62・おっさん、魔族を収穫する
なんということだ。
いくらリネアが俺とは違い若かったとしても、これだけ作業が続けば腰を痛めてしまうだろう。
それなのに、俺は一人だけ休憩も挟んだりして……。
「ごめん、リネア。気が付かなかった」
「いえいえ! でも腰が超痛いんで、さっきの私みたいにさすってくれませんか?」
「俺で良かったら」
リネアが後ろを向いて、お尻を突き出すような形を取る。
さて、尻を……じゃなくて、腰を撫でてあげようか。
……変態親父の考えになってきてるな。
腰に手を当て、すりすりすり。
「はぅわぁ——」
惚けたような声を出すリネア。
「どうだ。気持ちいいか?」
「は、はぁい。出来ればずっとこうしていて欲しいですぅ」
すりすりすり。
さて、こんなもんで良いだろう。
「俺も撫でている間に腰の痛みがなくなってきたよ」
「私はまだまだ元気いっぱいですよー」
少し寄り道してしまった感じもあるが、野菜の収穫を再開しよう。
それにしても……。
「なんか野菜が抜けにくくないか?」
特にじゃがいもとかさつまいも。
「確かにそうですね……固いような気がします。まるで地面の下でなにかが絡まっているみたいです……」
どうやらリネアも同じことを考えていたらしい。
抜けにくいから力を強くする。結果的に二人とも腰を痛めてしまったのか。
「なんだろう。地面の下になにかあるのかな?」
「ブルーノさん! こっちのじゃがいも抜けにくいんで、手伝ってくれませんか?」
リネアが少し離れたところで、両手でじゃがいもの葉を掴んで引っこ抜こうとしている。
しかしいくら力を入れても、それは微動だにしていなかった。
「おう、分かった」
俺はリネアの腰を掴む。
「いくぞ——せーの!」
力を入れて一気に引っこ抜こうとする。
「うんしょ、うんしょっ!」
リネアも頑張ってくれている。
うーん、昔似たようなことがあった気がする。
そうだ。あれはマリーちゃんと釣りをしていた時だ。
大物がかかって、マリーちゃんと一緒に釣り竿を引っ張ったのだ。
結果的にその先に付いていたのは——。
「わあっ!」
引っこ抜けたためか、勢いあまって二人とも地面に尻餅を付けてしまう。
「痛たたた……一体、どんな大きなじゃがいもが実ってたんだ?」
尻をさすりながら、前を見る。
「え、え、え? ブルーノさん? これなんですか!」
リネアがそれを見て慌てたように声を出す。
彼女を慌てるのも無理はない。
何故なら、引っこ抜いたじゃがいもにはじゃがいもだけではなく——。
「い、一体なにが起こったんだ!」
そいつから声が発せられる。
「きょ、巨大モグラ?」
そうなのだ。
じゃがいもと一緒に全長八十センチ程のモグラを引っこ抜いてしまったのだ。
……俺とうとう、生き物も収穫しちゃいましたか?
「お、お前はなんだ?」
モグラ……モグラだと思う。
モグラにしてはかなり大きい。小さな子どもくらいの大きさはあるぞ。
しかもそのモグラは二本足で立ち上がって、
「それはこっちの台詞だぃ! オレを一体どうするつもりなんだ、こんちくしょー!」
「しかも普通に喋ってるし……」
ただこのモグラ、じゃがいもの根に絡まっているせいでろくに動けないように見えた。
「とにかく、これを解け! オレを舐めちゃ、叩くぞコラー!」
「あっ、はい」
モグラの体に絡まっているじゃがいもを、一つ一つ丁寧に取って上げる。
その間にも「こんちくしょー!」「こそばいじゃないか!」「もっと優しく!」「それは優しすぎる!」とわめいていたが。
そしてやっとのことでモグラに絡まっていたじゃがいもを取ることが出来た。
「さて……そこのモグラ。お前、モグラだよな?」
「モグラじゃない! オレは誇り高き魔族——サウザンド・アビス・エンペラーだ!」
「魔族!」
魔族という言葉が出て、ついつい身構えてしまう。
モンスターと魔族は基本的に似たような存在だと思ってもらって良い。
しかし知性がろくにないモンスターとは違って、魔族は独自の文明を築いていたり、人間顔負けの知性を備えているものが多い。
さらに魔族はそこらへんのモンスターよりも遙かに強い力を持ち、一体で国を滅ぼす——とも言われている邪悪な存在なのである。
本来なら、目の前のサウザンド・アビス・エンペラーがそう名乗った時点で、臨戦態勢を取らなければならない。
だが……。
「なんか全く強そうに見えないんだよな」
「なぁに! オレを舐めてたら、叩くぞコラ!」
自称魔族のサウザンド・アビス・エンペラー……いや、もう長いからモグラでいいや……がぴょんぴょんと飛び跳ねる。
どうやら怒っているっぽい。
「可愛いです!」
「ちょ、ちょっと!」
リネアが臆せず、前に出てモグラを抱き上げた。
「うわぁ、毛がとってもふさふさで、しかもちっちゃくて可愛い〜」
「お、お前! なにしやがんだ! オレを舐めてたら、叩くぞコラ!」
「こんなにちっちゃいのに、口が悪いところも可愛い〜」
幸せそうな顔をしてリネアがモグラをぎゅーっと抱きしめる。
「や、止めろ!」
リネアから逃げようとするが、ほっぺとほっぺですりすりされてモグラが逃げられなくなる。
「……で、そのモグラがどうしてじゃがいもに絡まっていたんだ?」
「モグラじゃない! サウザンド・アビス・エンペラーだ!」
抱擁されたままのモグラに質問すると、少し怒ったようにして、
「それはオレも分からん! ってか地面ですいすい気持ちよく泳いでいたら、突然じゃがいもがオレに絡まってきたんだ! もしかして、お前がやったのか? おっ?」
と眉間に皺を寄せて言った。
口は悪いが、声は子どもみたいに愛くるしい感じなので、全くビビる要素がない。
「うーん……まあ俺が育てたじゃがいもであることには間違いないが」
「な、なんだとコラ? お前、オレに喧嘩売んのか? ——って離せ−!」
「キャッ!」
モグラがリネアの腕の中で暴れて、トンと地面に着地した。
「お前——オレはサウザンド・アビス・エンペラーだぞ。まだまだ子どもだが、強いんだぞ、おっ? 魔族の力、見せてやんよ。そして叩いてやんよ」
「な、なに? 俺と戦うつもりか?」
「ククク……覚悟しろよ。今から謝っても遅いんだからな、おっ?」
構えるモグラ。
……こんな見た目であるが、一応魔族なのだ。強大な力を持っているかもしれない。
と俺の方も体勢を低くしていると、
「こら! そんな汚い言葉、使っちゃいけないでしょ!」
「うおっ!」
後ろからモグラの首根っこを掴んだリネア。
そのまま持ち上げて、モグラをぎゅーっと抱きしめ直した。
「やっぱり気持ちいいです〜」
「や、止めろ! ……クッ! 土の中じゃないと力が出ない! クソッ! 離せ、コラ!」
……どうやら、地上に出てしまっているモグラはそれ程脅威じゃないらしい。




