33・おっさん、ギルマスに詰め寄る
ギルドマスターが憤慨する。
周りの職員の反応を見る限り、どうやらこいつの言ってることは嘘じゃないっぽい。
「……まあいいでしょう」
まあ数は少ないとはいえ、世襲で無能なヤツがギルドマスターを引き継ぐ場合もある。
きっとこいつもその類だろう。
だが、今はそんなことを突っ込んでいる場合じゃない。
「今日、来たのは——どうして、リネアが指名手配になっているのか? そのことについてです」
そう尋ねると、ギルドマスターは「はっ!」と笑い、
「決まっているんだな。そういう依頼があったからだ」
「依頼?」
「ああ。三日前くらいかな——フードを被った男が二人来て、こう言ったんだ」
それから、とつとつとギルドマスターは経緯を説明し始めた。
怪しい二人組の男のギルドを訪れてきた。
そいつ等が言うに、
『王都で犯罪を犯したエルフが、この辺りまで逃げてきた。もし見つけたら、多額の報酬を払うから捕まえてくれ』
と言ったらしい。
どんな犯罪を犯したのかについて聞いても、男は口を濁すばかり。
本来なら、こんな怪しい依頼は突っぱねるところではあったが、二人組の男が出した報酬は確かに相場以上で高額であった。
「だから……渋々、指名手配の張り紙を作って、今日提示した……ということなんだな」
「成る程な」
しかし、その二人組の男というのは誰なんだろう?
もちろん、リネアが犯罪なんて犯すわけがない。
顎の無精髭を手でジョリジョリしながら、考えていると、
「フ、フードを被った二人組の男……その男達はもしかしたら、魔法使いじゃないんですかっ?」
とリネアが切羽詰まったような顔で、ギルドマスターに詰め寄った。
「うーん? ああ、そういえば身に付けている装備品からは魔法使いっぽかったんだな。でもそれがなにか……?」
「やっぱり……」
リネアが暗い顔になる。
「リネア。誰か心当たりがあるのか?」
「きっとその二人は逃げた私を追いかけてきた人達です……」
ああ——。
リネアがあまりにも辺境の地でスローライフを楽しんでいるものだから忘れそうになるが、元々リネアは人間達から逃げてきたのだ。
その人間とは、エルフ——リネアが内包している魔力に目を付けた悪いヤツ等のことだ。
「それだったら辻褄が合うな……」
つまり……。
『自分達では見つからなかったから、ギルドに依頼することにした』
ということだだろう。
「むむむっ。逃げてきた? やっぱりお前は犯罪者だったのか?」
ギルドマスターのリネアを見る目が鋭くなる。
「いや、実は……」
俺はギルドマスターに事の経緯を説明する。
すると、ギルドマスターは納得したように何度か頷き、
「成る程……だからあの二人組の男。依頼書を出したらさっさと逃げていったのか」
昔、人間とエルフの間には平和条約が結ばれた。
そのため、エルフを実験目的で捕獲・監禁するなど——あってはならないことだ。
もし見つかれば、国の法律で裁かれ、結構重い罪が科されることになるだろう。
「俺の話を信じてくれるんですか?」
「むむ。怪しい二人組の男と、英雄の話。どっちを信じるかと言われると——答えるだけ愚問なんだな」
この男。
デブだが、話は分かる男らしい。
「その二人組の男は?」
「しばらくイノイックにいる、と言っていたんだな。エルフが見つかったら、すぐに報告してくれと言って」
——っ!
このイノイックのどこかに、リネアを悲しませたヤツ等がいる。
そう思うと、ふつふつと怒りが湧いてきた。
「ありがとうございます」
拳をぎゅっと握りしめ、ギルドマスターに背を向ける。
「むむむっ。どうすつるもりなんだな?」
「その二人組の男を捜し出します」
「危険なんだな。相手は魔法使い。一体どんな力が——いや、英雄に言うのは愚問だったんだな」
振り返りもせずギルドから出て行こうとする俺を、リネアとマリーちゃんが追いかけてくる。
「——最後に一つ」
扉を潜ろうとした時、ギルドマスターの声が聞こえてきて、
「もしかして、ボクをデブとか無能とか思っているかもしれないが、これでも昔はSSランク冒険者だったんだな。英雄にこんなことを言うのは恐れ多いが、なにかあったらボクを頼ってこい」
頼ることはないと思うが、そう言ってくれれば心強い。
……。
ん?
……SSランク?
それ、マジッスか。
◆ ◆
さて、おさらいをしよう。
・リネアは実験用のエルフとして、捕らわれていた。
・そこから逃げて、ここイノイックに流れ着いた。
・逃げたリネアを追いかけてきたのは魔法使い。そしてその二人は今、イノイックのどこかにいる。
「おっさん、どうするつもりなんだ」
ディックの家に帰って、事情を説明するとそう質問してきた。
「どうって——俺はリネアが安心して、この街で暮らせるようにしたい。その魔法使いが二度と、リネアに寄ってこようと思わなくさせたい」
当たり前のことだ。
だが、リネアは心配そうな顔をして、
「ブルーノさん……私を追いかけてきた魔法使いは、昔——冒険者として活動していたみたいです。しかもその時のランクはSだとか」
「それがなにか?」
「——私を追いかけてきた魔法使いと接触するのは危険——そう言いたいんです」
そんなの知ったことか。
そもそも、たかがSランクごときで威張るなと言いたい。
俺はSSSランクがいたパーティーの一員だったんだぞ?
ドラゴンをスライムのように斬り伏せていた光景を何度も見ているので、今更そんな低ランクを聞いても、どうも思わない。
……まあ俺は邪魔にならないところで応援してただけ、どな!
「大丈夫。その魔法使いってヤツに——『もう二度とリネアに近付くな』と伝える」
「そう簡単にいくもんかねー?」
ディックが後頭部に手を回して言う。
「相手は多額の報酬を出してでも、リネアを捕らえようとしているんだろ? 近付くなと言われて、そう簡単に聞く相手なもんか……」
「私もそう思います。ここまで追いかけてくる程です。私を諦めるとは到底考えられないか、と」
それもそうだ。
頭を悩ませていると、
「女騎士……? って人に相談してみたらどうなんだ」
ディックがそう提案する。
女騎士——アシュリーのことだ。
確かに。
そもそもエルフを実験用として監禁するのは、この国の法律的にアウトなのだ。
アシュリーに事情を説明したら、解決してくれるかもしれない。
しかし——。
「俺はリネアを困らせる悪いヤツに対して、自分で決着を付けたい。それにアシュリーは……なんというか、ちょっと頼りない」
アシュリーの戦っているところを見てないのでなんともいえないが、何回か抜けている場面を見ている。
そのせいでなんか大事なところで、ボカをやらかしそうな気がしてくる。
ただ——リネアが危険な目に遭ってしまうことは絶対に避けなければならない。
自分のワガママだけで、もし失敗したりなんかしたら取り返しが付かないからな。
保険的な意味合いも含め、アシュリーにも協力をお願いしようか……。
そんなことを頭の中で計算していると、
「ブルーノさん……危険ですよ。相手は強い魔法使いなんですよ? ブルーノさんのお気持ちは嬉しいですが……」
「ああ、それなら安心してくれ」
——俺にはスキル【スローライフ】がある。
スローライフに関することを過度に実現する。
スキルの効果は以上であるが、使い方次第でレア度Aの武器を作り出すことも出来る。
だから——。
「もっと強い護身用の武器を作る。それでその魔法使いってのを懲らしめるんだ」




