126・おっさん、ポテスラを伝授する
俺は広場に集まったスラム街の人達を眺めながら、そう言った。
ざっと百人くらいは集まっただろうか?
こんな狭い一角に百人も住んでるなんて……。
ますます、生活の向上をさせてやりたいと切に願った。
「は、早く教えてくれっ!」
「俺達でも……この料理の作り方さえ分かれば、一等地に店を出すことが出来る!」
さっきまでは俺を警戒していたというのに、ポテスラで完全にそれを解くことが出来たらしい。
いいことだ。
「おいおい、料理の作り方だけ分かっても、どうにもならないぞ」
「そ、そんなことない!」
「本当だ。お店を経営するってのは奥深いんだ。接客もちゃんとやらないと……」
俺だって、一応喫茶店をやっていたり、カリンのお店を手伝っていたので、ちょっとは人に教えることが出来るのだ。
そんなに自惚れている気はない。
だが……。
「おお……! とてもタメになる話が聞けた」
「そりゃそうだ。これだけの料理を作れるんだ。さぞゼニリオン……いや、王都で名を馳せる名店のコックに違いない」
……やっぱり勘違いされている!
まあいいだろう。
それで俺のことを信頼してくれるなら、結果オーライである。
「ブルーノさん、上手くいきそうですね!」
「ああ」
隣に立つリネアが嬉しそうに笑った。
だが——そんな簡単にことは進まないようで、
「……本当にそいつ、ちゃんと料理を教えることが出来るのかなあ?」
と——スラム街の一人が、ぼそっとそう声を上げた。
「ああ? ビネガー、どういうことだ?」
その声に反応して、ガタイの良い男が『ビネガー』と呼ばれた子どもに尋ねる。
ビネガーはボロボロの服を着て、前髪が長くて表情が読めない男の子だ。
ビネガーはぼそぼそとこう続ける。
「だって……料理ってそんなに簡単じゃないでしょ? ポテスラはボクも食べたけど、こんなに美味しい料理。それがなんの技術もないボク達に作れるはずもない。そう簡単にことは進まないよ。きっとこの人は口当たりの良いことを言って、ボク達を騙そうに決まっている……」
「ビ、ビネガー? な、なんてことを言いやがるんだ!」
いや、ビネガーの言っていることはもっともだ。
料理っていうのは奥深い。
レシピを教えたところで、それを実践出来るかとなると疑問を感じざるを得なくなるだろう。
しかし俺はそのことについて、とある秘策が存在する。
「まあまあ。とりあえず、一度試しに教えてあげようか……? ビネガー君」
そう名指しする。
するとビネガーはキョロキョロと辺りを見渡して、
「ボ、ボク?」
「そうだ」
「でもボク、料理なんてしたことないけど……」
「そんなの関係ない。それに丁度良いじゃないか。料理をしたことがないビネガー君が、すぐに作れるようになったら、他のみんなでも大丈夫ってことになるだろうから……」
「で、でも……」
「でもじゃない。それとも……さっき自分の言ったことの自信が持てないのか?」
「!」
その言葉に腹が立ったのだろうか。
「やる……!」
ビネガーは一歩踏み出し、俺のところまで歩いてきた。
「よし……ポテトスライスの作り方だ。まずは包丁を持って」
「こう?」
ビネガーが包丁を持つ。
じゃがいもを前にするビネガーの手は、小さく震えていた。
「そうだ。そしてまずはじゃがいもの皮を剥く」
「……!」
俺はビネガーの後ろに回って、手を握ってやる。
おいおい、男の子のくせに、なかなか柔らかくて小さな手をしているんだな。
「…………」
「おい、大丈夫か? もっとリラックスしろよ」
ビネガーの体が固まっている。
そう言ってやりながら、手をニギニギマッサージしてやると、少しずつ肩の力が抜けていったみたいだ。
「いくぞ……」
「うん……」
俺はビネガーの手を取り、操るようにしてじゃがいもの皮を剥いていく。
——あっという間に皮は剥かれて、キレイな黄色をしたじゃがいもが顔を現した。
「どうだ? 簡単だろ」
「うん……で、でも……おじさんが手を取って教えてくれたから。ボク一人の力では無理だよ」
「そんなことない。次は一人でやってみよう」
「…………」
次のじゃがいもを右手で取って、左手で包丁を握ってビネガーの体が固まる。
「「「「「ゴクリ」」」」」
スラム街の人達も固唾を呑んで見ている。
そして——意を決したようにしてビネガーは、じゃがいもに包丁を通して——。
「あ、あれ? なんだか簡単に皮が剥けていくや」
と十秒もしないうちに、じゃがいもの皮を先ほどと同じくらいキレイに向くのであった。
「よし……! しっかり【スローライフ】が発動しているみたいだな」
ここに来るまでにスキルの女神と話したことを思い出す。
◆ ◆
「女神……人に教える時にも【スローライフ】を使うことは出来ないかな?」
「あら、出来るわよ」
「出来んのかよ!」
「なによ。あんたから聞いてきたじゃない」
「いや……一応聞いてみただけで、出来るとは思ってなかった。でも人に教えることと、スローライフがどう関係するんだ?」
「良い? 弟子に教えてそれが一人前になる。そして自分は隠居を送る……隠居……スローライフ! そう! 一丁前に人に教えることは、自分のスローライフにも繋がるのよ!」
「成る程。でも結構強引なんだな」
「そうかしら?」
◆ ◆
まあ【スローライフ】が少々強引なのは、いつものことだ。
どうやら女神の話を聞くに、人にものを教える時に【スローライフ】が発動することが出来るらしい。
そして【スローライフ】を発動すれば、かなりの精度と正確さでものごとを教えることが出来るらしい。
……とはいっても、俺の持つ力の20%くらいしか伝わらないみたいだが。
これは——例えば、料理を作る時に俺は【スローライフ】を発動させているから、美味しく作ることが出来る。
しかし教えた相手には【スローライフ】というスキルがない。
だからこそ、いくら上手く教えたとしても、20%分くらいしか伝わらない……ということだった。
でも20%も伝われば、なんとかお客さんの前に出せるようなものが作れる……と俺は踏んだ。
「よし——それじゃあ次はこれを薄切りにしていこう」
「はい……!」
ビネガーの声にも力がこもる。
一生懸命やってくるなら、教える方も力が入るというものだ。
再度ビネガーの手を取って、次は薄切りにする方法を教えるのであった。
そして一時間後。
「う、旨ぇぇぇぇぇえええええええ!」
「ホントだ。ビネガーがさっきの料理を作ることが出来たぞ!」
「最初に食ったヤツよりは、少し味が落ちるような気もするが……全然食える! 美味しい!」
ビネガーの作ったポテスラは好評であった。
「どうだ、ビネガー。案外上手くいくものだろ?」
「うん……! ボクもおじさんのこと誤解していたよ」
完全に警戒が解けたのだろうか。
ビネガーはそう言って、笑顔で俺に抱きついた。
おいおい、変だな。
男の子に抱きつかれているのに、なんだかそわそわするぞ?




