46・おっさん、悪徳商人と対峙する
「商人?」
「ああ。定期的に王都からやって来る商人だよ。あの人なら、貴族のツテもあると思うから大丈夫だよ」
だんだん話が大きくなってきた。
それにしても王都か……。
まあ勇者パーティーの荷物番だったので気付かれないと思うが、万が一顔を知られていたら面倒臭い。
「いや……そこまでしてくれなくても——」
「決まりだね! 知り合いの商人は三日後に来ると思うから! その人に頼んでみるよ!」
「だから良い——」
断ろうにも、カリンが話を強引に進めるせいで割って入ることが出来ない。
——まあいっか。
折角、商人を紹介してくれるっていうんだしな。
騎士団のアシュリーも俺のこと知らなかったみたいだし、きっと大丈夫だろう。
「……カリン様」
カリンが一人で勝手に盛り上がっていると。
売り場の方から一人の従業員がこちらに顔を出した。
「ん? なんだい。今は大事な話し合いをしているんだけど……」
「す、すいません。でも今、王都の商人っていう言葉が聞こえたものですから……」
その従業員はおずおずとした印象を受ける女の子だ。
レンズの大きいメガネをかけており、三つ編みでおとなしそうな子ではあるが、カリンに負けず劣らずといった感じの美少女。
この店って可愛い子ばっかなんだなっ?
まあリネアが一番可愛いが。
もう一度言う。
リネアが一番可愛いが。
「そうだよ! このブルーノさんは素晴らしいワインを持ってきてくれてね! でも……あたいの店には置けないから、クライドさんを紹介しようと思って!」
話を聞くに、その王都からやって来る商人の名は『クライド』っていうみたいだな。
「……カリン様はあの人のことを信頼していると思いますが、私はとてもそうは思えなくて」
「ん? なんでだい?」
「だ、だから前から何度も申し上げていますが! あの人はこっちの足下を見て、不当に安い値段で商品を買うじゃないですか! そんな人を紹介するなんて……」
「えーっ? 考えすぎだよ。こちらが余らしてしまった食材を買ってくれてるじゃないか。ちょっと安いかもしれないけど、運搬費とか色々かかるみたいだよ?」
「カリン様は人が良すぎなのです!」
その従業員が必死に止めているものの、カリンは頭上に『?』マークを浮かべている。
従業員の方を信じると、そのクライドってヤツの評判は悪いらしい。
まあカリンはとても良い子だと思うけど、真っ直ぐすぎて悪い人に騙されそうだしな。
きっとその従業員の言っていることの方が正しそうだ。
「だからイーリスが考えすぎだって」
「カリン様が浅はかすぎなんです!」
「浅はかってなんなのさっ? どういう意味なのさ!」
「バカっていう意味です!」
「バ、バカ! もう一度言ってみな!」
いつの間にか、二人の口論は激しくなっていった。
「ちょ、ちょっと待てって。落ち着けって」
二人の間に割って入る。
一体……俺はなにをしてんだ。
「え、えーっとイーリスさん? っていうのかな。俺の方なら大丈夫だから」
「どういうことですか?」
メガネの従業員——イーリスが首を傾げる。
相手が悪徳商人であっても、心配はいらない。
だって、安く買いたたかれても困らないんだから。
「うーん、まあとにかく大丈夫だから!」
「そんなのいけません! 私もその交渉に付いていきますからね! あのクライドとかいうクソボケ商人の被害者を、これ以上作りたくありません!」
「イーリスが行くなら、あたいも行くよ!」
おいおい、勝手に話を進めるな。
カリンもカリンだが、このイーリスって子もなかなかの直情型だ。
「まあいっか……なんとかなるだろう」
頭を掻く。
三日後、商人クライドとの交渉が無難に終わればいいんだけどな。
この時の俺、そんな風に気楽に構えていた。
◆ ◆
三日後……。
商人クライドとの交渉はカリンの店の中で行われることになった。
どうせ三人で交渉のテーブルにつくなら……ということで、カリンが場所を提供してくれたのだ。
入り口の扉に『今日はお休みだよ!』と書かれた看板が掲げられている。
「カリン様は黙っておいてくださいね!」
「それはアタイの台詞だよ!」
ふんっ、と二人は顔を背けたりする。
本当に大丈夫だろうか……。
俺を挟んでぷんすかと怒っている両隣の二人に不安を覚えていると、
「遅くなってすいません」
と一人の男が俺達の前に姿を現した。
「ああ! クライドさん! 久しぶりだねー」
「いえいえ……今日はどんな食材を売ってくれるんですか?」
商人——クライドはまだなにも言われていないのに、椅子を引いて対面に座った。
ニコニコと笑みを浮かべているものの、目の奥は笑っていないように見えた。
「今日はアタイじゃないのさ! この隣にいるブルーノさんが、あんたに売りたいものがあるってね!」
そう言って、カリンはパンパンと俺の背中を叩いた。
「ほお……その方が……」
観察するようにして目を細めて、視線を俺の方へやるクライド。
しかしすぐにニコッと笑みを浮かべ、
「はじめまして、クライドと申します。それで……今日はなにを売りたいんですか?」
おっ、早速本題に入ったみたいだな。
「はい——それなんですけど」
俺はリュックからワインを五本取り出す。
一本だけじゃなんかカッコが付かなかったので、この三日の間に四本追加して作ったのだ。
ここまで持ってくるのが重かった。
「ほう——このワインは」
そのうちの一本を持ち、顎を手で撫でながら注意深くクライドはそれを観察した。
「どうだい? クライドさんなら、そのワインの値打ちが分かるだろう? 貴族とのパイプがあるクライドさんなら、すぐに売りさばけるはずだ」
カリンも興味があるのが、身を乗り出してクライドに顔を近付ける。
隣で従業員のイーリスが、ぎゅーっとカリンの服の裾を持って止めようとしているが、そんなのお構いなしだ。
「ふう……そうですね」
しばらくして、クライドはそう息を吐いてから、
「素晴らしいワインです。この香り……色合い……さぞ作るのに手間と時間、そして技術を要したでしょうね。大したものです」
「そうだろそうだろ! やっぱりさすがクライドさんだね。それで……そのワインをいくらで買い取ってくれるんだい?」
いくらで売れてもカリンは関係のないはずなのに。
まるで自分のことのように瞳をキラキラさせて、クライドにそう尋ねた。
俺としては値段は関係ないんだがな……。
クライドはテーブルの上で手を組んで、ニコニコ笑顔のまま、
「……残念ですが、これを僕が買い取ることは出来ませんね」
と淡々と述べた。
「え、えーっ! それはどういうことだい!」
「クライドさん! それはないでしょう!」
俺が突っ込む前に、カリンとイーリスの二人が立ち上がって、クライドに詰め寄った。
「どういうこともなにも……そのままの意味なんですがね」
クライドさんは余裕に満ちた笑みを崩さないまま、そう続けた。
「良いですか? これは最高級のワインです。300万ベリスはくだらないでしょう」
「だったら——」
「ですが、ブランド力がない」
「ブランド力?」
カリンが『?』を頭に浮かべ、首を傾げた。
「はい。このワインがどれだけ素晴らしくても、それだけで300万ベリス以上ものお金を払う貴族がどこにいますか? これが有名なワイン職人が作ったとなれば話は別ですが……失礼ですが、これを作った方のお名前は?」
「俺か? 俺にはおっさんで十分だ」
「ほうら、僕でも聞いたことがない。そういうことです。名も知れぬ職人が作ったワインに高い金を払う酔狂な人はいない。そういうことなのです」
うむ、クライドの言っていることは当然のことのように思える。
上から目線の台詞が、どうしても引っ掛かるが。
「ほえぇ〜、確かにそうかもしれないね」
カリンはクライドの言葉で納得したのか、既におとなしく席に着いている。
だが。
「だからといって! そこをなんとかするのがあなた達、商人の力でしょう!」
イーリスは引き下がらず、クライドに食ってかかった。




