#4 「世界の守護者 シルドゥ」
女神プリティアと魔王エルガンの両者は、永劫に続く退屈を紛らわすための娯楽として、1つの世界を舞台にお互いの領地を増やす陣取りゲームを嗜んでいた。
お互いに割り振られた等分の力によって地上に存在するものを手駒として利用することで自らの支配領域を増やして行くというもので、その手法はそれぞれの性格によって大きく異なっている。
力押しを得意とする女神はそのリソースの全てを個人に注いで一点突破に特化させたのに対して、搦め手を得意とする魔王は分割した力の持ち主によって複数の領地を管理して均等化させていた。
圧倒的な力によって小細工の全てを薙ぎ払うのが先か、地盤を固めて敵意を封殺するのが先かの勝負は幾多もの激突の果て、魔王エルガンの勝利で幕を閉じることになる。
所詮は娯楽であるが故に、世界に与える影響はその存在を維持することを前提とした程度に留まるため、どちらが支配したとしても地上に住む者たちが己の意志で生きていく世界が継続することに変わりはない。
互いに勝敗という結果が出たというだけで済んでいれば、何の問題もなかった筈だった。
娯楽に興じることに入れ込み過ぎた故の反動と言うべきか。
よもや、敗北した側の女神が癇癪を起こし、赤子が玩具をひっくり返すような要領で盤面の世界を叩き割るような事態に発展するとは思いもよらなかった。
盤面の世界を含む全てを管理、守護する存在として君臨していたシルドゥは、その光景を目の当たりにした瞬間に思わず頭を抱えるしかなかった。
とりあえず事を起こした張本人とそれを止められなかった両者には、連帯責任という名目による長時間の説教を喰らわせたが、外が変わらの干渉によって壊れてしまった世界に対する根本的な対処を早急に実行しなければならない。
調査により、破片となった世界はその欠片単位でそれぞれが独自の理を有する世界として再構築されていることが分かり、同じ世界の内側に無数の並行世界を内包するという、奇妙な状態で成り立っていることが判明した。
しかし、"破片世界"と呼称したそれらは破片の大きさや内包する密度がバラバラであり、規模によっては維持すら難しいバランスで辛うじて成立しているものも多数存在していて、1つの世界の崩壊がその周囲を連鎖的に巻き込んでしまう可能性が高いことも分かったのである。
これを回避する為には外側ではなく、内側からの干渉によって破片世界同士を繋げ、少しずつ安定させていく必要があると結論付けた。
世界を新しく作り変えるにも等しい行いだったが、世界の崩壊を天秤に掛ければ選択の余地はない。
そしてその手段に関しては、両者が娯楽として興じていた陣取りゲームの要領で、自らの力を事に当たる存在へと付与することで実行できると考えた。
故にゲームの癇癪によって世界を崩壊させた罪に対する罰として、女神と魔王の両者に地上での手駒となる契約者を用意してもらい、破片世界を繋げられるタイミングを見計らって安定統合の為の作業を実施してもらう運びとなったのである。
そんな重要な案件の契約者として魔王エルガンに選ばれたのが堤納馬という少年であり、扉の出現によって魔王を介して作業を依頼したことでこの場、すなわち破片世界への扉の目前にその姿を現していた。
仕事を依頼する立場にある守護者としては、一言挨拶をするのは至極当然の対応だろうと、そう考えた。
「"破片世界"への誘いへようこそ、堤納馬くん。学業の方に滞りはないかな?」
「シルに家のことを任せられるようになって、ようやく落ち着いてきたところだよ」
「役に立っているのなら何よりだ。ハウスキーパーなんてやらせたこと無かったからちょっと心配だったんだけどね」
納馬はあくまでも、守護者である自分とは対等な立場であるという考えを貫いている。
次元の違う存在であることは確かだが、それが両者の関係性に影響するかと言われれば"お互い単に成り立ちが違うだけの"以上の意味合いを持たない違いに過ぎず、目的を依頼した立場とそれを遂行する立場が平等であるというのは極めて人間的な思考ではあるが、その点を指摘するつもりは特にない。
突出した能力を保有しているという訳ではないものの、彼は極めて冷静な判断の元行動できる人物であると理解しているし、事実としてこれまで何度か異世界に赴き、いくつかの破片世界を救うことで統合してきたという実績も持ち合わせている。
だからこそ彼からの条件は極力叶えているし、異世界に向かう度に家を開けてしまうは不安だという意見に対しても従者を生み出し、彼に仕えさせることでこれに対応してみせたのだ。
能力、性格、実績共に申し分ないと言うのが、納馬に対しての評価である。
不満な点があるとすれば、それはたった1つだ。
「とりあえず、あの仮面さえ何とかしてくれたらもっと大丈夫な気がするんだが」
「それは気のせいだな。だってカッコいいんだよ、仮面は」
それは自身も常に身に付けている仮面に対して、全く理解しないという美的感覚である。
守護者をイメージした盾をモチーフに自分で考えた意匠は、そのまま家紋として掲げても何ら恥ずかしくない出来栄えのものだ。
それを日中堂々と身に付けることに何の不満があるというのか。
「シル本人が凄く気まずそうにしてるんだよ」
「えぇ……そうは言っても、あの仮面は僕の従者を生み出す際の核になるものだから、デザインは変えられないんだけどなぁ」
従者として生み出したシルも彼の影響を受けてか、仮面を常に纏っていることに抵抗を感じている様子だというのなら、全く嘆かわしい限りである。
少しは守護者の従者として生まれたことに対して責任感や誇りを抱こうとは思わないのか、これは再教育が必要な案件かも知れない。
そんなことまで思考を巡らせていると、納馬は思いもよらない言葉を口にした。
「いや問題は見た目と言うより、仮面そのものなんだぞ?」
「またまた御冗談を」
「本気で言ってるらしい辺りが性質悪いよな、お前」
自分の美的感覚がおかしいと指摘しているというのだろうか。
まさか、そのようなことがある筈が無い。
何故なら仮面とはカッコいいものであり、つまり正義だと言うことだ。
正義に対してなんら引け目を感じる必要は無い筈で、故にそのことを曲げるつもりは毛頭ない。
が、しかし、ここまで食い下がってくる以上は向こうにも考えがあるということだし、そもそも正義の押し付けは要らぬ軋轢を生む要因になりかねないのだから、ここで我を通すことは得策では無いと思い直す。
「まぁどうしてもと言うなら……仕方ないけど、考えなくも無い……かな。でもなぁ……」
それはそれとして、やはり仮面は捨てがたいのだからどうしても未練を引きずってしまう。
すると見兼ねた納馬はため息を零すと、こちらの意思をくみ取ってくれたようで結論をこの場で求めることは無いと伝えてくれた。
「わかった、その話は後々じっくりと話し合うとしよう。今は香花たちの話だ」
「ん、そうだね。彼女は"白の扉"を"女神の鍵"で通過したよ。もちろんプリティアも一緒にね」
ここは思考を切り替えるべきところである。
こうして話をしている間にも、先行して異世界へ飛んだ二人は感情の赴くままに突っ走っているに違いないのだ。
いざと言う時のストッパーを用意して送り込んでおかなければ、何かが起きてからでは遅いのである。
「……毎度思うが、良くあの2人だけを先行して出発させられるよな」
至極もっともな指摘には、内心で同意し頷く他ない。
しかし視線を向けた時には扉の前に立ち、挨拶をしようとした時には既に扉が開き、後続の2人を待つよう制止しようとした時には既に扉の中へ飛び込んでいたのだからどうしようもなかったのだ。
向こう側にどのような世界が広がっているかすら分からないのに、よくもそこまで思い切り良く行動できるものである。
「脳筋と無鉄砲のコンビを止められる訳がないでしょ? よりによって何であの2人が契約しちゃったかなぁ……」
力押しを得意とするプリティアだけなら、何とか理屈で矛先を逸らしながらその動きにある程度の制限を掛けることが出来たろう。
しかし契約者である香花は日頃から感情に従って暴走する特性を持つ少女であり、それが力押しと合わさって常時暴走特急みたいな組み合わせになってしまったのである。
本来なら相反する性格の相方を付けてバランスを取ろうと画策するところだが、出会って即決で契約を結ぶというノンストップっぷりによってその目論みは完全に覆された。
当然ながら、制御不能な存在のかじ取りは残るもう一組に託すしか選択肢がないので、日頃より香花のブレーキ役として存在していた納馬が契約者の資格を有していると理解した瞬間、他の選択肢はあり得なかったのである。
「確かに香花とエルガンが組になれば少しは落ち着いただろうが、それだと俺のストレスが大変なことになるぞ」
「そこはほら、納馬くんの溢れ出る平凡オーラで包んでくれればそれで」
「そんなオーラを体得した覚えは無い」
これは少し言葉が過ぎただろうか。
憮然とした表情を見せる納馬に、これ以上の追求は藪蛇であると思い直し、話題を切り替えようとしたところでふと気付く。
納馬の他にもう1人、この場に居るべき存在が欠けていることに。
「あれ、そう言えばエルガンは?」
「あぁ、"守護者の長話が終わったら呼んで頂戴"って伝言を預かってるぞ」
酷い言われようであるが、恐らくは直接的な加害者でもないのに罰を与えたことを根に持っているのだろう。
連帯責任という方便こそ使いはしたが、その本質はプリティアだけに任せるとやり過ぎて暴走しそうな案件だったからこそ彼女も巻き込んだという点にある。
目付け役として関わって欲しいという思惑があったのは確かであり、それを見透かされていれば距離を置かれるのも仕方ないと言えるだろう。
しかしそれにしても顔を合わせることをしないどころか、従者のシルに対してもこき使っているらしい話を聞く度に、もう少し穏便な態度にしても良いのではと思わなくも無い。
ただ、この件に関しては契約者の納馬もエルガンの側を擁護する立場に付いている為、下手に突っつくと総攻撃を喰らいそうなので口にしないようにしていた。
それでなくても不安定な世界がいつ傾いてしまうか分からないというストレスに苛まれているのに、自分から負担を増やすような真似はしたくないのである。
「何か僕の扱いが雑過ぎない? 泣いちゃうよ?」
「俺たちが扉を通った後なら好きなだけ泣けるぞ、良かったな」
「追い打ち! ホントにクールだね君たちは!」
ひょっとして、平凡オーラなんて言葉を使ったことに怒っているのだろうか。
納馬は穏便さを保つためにある程度感情を押し殺した上で場を取り持とうとする癖がある分、言い過ぎてしまうと棘のある言葉で返してくる時がある。
ただでさえ尖ったメンバーが揃っている状況に於いて、そのまとめ役として機能できる人材は貴重だというのに、これは迂闊なことを口走ってしまっただろうか。
それでも何とか機嫌を直してもらうために取り繕おうとした、その後の対応が正しかったどうかは、正直なところ自身が無かったのである。