76・おっさん、星空の下でカレーを食す
「今晩はカレーだ」
星空の下。
そう宣言すると、周りから歓喜の声が上がる。
「やった! ブルーノさんのカレーが食べられるっ」
「カレーってなんなのか分からないが、美味しそうなのだー!」
「建てるマン! 建てるマン!」
家建てるマンもいたままだから、なかなか賑やかだな。
みんながガヤガヤしている中、俺はカレーの準備を始める。
夜にこうやって野外で調理して食べる、というのもなかなか粋なものだ。
「リネア。火を起こしといてくれるかな」
「任せてくださいっ!」
リネアがぴしっと敬礼する。
そこらへんでリネアは薪を集めてきて、その前で手を掲げた。
「ファイア!」
そう呟くと、薪に火が灯る。
「おかーさま、すごいのだー!」
「へへーん。どんなもんです」
リネアが得意気に鼻をならす。
リネアは元々魔法使いではない。
しかし——魔法の貯蔵量に優れているエルフという種族もあり、簡単な魔法なら使うことが出来るらしいのだ。
とはいっても、発火する・擦り傷の血を止める……といった具合のものらしいが。
それでも、魔法なんて全く使えない俺にとっては十分凄いと思う。
「俺も頑張らなくちゃな」
その間に、俺はじゃがいも、ニンジン。そしてたまねぎをまな板の上で細切れにしていく。
「おとーさま、すごいのだー!」
「え? なにがだ?」
ドラコが近寄ってきて、目をキラキラとさせていた。
「だって、それって剣なんでしょう? おとーさまの手が早すぎて、見えないのだ」
「ははは。これは剣じゃないよ。包丁と言ってね。食材を切るための道具なんだ」
「むむむ。わたし、難しいこと分からないよ」
手が早すぎて、見えない——って。
大袈裟だ。
だって俺の料理はあくまで『趣味』なんだから。
プロの料理人には全然劣るだろう。
さて……家建てるマンのも含めて、二十人前くらい用意すればいいか。
俺はそれだけの野菜を五秒で細切れにして、フライパンの上で炒める。
「わあ、おとーさますごい! まるでフライパンの上で食材がおどっているかのようなのだ」
「難しい言い回し知ってるんだな!」
末恐ろしい子だ。
そんな感じで野菜を炒めていると、
「クンクン。美味しそうな匂い」
「森の主——」
森の方から、匂いに釣られて森の主までやって来た。
「晩ご飯にカレーを作ってるんだ。良かったら、君も一緒にどうだい?」
「うん」
一人前追加だ。
さて。お次は寸胴鍋の中に水とコンソメを入れぐつぐつと煮込み、その間にフライパンの上でカレーのルーを作る。
そしてそれらと細切れにした野菜を、一緒くたにして煮込み——カレーが完成したのだ。
「お待たせ!」
お皿にカレーとご飯を盛りつけ、みんなの前に出す。
ちなみに……カレーと白ご飯を一緒にして食べるのは、あまり一般的な文化ではない。
しかし、昔勇者パーティーとして旅をしていた時、そういう文化もあると聞き試してみたのだ。
するとカレーとご飯が絶妙にマッチし、いくらでも口にすることが出来た。
今回はそれをみんなにも味わって欲しかったのだ。
「「「いただきます!」」」
「「「建てるマン!」」」
手を合わせてから、がっつくようにして皆がカレーを食べ出した。
俺も食べさせてもらおうか。
そこらへんの丸太の上に腰を下ろし、スプーンでカレーのルーをすくい上げる。
そしてそれをご飯の上にかけ、一緒にしてパクッと口に入れた。
「う、旨い……!」
ふむ。我ながら、なかなかの腕前である。
カレーのスパイスはそれ程入れていないので、ほんのり辛みが感じられるくらいだ。農園で育てた野菜も新鮮で美味しく、よく火が通っている。
白ご飯との相性もばっちり。ご飯を口に運ぶ手が止められない!
「美味しいです!」
「旨いのだー! カレーというものは、旨いのだなー!」
リネアもドラコも笑顔になりながら、カレーを頬張っている。
「建てるマン!」
家建てるマンも嬉しそうに、お代わりを要求する。
「美味しい……こんなの、今まで食べたことがなかった」
どうやら、森の主の口にも合ってくれたらしい。
「この野菜はどこで……?」
「ここだな。俺が作ったんだ」
「とても新鮮で瑞々しい。このじゃがいもとかニンジンを作るには、相当手間をかけたんじゃ?」
「ああ。愛情込めて、育てたんだ」
手間 = かけた時間。
という風に定義するなら、一日もかかってないので大したことがないだろう。
しかし俺が作った野菜達には、他よりも愛情がたっぷり込められているので、相対的には『手間がかかった』と表現していいに違いない。
「それにしても……これぞまさにスローライフだよな……」
DIYをして。
星空の下でカレーを食べる。
スローライフにおいて、自然とは切っても切れない関係にある。
なので木を伐採したとしても、すぐに苗木を植えて育ててあげる。
つまり俺は——自然と共存しながら、上手くスローライフをしているのだ。
これ以上の幸せがどこにあろうというのか!
「それにしても……森の主、森の主っていう呼び方はなんか素っ気ないよな」
「ん?」
森の主がパクッとカレーを口に入れて、小首を傾げる。
「名前とかないのかな?」
「ひゃまえ……ひょんなほのは、ははひにはい」
スプーンをくわえたまま、森の主がそう言う。
……名前はない、って言ってるのかな? ニュアンス的に。
「うーん……森、緑色、緑……そうだ。ミドリちゃんって呼んでいいかな」
「ふひにひょへばいい」
「スプーンを口から離そうな」
森の主——ミドリちゃん。
俺のスローライフにまた新しい仲間が出来た。
「ミドリちゃん、よろしくです!」
「おともだちなのだー!」
うん。リネアとドラコも歓迎してくれている。
——カレーは寸胴鍋いっぱいに作ってあったが、みんながお代わりするものだからあっという間になくなってしまった。
「今日はお開きだな」
そう告げると、家建てるマンがポンッと音を立てて消滅した。
「家建てるマンっ?」
《慌てなくても大丈夫よ。また明日、家建てたいなって思ったら出てくるから》
急に消えるものだから、ビックリするじゃないか。
「じゃあミドリちゃんもまた明日」
「うん」
ミドリちゃんが手を振って、森へ帰っていった。
「さて……俺達は寝るとするか」
「どこで寝るのだー?」
「とりあえず新居が出来るまでは、小屋の中だよ」
少し狭いけど、寝るだけなんだし問題ないだろう。
俺とリネア、そしてドラコと小屋に行き同じ布団の中で横になる。
「ぬくぬくなのだー」
ドラコが布団の中で、体を寄りそってきた。
「こうして三人で雑魚寝していると、本当の家族みたいだな」
「そうですね……私、こんな日常が幸せです」
暗くてよく見えないが、この時のリネアはきっと笑っていただろう。
「すー、すー……」
ドラコの寝息が聞こえる。
どうやら、もう眠ってしまったらしい。
「俺達もそろそろ寝るか……」
「はい」
三人で体をくっつき合ってるので、体がポカポカして温かい。
おかげで、すぐに寝付くことが出来た。




