ゆる不和ライフ
信じられないかもしれないし、信じろと言う方がおかしい秘密がぼくにはある。
高校三年生の夏休み、所謂受験期。やりたいことなんて決まっていないけれど、とりあえず大学進学を目指していたぼくの進路判定はD。やばいなーなんて思いながら、自分の学力に限界を感じていたぼくは適当に指定校推薦で大学進学をすればいいや、なんて舐めた考えでオンラインゲームにはまっていた。ユーザーネームはルシファー。……ちなみに今は違うユーザーネームである。
『おめでとうございます!ランキング報酬の配布です!報酬受け取りはコチラから!』
あれ?普段はリンクなんてクリックしなくても報酬は受け取れるのにな、なんて思いながら、とにかく報酬欲しさにリンクをクリックした。すると、異世界の召喚陣の上にいた。うっそーん。こうして振り返るとマジで信じられない話である。
目の前にいたのは美少女魔導士。彼女曰く、魔王を倒すための特別な術式をしている最中にミスって異世界からぼくを召喚してしまったこと、その術式がぼくという存在と混じり合ってしまったから、魔王を倒すまでぼくを元の世界に戻すわけにはいかない、とのことだった。
「やってくれますよね!?お願いします!!お給料減っちゃうんです!!」
「でもぼく一般人だし……別に武道とかやったこともないし……」
「大丈夫です!!あなたの身体の中にある術式があれば!!魔王なんて触るだけで泡を吹いて倒れますよ!!大丈夫です!!怖くないですよ!!一部の魔族とは和解しててもうあとは魔王を倒すだけですから!!!!ほら!!怖くない!!」
彼女の説得に負けて、ぼくは異世界を旅した。数人でパーティーを組んで、ただひたすらレベリングの旅だ。術式を施されただけの一般人であるものの、ぼくは勇者と呼ばれた。ひょろひょろで筋肉がついてるわけでもないぼくだったので、尊敬されて勇者呼ばれているわけではなく、呼び名のようなものだった。ぼくの本当の名前をこの世界で使ってしまうと、この世界とぼくという存在が近づいてしまうから、という理由もあった。
彼女が言っていたことは嘘偽りなく、親切な魔族もいたし、そうでない魔族はお仲間の皆さんがやっつけた。仲間がやっつけるだけでぼくに経験値が入るので、魔王戦までぼくは一切戦わなかった。ゲームちっくなシステムのおかげで、全然怪我をしなかった。
で、魔王戦。魔王の城に辿り着いたのは3週間後のことだった。魔王は、ザ・オンラインゲームのラスボスです!みたいな強そうな外見だった。ぼく死なない?大丈夫?魔導士を見ると今にも漏れそうですみたいな顔してた。こいつガックガクじゃねーか、ぼく死にたくないんだけど。
「貴様が勇者か?ふん……弱そうな外見だな」
日焼けもしてない筋肉もついていないぼく。当然の感想である。
「我を倒そうなんて戯言、ふふっはははははは!!!!笑えるな!」
「い、いっちゃってくださいよぉー!!早く!!早く!!勇者様!!だいじょぶ!!私を信じて!!ね!?!?」
魔導士もしかして今にも漏れそうなのでは?そういえば、さっき緊張のせいでのどが渇くとか言ってがぶがぶ飲んでいたな。うーん、こいつのせいで緊張感がまるでない。隣にいる剣士が困った顔をしている。
残念すぎる、がつくとは言え女の子なので、恥ずかしい思いをさせないようにしてあげるべきか。ぼくはとりあえず走って、魔王の目の前に立つ。魔王はぼくに対して防御や攻撃はできない。そういう術式らしいが、チートすぎないだろうか。本来は術式を勇者の剣にかける予定だったらしい。本当の勇者が
「おらっ!!」
「なっ!?」
秘技・デコピン。ぼくは魔王を倒した!経験値をもらった!レベルが150上がった!
……本当にとんでもない術式である。こんな術式を施せるという時点で魔導士はとんでもなく優秀なのではないだろうか。
「はあー、お疲れ様です!勇者様!私お手洗い行ってきますね!!」
訂正。こいつは優秀でも人格に問題がある。間違いない。
魔王討伐後、最悪な第一声だったと思う。
まあ、とにもかくにも。その言葉とともに、ぼくの異世界での生活は終わりを告げた。あっけないものである。魔導士とは長い付き合い(一カ月にも満たないが)だったので、帰る時にはちょっとうるっとした。
元の世界に戻って真っ先にぼくがいなくなって家族が心配してるのでは、と慌てたが、なんと時間経過していなかった。デスクトップ型パソコンのディスプレイには、イベント報酬である『退魔の剣 Lv.15』が表示されていた。あっけないものである。とりあえず、武器にロックをかけた。「ユウマー!!ごはんよー!!」そんな母さんの声に返事をして、電源を落とす。帰還の儀式に血が必要だったから魔導士にナイフで薄く切られた親指の傷だけが、ぼくの冒険の証明だった。そんなものも、傷なので一カ月もしないうちに治ってしまった。
ちなみに魔王を倒しても内申が良くなるわけでも模試の結果が上がるわけもなく、適当に適当な大学進学をしたのであった。
あれから1年、みんな元気なのだろうか。魔導士がまたドジしていないといいが。ぼくはなんとか単位取得してます。