだ。

そしてさらに言えば、私のよく知っている奴の。

和泉みゆき。

私と同級生で、今日から中学3年生。小柄な体と顔と対照的な、くりくりっとした大きめの目に、ふわふわのくせ毛の少女を思い浮かべながら私は手紙を開く。


『渚ちゃんへ


渚ちゃんのスリッパは快盗タマがいただいた!』


ーなるほどなるほど…


『返して欲しければ自分で見つけ出すのだ!』


その横には、シルクハットでマントとマスクをつけた猫のイラスト。おそらく彼女のペットのタマだろう。


ーふむ、字を間違える怪盗ならちょろいな。


想像の中で、忍び込んだ瞬間警官に取り押さえられるタマ。ーかわいそうに。


『え?ヒントが欲しい?しょうがないな〜、甘えん坊さんの渚ちゃんのためにスペシャルヒント!』


ーよし、あとで一発ぶち込んどこう。


『ヒント : 他のクラスには隠してないよ』


どうやらそういうところはちゃんと考えてくれているらしい。

…願はくは、隠さないというところにも気づいて欲しかったが。


ー急に先輩が自分のクラスに入ってきて、その理由がスリッパ探し?…冗談じゃない。


『p.s.また一緒のクラスだね!1年間よろしくね♡』


ー…良かった。


みゆきとは1年の時からクラスがずっと一緒だ。

和泉と石川で出席番号も前後。

仲良くならない方が不思議というものだ。

実際、頻繁にお互いの家に泊まるぐらい仲はいい。

ただ、マイペースなみゆきに振り回されて疲れることもしばしば。

例えば?ーー今がまさにそうだ。

まあ、みゆきの前だと素直でいられるから一番楽でもあるのだが。


「おはよー」

「おはよー」


教室のドアをくぐると、騒がしい中からちらほらと挨拶が帰ってくる。

自分の席に着くと荷物を置く。


「さて…」


そしてその一個前の席では、1匹の生命体が机に突っ伏して心地の良い寝息を立てていた。


「…」


ーなんでこんなに気持ち良さそうなんだ?


「おはよー」

「……」


ー起きる気配ゼロ!?…こんなうるさい中、机で熟睡できるなんてさすがだな…


「じゃあ、まあ、探しに行くとしますかね…」


私は小さく呟くと教室を出た。


     ☆


渚が出て行った後の教室。

一つの影がむくりと起き上がった。

寝たふりをしていた(つもりでいるけど本当は寝ていた)みゆきである。


「ふふふ…甘いよ渚ちゃん!そんなに簡単には見つからないんだから!」


得意げな顔で腕を組んで、背もたれに上体を預けたま足をぷらぷらさせる。


ぷらーん、ぷらーん、ぷら…


すぽっ!


その足からすっぽ抜けたスリッパが宙を舞い、きれいな放物線を描いてーー


ごんっ!


黒板の前で話していた生徒の頭へ。


「あわわ…」


彼女から立ちあがる忿怒のオーラにみゆきはじりじりと後ずさりして…


「こらーっ!!みゆきぃー!!」

「ごめんなさーい!!」


投げ返されたスリッパと一緒に、渚に続いて教室を飛び出して行った。


     ☆


ぱったん、ぱったん…


廊下に私の足音が響く。

え?スリッパ履いてないのになんでお前はそんな足音がするのかって?

私が人間じゃないから?

…へっw


私が今履いているのは、事務室で借りてきた来客用のスリッパだ。

ありきたりの深緑の下地に校章と学校名のプリントされた、だっさい、安っぽいやつだ。

そしてきわめつけは、この間の抜けた音。

さっきから下級生の視線が痛い。


「くそぅ…みゆきのやつ、スリッパ見つけたら…覚悟しとけよ…」


足早に廊下を歩きながら、私はできるだけ早く見つけることを強く心に決めた。


     ☆


ここで注意点が3つ。


1つ目、時間。

あと1時間あるし大丈夫だと思うけど、始業式には絶対間に合わないといけない。

式の途中でドアを開けて入ろうものなら、校長の話に飽きた生徒の目が一斉にこっちを向くだろう。

そんな恥ずかしい目には会いたくない。


2つ目、ハゲ猿。

こいつは生徒指導の先生だが、生徒から総じて人気がない。

いつも竹刀を持ち歩いているが、威厳があるというより田舎のチンピラ感が増していることに本人は気づいてないのだろうか?

人の粗探しが大好きで、一旦捕まると関係ないことまでネチネチと嫌味を言われ続ける。

休み明けで校則違反をしている奴がいないか目をギラギラさせてみ回っていることだろう。


3つ目、他大勢の先生。

これはあんまり心配しなくてもいいだろうが、もし見つかって、スリッパを隠されたと知って騒がれると困る。

それにそもそもスリッパ探しをしているという事実が恥ずかしい。できるものなら誰にも会いたくない。


さて、というわけで探していたわけだが…

一言で言おう。


「私が甘かった…」


私たちの学校は、南から体育館、南棟、北棟となっており、二つの校舎の東側が各クラスの教室、西側には職員室、会議室、図書室、実験室等々が入っている。

そして私は体育館から捜索を始めたわけだが…


「探すとこ多すぎ…」


何しろスリッパだ。

大きさもそこまで大きくないし、隠せるような場所も多い。

体育館をざっと見るだけで10分もかかってしまった。

しかも最悪なのは、片方ずつ違う場所に隠されることだ。

もしそうだとしたら単純に考えて二倍時間がかかる。


「はあ、全くなんで初日から私がこんなことをしないといけないんだ…」


本日何度目かのため息。

でも、なんだかんだ言ってみゆきの遊びに付き合ってやる私はいい人だと思う。


「ふぅ…」


並んでいたパイプ椅子の下を覗き終わった私は体を起こす。

ずっとかがんでいて腰が痛い。


「ん〜っ、…次は南棟かな〜」


一つ大きく伸びをすると体育館をあとにした。


     ☆


がちゃっ、ガチャガチャっ

南棟3階、化学実験室前で私は立ち尽くしていた。

理由は簡単、鍵がかかっていて入れないから。


ーでも、鍵がかかってるってことはみゆきも入れなかったってことだから…


「ここにはないよね。次は…!?」


北棟につながる渡り廊下に向かおうとした時、中央階段から聞こえてくる足音に気がついた。


ーまずいな。


遮る物のない廊下では丸見えである。

敵が上がってくる前に渡り廊下まで行く?

ーそうすれば出会わずに済む。が、そのためには階段の前を通らないといけないからばったり出会ってしまう可能性もある。そしてその可能性は割と高い。

それとも生徒が上がってきている可能性にかける?

ー始業式に化学実験室の前でうろうろする生徒…不審すぎるな。それに生徒なら教室に近い東階段を使うだろうから、先生の確率は割と高いし…


ーあー、もう!どうしようもないじゃん!どこか隠れるとこは…


そうこうしてる間にも、足音はどんどん近づいてきている。


ー万事休す、かーー


     ☆


…セーフ


足が廊下に現れる直前、私は実験室の横にある準備室に滑り込んでいた。

ギリギリのところで鍵が開いていることに気づいたのだ。

手を当てなくても、すごい勢いで心臓が脈打っているのがわかる。


ーあとは足音が消えるのを待って逃げるだけ……って、こっち来てない!?


ドアに張り付いて耳をすますと、確かに足音は大きくなっている。


ーまずいまずいまずい…って待って、今見つかったら

廊下で見つかるより格段に怪しくない!?もっと奥に隠れる?でも物音立てたくないし…神様、お願い!


息を殺して祈る私の前、ドアを挟んですぐそこのところを足音が進んでいく。


ー止まるな、止まるな、止まるな…


すりガラスの中を、影が右から左に通り過ぎていき…


ガラッ


「よかった…」


実験室のドアを開けると、その中に入って行ったらしい。

私はホッとして胸をなでおろした。

まったく、心臓に悪すぎる。


「さてさて、今のうちに…」

「石川?こんなとこで何してんだ?」

「〜〜っ!!」


ドアを開けて脱出しようとした瞬間、背後から聞こえて来た声に、声にならない叫び声をあげる。

振り返ると、実験室と準備室をつなぐドアのところに1人の男が立っていた。


「たっ、高原先生!?なんでここに!?」

「なんでって、俺は化学の教員なんだから別に変でもなんでもないだろう?…明日から授業も始まるからな。準備とか色々大変なんだよ」

「それは…お疲れ様です」

「で、石川はなんでここに?」

「え!?えっとですねー、それはそのー、あれですよ、あれ!」

「あれ?…ひょっとしてかくれんぼとかか〜?」

「そうそうそんな感じー」


高原先生は少し、よく言えば天然悪く言えば抜けているところがある。適当に話を合わせておけばなんとか乗り切れー


「な訳ないよな〜。ん〜、なんか探してんのか?」


ーなんで!?なんで今日はそんな冴えてんの!?


「え?いや〜、その〜」

「ん!?お前スリッパはどうしたんだ?」


ーだからなんで!?なんでなの!?もー!!


「まさか、隠されーー」


深刻な顔になり、詰め寄ってくる。


「ち、違いますっ!!これはその…持ってくるのを忘れて…」

「スリッパをわざわざ持って帰ったのか?」


ー…もう知らないっ!どうにでもなれっ!!


「…洗いたかったので持って帰りました…」

「そうか…」


ーもうほんとのことを話そうかな。


「石川って綺麗好きだったんだな!」

「へ!?…そうそう、そうなんですよ〜!」


ーやっぱこの人いつも通りだー!!


「そうかそうか〜そうだったんだな〜うんうん、いいと思うぞ!…じゃあ僕は準備があるから。石川も頑張れよ〜」


そう言うと実験室に引き返してしまった。


ー何を頑張るんだ?


「…とりあえずスリッパ探し、かな…」


ほんと、心臓に悪い。


     ☆


捜索開始から40分。

私は北棟3階にある教室へと帰ってきていた。

高原先生にあった後北棟も探してみたが、見つからなかった。

これで学校中をさがしてみたことになる。

それでもないので私は最終手段をとることにした。

みゆきの得意気などや顔が目に浮かぶが、しょうがない。


「みゆきは……いた」


朝と何ら変わらない状態で惰眠をむさぼる物体に近付くと、その肩を軽くゆする。


「んん~?あ~、渚ちゃんおはよ~」

「…おはよう」

「どうしたの~」

「ちょっとこっち来て」

「はいはい~、渚ちゃんためならどこへでも~」


私はみゆきを踊り場に連れ出すと、


ぼすっ


「ぐふぅ!?」


私の無言の腹パンを受けたみゆきは大げさに踊り場に両手をつく。


「ううっ…ひどいよ渚ちゃん…」


その顔の前に、私はポケットから出して広げたルーズリーフを突きつける。


「人のスリッパを勝手に隠すからそうなるんだよ…ってそんな大げさに痛がるな!ちゃんと手加減したろ!?それじゃ私が暴力女みたい――」

「ひどいよ渚ちゃん!!そこは『どうした!?誰にやられたんだ!?この仇は私が必ず…!』でしょ!?…まったくノリが悪いんだから…」

「……」


――そっちかー!!てか仇って何!?私が殴ったのに!?自分を殴れと!?


「まあそれは置いといて、」


――置いとくの!?


「スリッパは見つかった?」

「それが、まだ……」

「んん~?もしかして渚ちゃんまだ見つけられてないのかにゃ~?…ぐふぉ!?」


想像通りのどや顔のみゆきにもう一発お見舞いする。

踊り場に転がるみゆき。


「うう~、ひどいよ渚ちゃん…」

「はいはい、この仇は必ず私が――」

「2発はさすがにひどいよ!!」

「……」


――そっちかー!!分かりづらっ!!


「…ヒント」

「ん?なになに、渚ちゃん?ヒント?ヒントが欲しいの?まったく渚ちゃんは甘えんぼさ―――きゃーっ!」


首に向かって伸びた私の手をかわしたみゆきは1つ上の踊り場に駆け上がる。


「ヒントは…『スリッパを隠すなら?』だよ!頑張ってね~!!」

「あ、ちょっと待って……もう…」


ヒントを言い残すと、みゆきは教室へと帰って行ってしまった。


――それ、ヒントになってなくない?


仕方がないので、もう一回最初から探そうと、歩き出す。


――スリッパを隠すなら?スリッパを………やっぱりどっかの隙間とか?それとも…ゴミ箱?…いや。さすがにそれはないだろ……ないよな……みゆきならしそうかも……


ぶつぶつつぶやきながら歩く、はたから見ると完全にやばい奴である渚を、他の生徒が怪訝な表情で避けていく。

そのことに彼女は全然気づいていない。


――どこだ?スリッパを隠すなら…隠すなら……あーもう!分かんない!!


急に頭をかきむしり始めた彼女に、近くにいた女子が慌てて距離をとる。


―――スリッパを隠すなら……スリッパの中?…でもそんなスリッパが集まってるところなんて…


「あーーっ!!」


―トイレだ!うちの学校のスリッパはトイレスリッパに似てなくもないし……間違いない!


トイレに向かって渚は駆け出した。

そしてそんな彼女は、実は自分が結構目立っていることにやっぱり気づいていないのだった。


     ☆


「ないじゃんか…」


あれから南、北棟6つのトイレを調べたけど、あったのは本物のトイレスリッパだけ。

掃除用具入れも探してみたけどどこにもない。

絶対ここだと思って期待していただけに、ショックも大きい。


ーいったいどこにあるの?他にスリッパがあるとこなんて……靴箱?でも靴箱は朝確認したし…他のクラスや学年のところに隠したのか?だとしたらもう探しようがない。


生徒たちが体育館へと移動を開始しているのだろう、騒がしい声が廊下から聞こえてくる。


ー私もそろそろ向かうとするかな


と、何かが引っかかるのを感じた私は、体育館に向かいかけた足を止める


ーえーと、今日の朝私が来たら私のスリッパがなくなってて、近くの人のところも確認したけどどこにもなかった。それで教室に行ったらみゆきが寝ていて…


「あーっ!!」


朝来た時には、みゆきの棚にはみゆきの名前のスリッパがちゃんと入ってた。

でもそのあとすぐに教室に行くと、スリッパを履いたみゆきがいた。と言うことはーー


ーみゆきが履いてたのは私のスリッパ!?


「みゆきーー!!!」


私は小さく叫ぶと、トイレを飛び出した。

向かう先はもちろん自分の教室だ。

降りてくる人を掻き分けながら階段を駆け上がる。

実際やってみるとわかるが、雑談に夢中でこっちを向いてないやつも多くて、これがなかなか進まない。

それに加えて借り物のスリッパが足を引っ張る。

それでもなんとか階段を登りきり、北棟3階廊下に出る。

ここらから最後のストレート。

人のいない廊下を全力疾走してー


「みゆきーー!!!……いない!?」


電気の消された教室には誰もおらず、ただ机と椅子が並ぶだけ。

どうやらみんな体育館に行ってしまったらしい。


「もう…」


鍵が開いていたのでついでに鍵をかけると教室を出る。

その時壁にかかっている時計を見ると、もう8時28分になっていた。


「ええっ!?…急がないと!!」


さっき苦労して上った時とは対照的に、今度は誰もいない廊下を駆け下りる。

空っぽの校舎にぺったんぺったん間抜けな音が騒々しく響く。

階段を降りてすぐのところにある靴箱を駆け抜けて…


「あった!!」


朝はぽっかり空いていた穴が、こんどは周りが空っぽな中でそこだけが埋まっていた。


「これは…私のスリッパ!!」


ー…あれ?なんで?私のはみゆきが履いてるから、ここにはみゆきのがあるはず…


「ん?」


急いで棚から引っ張り出した拍子に、一緒に入れられていたのだろうメモ帳ぐらいの大きさの紙が出てきた。


「……なるほど、そう言うことね」


開いた紙に書いてあったのは"こんぐらっちゅれーしよん!!"の文字。


ー……英語で書こうとしたけどスペルがわからなかったのね


つまりはこう言うことだろう。

私より先に来たみゆきが私のスリッパを履く

→私が登校する

→私が校舎を探している間に自分のものと入れ替え、手紙を入れる

→教室で素知らぬ顔で過ごす


「全く、これじゃ見つからないわけだよ…」


まんまとしてやられた気分だ。


ー探してる途中に隠し場所変えるなんて反則じゃない?そりゃそうすればいくらでも見つからないところに隠せるし…


って、そんなことしてる場合じゃない!

腕時計をみると、時刻はすでに29分を過ぎてーー


「嘘!?もう30秒しかないじゃん!」


慌てて履いていた来客用スリッパを自分の靴箱に押し込むと、しばらくぶりのスリッパに足を突っ込む。


ーこれだよこれ!このフィット感だよ!


なんて、履きなれたスリッパとの再会の感動に浸るのもそこそこに、靴箱を飛び出す。

この時私は急ぎながらも、頭の片隅では"みんな並ぶまで時間かかるだろうし、ちょっとぐらいなら遅れてもいいよね"なんて思っていた。

そう、あいつが現れるまではーー


「おらおら、チンタラ歩いてんじゃねぇよ!おいそこ!うるせぇ!喋んな!」


南棟を挟んで30メートルぐらい先、体育館の鉄扉の前で竹刀を持った1人の男が怒鳴っていた。

いや、吠えていたと言うべきか。


「っ!?なんでハゲ猿がいるの!?…急がないと!」

「ほら、早よ入れや!ちょっとでも遅れたら遅刻にするからな!」

「〜〜っ!!」


ーなにそれ意味わかんない!理不尽だよ!?…私1時間前に来てたんですけど!?


「じゅーう、きゅーう、はーち、…」

「〜〜っ!?」


ーなにそのカウントダウン!?めっちゃ怖いんですけど!?


全力疾走する私の横を南棟が通り過ぎて行く。


「なーな、ろーく、ごー、…」


ー待って!?てかカウントダウン早くない!?もっと、ね?もっとゆっくり…


「よーん」


扉まであと10メートル。


「さーん」


7メートル。


「にー」


3メートル。


「いち」


ーよし、間に合っーー


「ゼロ」

「んんっ!?」


体育館に滑り込もうとした瞬間、横から突き出された竹刀が遮断機よろしく私の進路を遮った。

急に止められた私はつんのめってこけそうになるが、ギリギリのところでなんとか体制を立て直した。


「〜〜つ!!危ないじゃないですか!!こけるとこでしたよ!?」

「うるさいわ!遅刻したお前が悪いんやろうが!」

「してないですよ!間に合ってました!しかも最後カウント早かったですよね?急に早くしましたよね?いちとゼロの間めっちゃ早かったですよね!?なんですか!?そんなに遅刻したことにして人に説教したいんですか?」

「ぐっ…んなことあるか!言い訳すんな!それに時間ちょうどは間に合ったとは言わん!」


ハゲ猿は竹刀を地面に叩きつけると、こっちを睨んでくる。


「ひっ!?」


ーくそぅ、なんでこんなことに…このままじゃ説教コース確定だよ…これも元はと言えば全部みゆきのせいじゃなーー


「あ〜、渚ちゃんお帰り〜。遅かったね〜」


突然ハゲ猿の後ろの鉄扉が開き、そこからひょこっと少女の頭がのぞく。


「…みゆきーー!!!」


それは他でもないみゆき本人だった。


「ああ!?」


私の声につられてハゲ猿も後ろを向く。


「なんだお前?…今遅刻の取り締まり中だ。関係ないやつはさっさと中入って始業式始まるの待っとけや」

「渚ちゃんは遅刻なんかしてないよ?」

「「へ!?」」


キョトンとした顔のみゆきに、私とハゲ猿の間抜けな返事が重なる。


「いや〜、今日私が日直だったんだけど、教室の鍵をかけ忘れちゃって〜。それで渚ちゃんが代わりにかけてくれてたんだ〜。だよね?ね?」


ーみゆき……お前は天使か!?


「う、うん、そうそう!そうなんですよ〜」

「本当か?」

「ええ、もちろん!ほら、鍵だってここに…」


つくづく自分の幸運と、鍵をちゃんとかけて来た人の良さに感謝だ。


「ふむ…本当か?」

「ほんとだよ〜」


諦め悪く、みゆきにも再確認したハゲ猿はしばらく考え込んでいる様子でーー


「チッ…早く入れ。騒いだりしたら許さんからな。」


ーやったー!勝った〜!


ハゲ猿の横を通り体育館に入ると、私たちは並んで自分たちの場所へと歩く。


ースキップでもしたい気分だ


「みゆき、ありがと。助かったよ〜」

「よかったね〜。私が渚ちゃんが遅れた理由の一部でもあるからね〜。当然のことをしたまでだよ〜」


ー全部じゃないの!?一部なの!?


「それもそうだなー。じゃあさっきの感謝は取り消しで。」

「ええっ!?ひどいよ渚ちゃん!」

「冗談だよ。ありがと。…そういえばなんで急にスリッパ探しなんて始めたの?」

「ん?それはね〜、友達の少ない渚ちゃんは始業式の前暇かな〜って思って…ごふぅ!?」


本日3発目を受けたみゆきは崩れ落ちる。


「余計なお世話!」

「うう…ひどいよ渚ちゃん…準備大変だったのに…朝起きるのがどれだけ辛かったか…」


ーああ、だからあんなに気持ち良さそうに寝てたのね


「で、どう?楽しかった?」

「ん……まあまあかな…」

「よかった〜。ん?渚ちゃんひょっとして照れてる?ねぇねぇ、照れてる?照れて…ちょっと待って!タイム!タイムだって!怖いから拳を握りしめて近づいてこないでよ!怖いから〜!」

「おりゃー!」

「うわーっ!」


ーーどうやら今年も、退屈しない年になりそうだ。



(おわり)











こんにちはさーにゃです。読んでいただいた方ありがとうございます。学園ものは初めてだったのですがいかがだったでしょうか?ー評価していただけると嬉しいです!ありがとうございました。

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