145・おっさん、女湯をのぞきにいく
「……覗きに行くって……どういうことだ?」
俺はディックとギルマスに聞こえないように、ひそひそ声で問いかけた。
「そのままの意味だ」
「リネア達の入浴姿を見に行くってことだよな?」
「ふむ」
……どうして、こいつはそんなことを言い出したんだ。
「男のロマンに決まっているだろ! 女湯を覗きに行くということは!」
とアーロンさんは、拳を握ってそう力説した。
「ずっと窓の外を眺めていたのはなんだったんだ?」
「いや……どうやって、覗きに行こうか考えていたのだ」
こいつが一番ダメダメだった!
全く。とんでもないことを言い出す。
そんなの、俺が許可するわけが——。
「あの、カリンというおなごもなかなか可愛いな」
む。
「あのイーリスも……服を着ているから分からないが、なかなかのナイスバディと見た。脱げば凄いタイプだと見た」
アーロンさんが口髭を撫でながら、淡々と分析した。
これが長年冒険者をやっていた男の分析力というヤツなのだろうか。多分違う。
「……カリンとイーリスか」
ゴクリ。
カリンとイーリスの裸を想像してしまい、思わず唾を飲み込んでしまった。
「おっ、おっさんも気乗りしてきたみたいだな……」
「…………」
まあ——アーロンさんの『覗きは男のロマン』といっている気持ちも分かる。
女達が近くで入浴していないのに、覗きに行かないとは?
そんなの——逆にリネア達に失礼なんじゃないか。
邪な考えと言い訳が浮かんでいった。
「……よし。ただし絶対にバレないように行くぞ。バレたらどうなるか分からない」
「おお! 分かってくれたか、同士!」
ガッシリとアーロンさんは俺の手を握った。
……まあ俺も男の子なのだ。
こういうことにワクワクしてしまう自分もいた。
それに女性達もさすがにタオルを巻いてるだろう。
もしそうじゃなかったとしたら、急いで引き返せばいいはずだ。
「では行くとするか」
「うむ」
「それでおっさんよ……なにか良い手はないか? このまま外に出て、温泉のところに行くのは危険すぎる」
確かに。
温泉は家の近くだ。
イーリスとかは目を光らせてそうだし、一歩でも家の外に出てしまえば気付かれてしまう可能性があった。
さらに温泉側を眺める窓は、運が良いのか悪いのか存在しない。
外に出るしか方法はないんだが……。
「窓から外に出るか?」
「いや……外に出たとしても、近付く手段がない。その間に気付かれてしまうかもしれない」
アーロンさんは声を低くして言う。
冷静に考えて、俺達は一体なにを話し合っているんだろうか。
「外に出る手段か……あっ」
「ないか思いついたか、おっさんよ」
一つだけあった。
「屋根上に出る……ってのはどうだ?」
「おお! 名案だぞ、おっさんよ!」
アーロンさんが感嘆の声を上げる。
——この家は屋根裏から伝うことによって、屋根上に出ることが可能なのだ。
まさか女性達も屋根上から、覗きに来るとは想像もしていないだろう。
さらにそれ以上、近付くことも出来ない。
屋根上からなら、十分温泉を一望することが出来るからだ。
「ただちょっと暗いから、見えるか分からないぞ?」
「ふむ。それについては心配しなくてもいい。発光の魔法を使おう」
「アーロンさん、そんなのも使えるのか」
「ただの脳筋だと思うではないぞ?」
ニヤリ、とアーロンさんが口角を釣り上げた。
よし、計画は完璧だ。
後は実行に移すのみだ。
「ディックとギルマスは……」
二人の方に視線を移す。
「だから、これはオレの分だって!」
「なにを言っているんだ。食べ過ぎたら、デブになってしまうんだな。これ以上止めておくんだ」
「やたら説得力のあることを言うんじゃねえぞ!」
……まだポテトフライの取り合いをしている。
まあ放っておこう。
ギルマスはあの体格では屋根上を歩くことは難しそうだし、ディックにはもう少し純粋であって欲しいからだ。
「よし……行くか」
俺達は二階に上がり、早速屋根裏を伝って屋根上へと出た。
「やっぱり暗くて見えないな」
夜風が気持ちいい。
温泉の方を眺めることは十分で出来たが——いかんせん、月明かりだけでは女性達の姿を視認することは出来なかった。
「ここで出番だな」
俺の隣に立って、アーロンさんが両手を前に突き出す。
「光よ。今こそ——ぬぉぉぉぉおおおお!」
「ア、アーロンさん!」
慣れない(と思う)魔法を使ったためだろうか。
無駄に力が入ってしまったアーロンさんは、足を踏み外して温泉とは逆側の地面に落下してしまった。
慌ててアーロンさんが落下していった方の地面を見る。
(大丈夫か! アーロンさん!)
声を出してしまってはリネア達に気付かれてしまうので、視線だけでそうアーロンさんを心配する。
すると、地面でアーロンさんは横になって、
(我のことは気にするな。お前だけでも天国を拝むのだ)
と言わんばかりに親指を突き出して、そのまま事切れてしまった。
アーロンさぁぁぁあああああん!
……まあアーロンさんも鍛えているだろうし、屋根から落ちたくらいでは大した怪我になってないだろう。
だが、アーロンさんよ。
あんたの意志は……受け継いでみせる!
「ん? なにか今、物音がしませんでしたか?」
温泉の方を見ると……暗くてよく見えないが、イーリスらしき女性が声を上げた。
「そうですか?」
「我も聞こえたぞ」
「イーリスは考えすぎなんだよ! おっぱい大きかったら、頭でっかちになるのかい?」
「いえ、確かに物音が聞こえました。もしかしたら賊かもしれません」
やばい。
さっきアーロンさんが落下した音で、イーリスが気付いてしまったみたいだ。
このまま地面に倒れているアーロンさんを発見したら、どうなるだろうか?
……きっと覗きをしようとした現行犯という烙印を押され、アーロンさんは血祭りに上げられてしまうだろう。
「ア、アーロンさん!」
彼の未来を心配してしまい、慌ててしまったからだろう。
「わわわ!」
バランスを崩してしまい、俺も地面へと落下していく。
やばい。
俺はアーロンさんみたいに鍛えてないから、こんなところから落ちたら死ぬかもしれん。
かくなる上は……。
「薬草……! 生えてこい!」
にょきにょきにょきにょきっ!
地面に激突する寸前に、薬草を生やして即席のベッドを作り出す。
もふっ。
そんな感じで薬草が生えてきた部分に落ちた。
衝撃が緩和されたおかげで、ちょっと頭がジンジンするだけで無事のようだ。
「……そうだ! 早くアーロンさんを!」
——この時の俺が不運だったこと。
それはアーロンさんとは違い、温泉側の地面に落ちてしまったことだ。
「あれ? もしや……おっさん?」
薬草の上で横になっている俺に、イーリスが近付いてくる。
裸身にタオルを巻いているイーリス。
アーロンさんの推理通り、タオルの上からでも分かるくらい……胸が大きかった。
「……おっ、イーリス奇遇だな。こんなところで会うなんて」
絶体絶命のピンチであったが、俺は冷静になって片手を上げた。
「あなた、自分の状況が分かっていますか?」
「あ、ああ。分かって……います……」
「はあ。仕方ないですね」
とイーリスは溜息を吐いた。
——おっ? もしかして窮地を脱することが出来たのだろうか。
イーリスはクルリと背中を見せて、
「——他の男なら即刻死刑ですが、おっさんには世話になっています。ですが罪は罪です。だからこれくらいで許してあげま……しょう!」
そのまま勢いよく、後ろ回し蹴りを炸裂させてしまったのだ。
「ぶほぉっ!」
蹴りが胸に当たり、宙に浮いた俺。
最後、その衝撃でイーリスのタオルがはだけた。
その時、可愛らしいお尻だけ見えたような気はしたけど、もしかしたら見間違いかもしれない。
——もちろん、俺と地面で倒れていたアーロンさんは共犯だと見抜かれ、後でこってり怒られてましたとさ。




