51・収穫したものでおやつを作る
「お腹が減ったわぁ」
家に入るなり開口一番。
ベラミは椅子に腰を下ろしながら、そう言った。
「お前、いきなり来てそれかよ……」
「そうよ。あなたがいなくなってから、ろくな料理を食べていないからね。そもそもパーティーから離れて、あなたのとこにやって来たのも美味しい料理を食べたかったから」
「食い物目当てかよ!」
まあ大体分かっていたことだ。
戦力としてはお荷物だった俺を訪ねてくるとなったら、唯一の特技であった料理くらいしか考えられないからだ。
「ったく……ちょっと待ってろよ」
昼ご飯食べたばっかなのによ。
俺はエプロンを着けて、台所へと向かった。
「さて……まあおやつで良いだろう」
それだったら、お腹一杯であろうリネア達も食べることが出来るだろう。
俺は余っていたじゃがいもを手に取って、包丁でスライスし始めた。
「私はリネアと申します」
食卓の方からリネア達の声が聞こえる。
「ああ、そう。アタシはベラミと言うわ……それより、あなたその耳エルフ?」
「ええ。それがなにか?」
「エルフといったら、美男美女揃いだと聞くわ。ちょっとほっぺを触らせてもらうわね」
「は、はい——ひゃっ! そんな触り方しないでください!」
「どうして?」
「だって……触られた瞬間、体の力抜けるような気がして……」
包丁を動かしたままで、耳だけを傾ける。
トントン。
スライスしたじゃがいもを次は油で揚げる。
「そんなことないわ。ただ普通に触っただけよ」
ベラミが口角を釣り上げる光景。それがありありと頭に浮かぶ。
昔から彼女に触られると、そんなぞくぞくとしたような脱力してしまうような感覚に襲われていた。
ソフトタッチすぎるのだ。
「オレはディック!」
「マリーはマリーなの!」
「子どもには興味ないわ」
ディックとマリーちゃんとも仲良く(?)しているみたいだ。
さて、料理の方も完成した。
油を切って皿に盛りつけて、食卓へと戻る。
「お待たせ!」
お皿に盛りつけられたそれを見て、ベラミが目を丸くする。
「これは? 見たことのない料理に見えるけど?」
「ああ、これはじゃがいもを薄切りにして、油で揚げて軽く塩をかけたものだ。おやつだから、リネア達も食べてみたらいい」
初めて見るおやつからなのだろうか。
マリーちゃんもテーブルから身を乗り出し、興味津々に顔を近付ける。
「相変わらず、変な料理も知ってるのね」
ひょいっと、一つまみしてベラミが。
「まあ、あなたの料理で不味いものはなかったから信頼するけど……いただきます」
パクッ。
それを口に入れて、モグモグと口を動かす。
「……! 美味しい! これ、本当じゃがいもなの?」
「ああ」
それは勇者パーティーにいた頃。
たまたま立ち寄った村で見かけたおやつだ。
その時、俺以外のほかのみんなは興味がなさそうだったが、俺だけ密かに作り方を教えてもらっていた。
初めて作ったわけだが、上手くいって良かった。
レシピの記憶も曖昧だったが、細かいところはまるで勝手に手が動いているようになって完成まで辿り着いた。
「美味しいの! いくらでもパクパクいけるの!」
「癖になりそうな味ですね……でもちょっと太りそう……ブルーノさん。これなんていうおやつなんですか?」
「んー、確か『ポテトスライス』って言ったけな?」
俺もポテトスライスを口に運ぶ。
うん、旨い。
「でも塩使ってるせいか喉が渇くな……ちょっと紅茶でも入れてくるよ」
台所へと戻り、冷えた紅茶をコップに入れて食卓のテーブルに置く。
「よし、優雅なティーパーティーだ」
パクパク。
サクサク。
もの凄い勢いで皿にあったポテトスライスがなくなっていく。
「おっちゃん! お代わりなの!」
「アタシももっと食べたいわ。お願い、早くして」
マリーちゃんとベラミが、口にポテトスライスの破片を付けながらそうお皿を差し出してくる。
「おう、ちょっと待ってろよ」
そんだけ美味しく召し上がってくれると、作る甲斐があるというものだ。
俺は再度、台所へと戻りじゃがいもを手に取る。
「なんかさっきから台所と食卓を往復しているな……」
それにしても、また一から作るとなると完成まで二十分くらいはかかるかもしれない。
うーんどうしたものか、と頭を悩ませていると、
《【スローライフ】をもっと使えばいいじゃない。まあ、とっくに使ってるからそのヘンテコなおやつがうろ覚えでも作れたんだけどね》
「(やっぱり【スローライフ】か)」
《わたしとしては、こんな使い方してもらいたくないけど。どうせなら、状態異常『魅了』を付与したおやつを作ればいいじゃないの》
「(そんなの誰に食べさせるんだ)」
《あのベラミって子よ。なんかさっきから、あんたのことを召使いかなにかと思っている節があるじゃないの》
「(うーん、そうか?)」
よく分からん。
勇者パーティーにいる頃からこんなことさせられてたし。
その中でもベラミはとびっきりのワガママ娘だったし、今更どうも思わない。
「(まあとにかく作るか)」
頭を空っぽの状態にする。
「ポテトスライスを作りたい」という熱い気持ちと、周りが見えなくなるくらいの集中力を両立させなければならないのだ。
すると——まな板に置かれたじゃがいもが勝手に薄切りになり、どんっとまな板を叩くだけで一人でに油の入った鍋へとダイブし、バチバチバチッともの凄い音を立てたと思ったら、既にポテトスライスが完成していた。
「出来たぞ」
「あら、早かったじゃない? 台所に行ってから三十秒くらいしか経ってないわよ」
「ああ、本気を出したらこれくらいでいけるんだ」
「ふーん、そんなもんなの」
黄金色に輝くポテトスライス。それが盛りつけられたお皿をテーブルに置く。
「どんどん食べてくれ」
そう言うと——今度はゆっくりとした手つきで、みんながポテトスライスを口にし出した。
ふう、やっと落ち着いてきたかな。
「それで——ベラミ。俺をパーティーに戻しに来たとか言ってたが、どういうつもりだ?」
頃合いを見て、ベラミに質問する。
するとベラミは二本の指でポテトスライスを掴んだまま、
「あなたがいなくなってから、パーティーがギスギスし出したのよ」
そう言って、パクッとポテトスライスを口に放り込んだ。
「ギスギス?」
「ええ。ちょっとしたことで喧嘩して、悪い雰囲気になって気持ちよく戦うこともままならない。ライオネルはいつも空腹でイライラしてるし、ジェイクも——どうしたら良いか分からないんでしょうね——常にピリピリしているわ」
「そうなのか?」
だが、どうしてそんなことになっているんだろう。
俺というお邪魔がいなくなって、清々したしたんじゃないだろうか。
「それもこれも——あなたが抜けたせいよ」
「なあ、ベラミ。どうして俺が抜けただけでそんなことになってるんだ」
「さあ……まあ、あなたは不満の捌け口みたいなところがあったしね。パーティーの料理番も兼ね備えていたし」
「コック雇えばいい、とか言ってたじゃないか」
「最低限自分の身を守れる程度のコック——ってなると、なかなか見つからないでしょう」
まあ確かに。
もちろん、世の中には戦闘スキルを兼ね備えたコックというのも、数少ないが存在する。
勇者パーティーからの勧誘となったら、すぐに集まってくると思ったんだけどな。
どうやら、そういうことになってないらしい。
「ブ、ブルーノさんが不満の捌け口っ? いくらブルーノさんが聞き上手の良い人だからって、それはあんまりじゃないですか!」
バンッ!
リネアがテーブルを叩いて、若干怒ったようにして立ち上がった。




