127・おっさん、お店を建てる
それから、スラム街の人達への教育も順調に進んでいった。
恐るべし【スローライフ】。
だが、いくらチートスキル【スローライフ】といえども、客前に出せる料理になるまでは三日もかかってしまった。
「おっさん、ありがとう……!」
「あなたのおかげで、俺達も立派に生活出来そうだ」
「神……そうだ。あなたのことは今後、神としてこの街で崇めよう」
……どこに行っても『神』と言われることには変わりないみたいだ。
まあ、いっか。
「おいおい。まだ始まってもいないぞ。やっとスタートラインに立てたんだ。気を引き締めないと」
「「「「「はい!」」」」」
俺の言葉にみんなが元気よく返事をした。
「でも……一体どこにお店を構える気ですか?」
「うーん、そうだな……」
「閉店するところでもあるんでしょうか? そこを居抜きにして使うつもりとか……」
「それもありだな」
でも折角だから、一からお店を始めたい。
「とにかく、バージル公爵に相談してみるよ」
「「「「「…………」」」」」
ん?
俺、なんか変なこと言っちゃっただろうか?
スラム街の人達が口をあんぐりと開けて、一言も発しようとしない。
やがて。
「えぇぇぇぇえええええ! おっさん。公爵と知り合いだったのかっ?」
「バージル公爵って、あのバージル公爵だよな? ゼニリオンの領主でもある……」
「そうだ。なんだ、言ってただろ?」
「「「「「言ってない!」」」」」
みんなが口を揃えて、そう断言した。
「ブルーノさん……言ってないです」
あっ、リネアにも否定されてしまった。
コホン、と誤魔化すようにして咳払いをしてから、
「ちなみに……ポテスラとかオレンジ・ジュースとかアイスクリームとか……全てバージル公爵を満足させた料理だ。みんな、胸張ってお店を頑張ってくれよ」
「あ、ああああああのバージル公爵を……?」
「世界一グルメな貴族としても知られている……」
場が騒然としている。
なかなか大袈裟なヤツだ。
バージル公爵とは『知り合い』とは言えなくもないが、そこまで驚くことでもないだろう。
「と、とにかく……! バージル公爵のところに行ってくる! 行こう。リネア!」
「は、はいっ」
なんか、この場がむず痒くなってきたので、逃げるようにしてスラム街を後にすることにした。
みんなに背を向けた瞬間。
「やっぱりおっさんはすごい……!」
と上ずった声が聞こえてきた。
◆ ◆
それからバージル公爵に相談すると。
『ゼニリオンの中心に空き地がある。そこなら、今すぐでも使っていいぞ』
ということであった。
どうして、ゼニリオンの中心なのに空き地になってるんだ?
そんな一等地。すぐに誰かが使ってそうなのに。
そうバージルに問いを投げかけると、
「うむ……実はな。その空き地の近くには一流レストランが営業しているのだ」
「それがどうしたんですか?」
「ただな——その一流レストランは『皆殺しの三つ星レストラン』という異名も持っているのだ」
「それまた物騒な」
「そのレストランはゼニリオンでも、一番繁盛しているお店とも言えるだろう。飲食店だけでなく、武器屋や道具屋も含めても、な。今説明した空き地はそのレストランの真ん前にある。
そして——そこでお店を開いたものは、すべからく一ヵ月以内に閉店に陥っているのだ」
「ふむふむ。でもたまたまじゃないんですか? その口ぶりだったら、飲食店に限った話じゃないんですよね?」
「そうだ。だが、そのレストランにも悪い噂が——おっと。ここから先は憶測になるな。止めておこう」
「とりあえず、そこだったらすぐに借りることが出来るんですね」
「うむ」
「ちなみに……その物騒な異名があるレストランの名前を聞いてもいいですか?」
「『デリシアル』という。念のため聞いておく。本当にそこでいいのか?」
「はい、結構です」
そういうわけで、話がまとまった。
◆ ◆
「おっさん……本当に大丈夫なのか……?」
「その話を聞いたら、あまり良い予感はしてこないんだが……?」
バージルとの会話を話すと、今まで希望に満ちていたスラム街の人達の表情が一転。
一気に曇りだしてしまったのだ。
「大丈夫だ」
「どうしてそんなに自信があるんだ……?」
「決まっている。料理に自信があるからだよ」
なんなら、その一流レストランを潰す気で立ち向かわなければ、どこにお店を出したとしても成功しないだろう。
「というわけで、早速お店を建てていこう」
そんなことを言いながら、スラム街の人達を何人か連れて、空き地の前までやって来た。
なかなか広い場所だ。
人通りも多いし。
俺はこれを見て、お店の成功を確信した。
「わあ、大きいお店……」
ここまで連れてきたビネガーから、そんな言葉が溢れる。
それは空き地の対面に建てられている建物を見て、だ。
「成る程。これが一流レストランのデリシアルか」
昼時は過ぎているというのに、レストランに入っていくお客さんの数は減ることがなさそうだ。
「まあ今は気にしている場合じゃない。とにかく、お店を建てないと」
「おっさん、どうするつもりなんだ? 大工さんを今から雇うつもりか? それだったら、一ヵ月……いや、半年とかかかるんじゃないか?」
「んー、あー、大丈夫大丈夫」
大工も雇うつもりもない。
なんなら、俺の考えでは明日からでも開店することが出来るだろう。
「——すぐに建ててやるから」
そう言って『お店建てるマン』を呼び出す。
「お店建てるマン! お店建てるマン!」
久しぶりの登場したマンシリーズは、俺達の足下でちょこまかと動き回った。
「うわっ! なに、これ?」
ビネガーがお店建てるマンを見て、あたふたしている。
「ああ。こいつ等が大工の代わりをしてくれるんだ」
「こんなちっちゃな体なのに?」
「ちっちゃな体にパワーがあるんだ。そうだよな、リネア?」
リネアに話を振ると、彼女は手の平のお店建てるマンを乗せて、楽しそうに微笑んでいた。
「よし——! ちょっと今から近くの森まで、材料となる木材を切りにいくから、何人か手伝ってくれないか?」
そうみんなに呼びかけると、全員付いてきてくれることになった。
——俺の計算通り。
翌日、デリシアルに負けないくらいに、立派な外観の建物が完成したのだ。
「おっさんはやっぱりすごすぎる……!」
「神だ。こんなにキレイな建物を一晩で作り上げるなんて」
「まさに神の所業。うおおおおおお! やる気がみなぎってきたぞ!」
みんながお店を見上げて、盛り上がっている。
昨日まではデリシアルに恐れをなしていたようだが、今はそういうことを口にするものは誰一人いなかった。
やる前から負けることを考えていては、勝てる勝負にも勝てなくなるので、良い傾向だと思った。
さらにお店の前を通りがかる人も、
「なんだこれは? 昨日までこんなところに、建物なんか建ってなかったのに……」
「おかーさん、あのお店行きたいー!」
「すごいな。あれだけ立派なデリシアルが、廃墟かなにかに見えるくらいキレイな建物だ……」
と立ち止まったりしてくれていて、オープン前から反応は上々だ。
「なんとかなりそうだな」
俺はみんなの反応を見て、お店の成功をさらに強く確信するのであった。




