88・おっさん、ドラゴンの人化に成功する(二回目)
俺達は敵襲を片付けた後、リネア・ドラコ・俺の三人でギルドへと向かった。
「そ、それは本当のことなのか……っ?」
ギルマスに事情を説明すると、目を見開いて驚いていた。
「ああ。確かなことだ」
「魔族がイノイックに攻めてくるなんて……しかも相手は、ゾンビロードを複数体召喚出来るような魔族。そんなものが攻め込んできたら……」
慌てている様子が見えるギルマス。
王都ならば、騎士団やSランク冒険者を複数抱えており、魔族との『戦争』となっても、なんとか凌ぐことが出来るかもしれない。
しかし——イノイックは辺境の地。
騎士団なんてあるわけもない。Sランク冒険者もいない。
ろくな装備品もない。物資がない。
この状態で、どうやって魔族との戦争に備えろと言うのだろうか。
しかし。
「安心して欲しい、ギルマス。俺がなんとかして、イノイックを守ろうと思うからさ」
——本来なら、こんなことで前に出たくない。
しかし理想のスローライフを守るため、男には戦わなければならない時もある。
「おおぉ……さすが、おっさん神なんだな。心強い」
「そのおっさん神というのは止めてくれないか?」
「しかし、今回は魔族が相手だ。おっさん神でも、さすがに厳しい戦いになるのでは?」
「うーん、どうだろう。まあ別に俺だけが戦うわけじゃないから、なんとかなるかな」
そう言って、後ろを振り向く。
「わ、私も力になりますっ」
「わたしも戦うのだー!」
リネアがフライパンを持ち、ドラコも拳を突き上げて、戦いの意を示す。
「……まあ、とはいっても。ドラコはともかく、リネアに戦わせるつもりはないんだけどな」
「さ、三人だけっ? 大丈夫なのか?」
「まさか。ここには連れてきてないが、他にも協力者がいる」
ドラママとかだ。
ミドリちゃんも、話をしたら協力してくれそうだし。
なんせ、魔族に森を荒らされたらミドリちゃんも困るからな。
「おっさん神……人望があるみたいだな。その自信。千人くらいの私兵を抱えているということなのか?」
「そんなにいないからっ!」
「謙遜はしなくてもいいんだな。僕はおっさん神の力を、高く買っている」
ニヤリと笑みを浮かべるギルマス。
変な風に勘違いしているみたいだが、まあいっか。
「魔族が嘘を吐いていなければ——の前提だが、魔族は明日攻め込んでくる」
「明日なら、王都に救助要請をすることも困難だな……一応、しておくがイノイックに辿り着くのは、早くて一週間後になるだろう」
「だが、一週間もなにもしなかったら、確実にイノイックは滅びる」
「一週間も必要ないんだな。相手が魔族となっては、半日もあれば終わってしまう」
「そこで——明日の戦いに備えて、準備しようと思うんだ」
「準備?」
ギルマスが『?』マークを頭に浮かべる。
「物資の方は、ギルマスが手配して集めてくれるか?」
「それくらいお安いご用だ。それよりも、おっさん神」
「だから、その呼び方止めろって」
「物資の方はなんとかするが、おっさん神は今からなにをするつもりなんだな? 一日そこらで準備なんて出来ないと思うんだが」
「市壁を築こうと思っているんだ」
そう自分の考えを口にすると、
「市壁をっ? たった一日で、そんなの作れるわけないじゃないか」
「でもないよりはマシだろ?」
「そんな無駄なことをするくらいなら、明日に備えて休息を取った方がマシなんだと思うんだな」
「無駄かどうか。不可能かどうか——そんなのやってみなくちゃ分からない」
よし。
ここで言い争いをしていても仕方ない。
「ちょ、おっさん神! どこへ行く! もしかして、本当に市壁を——」
まだギルマスがなにかを喋っていたが、答えずにギルドを後にするのであった。
マイハウス前。
「さて……ドラママのことだが……」
ドラママを見上げてそう呟く。
《我で出来ることであれば、手伝うぞ》
ドラママがそう言ってくれるのは、素直に心強かった。
「今から市壁……イノイックを囲むようにして、壁を作ろうと思ってるんだ」
《成る程。そうすることによって、敵の行動を制限するつもりだな》
「そういうことだ」
《だが、たった一日で市壁を築くとな? いくら我の力をもってしても、そこまで出来ないんだが?》
「いや、ドラママには手伝ってもらうことはもらうが、全てを委ねようと思っていない」
腕が鳴る。
——DIYは家造りで慣れてきたしな。
市壁も同じようなものだと考えれば、パパッと作れるに違いない。
「今度は壁を作るのだー?」
ドラコが近くまで寄ってきて、俺の顔を見上げてきた。
「ああ。今度もドラコやリネアにも手伝ってもらうからな」
「任せてくださいっ。私、頑張りますからね!」
リネアも腕まくりをして、家造りの時以上のやる気を見せてくれる。
そんな白くて細い腕で、市壁造りを手伝わせて大丈夫だろうか?
と心配になるが、家造りでも大丈夫だったんだ。【スローライフ】でさり気ないフォローを入れてあげれば、リネアだって十分な戦力になる。
「……とはいってもだな、ドラママ。その姿のままじゃ、ろくに手伝えないだろ?」
《どういうことだ?》
ドラママがきょとんとした顔をする。
いや、ドラゴンなので感情が分かりにくいので、そこらへんはフィーリングだ。
「まず体が大きすぎる。ちょっと動いたら、なにかを壊してしまいそうだ」
《汝はレディになんてことを言うのだ》
白くて頑丈な鱗。
家一軒を軽々と呑み込めるくらいの体躯。
ちょっと誤って尻尾を動かせば、木はなぎ倒され、折角作った市壁が崩れてしまうかもしれない。
《むむむっ。そこは器用に体を動かすから大丈夫だ。こう見えて、我は器用なんだぞ?》
フンッと鼻から息を出すドラママ。
……あんまり器用そうには見えないけどな!
「それともう一つ。市壁を築くってことは、他の人にドラママの姿を見られてしまうかもしれない」
《ふむふむ?》
「いくらドラママが良いドラゴンだとしても、姿を見られたらパニックに陥るかもしれないだろ?」
魔族が攻めてくる前に、無用な混乱は避けたい。
《それもそうだな……だが、どうしようもならないんじゃないか?》
「それについては俺に考えがある。ちょっと失礼するぞ」
そう言って、俺はドラママの額に手の平を当てた。
固そうに見えるが、意外にすべすべしていて手が吸い込まれていくようだった。
「……ドラママが人間になって欲しい」
目を瞑り、強い願望を頭の中で念じる。
すると——ドラママが光を放ち、そのまま小さくなっていった。
光はやがて人型を形取る。
「むっ……? これはどういうことだ?」
人化したドラママが、自分の手や足を不思議そうに眺めた。
「それだったら、俺達の手伝いをしても不思議じゃないだろう」
もちろん、これは【スローライフ】の効果である。
成功するか分からなかったが、やってみるものだ。
ドラコに続いて。
ドラゴン人化第二弾成功!




