122・おっさん、公爵を説得する
エイブラムとバージルの食事会は成功に終わったと言えるだろう。
しかし——それで俺は終わりにするつもりはなかった。
「バージル公爵様——」
俺は一歩前に出て、声を発する。
「なんだ……?」
従者から名前を呼ばれるとは思っていなかったのか、バージルが不審げな視線を向けた。
それはほかのみんなだって同じことだ。
「そなた……一体、なにを?」
クルッと振り返り、エイブラムは俺を睨みつける。
(折角、食事会は成功に終わったんだ。なに余計なことをしているんだ?)
と言わんばかりだ。
だが、俺は一歩も引かない。
「コホン」
気を落ち着かせるように、一つ咳払いをしてから俺は続けた。
「このフルコースを作った料理人から、実は一つ言づてを預かっているのです」
「な、なぬ……? 確か料理人はエヴァンと言ったな」
「はい。なので、ここで言わせていただいてもいいですか?」
「うむ。許可する」
もちろん、エヴァン=俺のことだ。
「実は——この街に訪れた時、さすらいの料理人……エヴァンさんは大層心を痛めていました」
「心を? どうしてだ。これ程の都市は王都以外にないだろう。物も人も溢れかえっており、ゼニリオンに来れば全てが揃うとも言われている」
「はい。確かに物も人も溢れています。しかし——その裏で貧しい者達の現状を眺めているのです」
「貧富の差……が気になる、ということか。うむ」
バージルは腕を組み、難しそうな顔になった。
「私もそれはダメなことだと思っている。しかし、これだけの商業都市になってしまえば、富を享受する人間と、その人間によって虐げられる人というものが出てくる。
これは必然的なものなのだ。私も何度か是正しようとしたが、自由競争を妨げることは出来ぬ。そうすれば商業都市は衰退してしまうだろうからだ。だから……」
長々と喋ってはいるが、俺だってバージルの言っていることは分かる。
何十年生きてきてると思うんだ。
もう理想だけを語れる少年の心など持ち合わせていない。
富める者と虐げられる者。
雇用主と従業員。
残酷な現実、というのは分かっているつもりだ。
だが——分かっているからこそ、対抗策というのも思いつかないわけではない。
「そこで……雇用先を増やしてみてはいかがでしょうか?」
「ん? 新しく店を建て、貧しい者をそこで雇用する、ということか」
「そういうことです。お察しが良くて助かります」
貧しい者というのは、十分な仕事が与えられていないから、さらに貧しくなっていくのだ。
そこでちゃんと仕事をしたら、ちゃんと給料を貰えるような仕事先を斡旋してやれば?
すぐには無理かもしれないが、だんだんと生活が良くなっていくに違いない。
「しかし……どんな店だ? ゼニリオンの店は全て一級品。生半可な店じゃ、すぐに喰われてしまうぞ」
「はい——実はエヴァンからレシピを預かっています」
「なんのレシピだ?」
「今回のフルコースに使われた料理のメニューです」
「な、なんと!」
それを聞き、バージルは目を見開いて立ち上がった。
彼は前のめりになって、
「こ、この料理のレシピだと? し、しかし……彼のような凄腕の料理人が作らなければ、意味がないのでは?」
「レシピはかなり詳しく書かれています。これさえあれば、エヴァンの味を再現出来るでしょう」
「そんな簡単にいくものかの?」
「はい」
「やけに自信満々だの」
そりゃあ——俺がエヴァンだからな。
「ここまで言えば、私がなにを言おうとしているか——バージル公爵様ならお分かりでしょう」
「も、もしや——このフルコースを再現する飲食店を作る、ということか!」
「その通りです」
俺はニコッと笑みを作った。
俺は俺の料理に自信がある。
なんの取り柄もない三十路のおっさんだけど、あの偏屈な勇者ジェイクにも「美味しい」と言われた料理。
そしてグルメな公爵にも舌を巻かせた料理。
この料理店を作り、貧しい者達を雇用する。
こうすれば、少しは貧富の差が解消されるはずだと考えた。
「エヴァンはこうも言っていました。『それでゼニリオンにも、自分の料理が広まれば、これ程の喜びはありません。その上でゼニリオンの厳しい現実も、少しは解消されるなら』……と」
「う、うむ。もし、その料理人——エヴァン殿の言っていることが可能ならば、その料理を求めて観光客も多く訪れるだろう。そうすれば、さらにゼニリオンは発展していくに違いない」
と言いながら、バージルは「うむ……うむ……」と自分の考えをまとめるように何度か頷いた。
——これはなんとか上手くいきそうだな。
なかなかヒヤヒヤものだったぜ。
もっとも、エイブラムから「料理のこと以外は、公爵は寛容」という言葉を聞いていたので、これを実行しようと思ったわけだ。
しかし。
「……だが、やはりそんなに上手くいくかの? いくら詳細なレシピがあっても、簡単に味を再現出来るとは思わないが?」
バージルは疑惑の目を向けてきた。
それは、ゼニリオンをここまで発展させてきた領主として。冷酷に「商売として成立するのか」を見極めているのだろう。
バージルの疑問はもっともな話だ。
「大丈夫です——私が指導します」
「そ、そなたが?」
今度はエイブラムが慌てるようにして、問いかけてきた。
「はい。エヴァンから細かく話を聞いております。百%——は無理かもしれませんが、十分売り物になるくらいの料理を作れるくらいには、指導してみます」
「その言葉——信じていいのか?」
「は、はい」
バージルから厳しい目線を向けられたので、一瞬臆してしまう。
しかしここで引き下がっちゃ、後でリネアに怒られるだろう。
一歩も引かず、バージルの視線を受け止めた。
「…………」
「…………」
「…………」
「……もしお店が出来れば、公爵様を一番に招待しますよ」
「……!」
口を閉じて考えていたバージルの両肩がビクッと動いた。
「……もしそれが可能ならば、何度でも先ほどの料理を味わうことが出来るな」
「一日に何度でもお越しくださいませ」
「神様ランチも? オレンジ・ジュースも?」
「お腹が破裂してしまうくらい、お召し上がりくださいませ」
「——よし!」
パンと手を叩き、バージルは続けた。
「そなたとエヴァンの言葉を信じよう! それにこのような料理を食べさせてくれたお礼だ。ゼニリオンの中でも一等地の空き店舗と土地を用意しよう。思う存分やるがいい」
「は、はい! ありがとうございます!」
話がまとまった。
——厄介事を抱えてしまった気がする。
しかし俺の考えなら、指導はすぐに終わるはずだった。
後一週間くらい、ゼニリオンの滞在日数を延ばすだけで、なんとかなるはずなのだ。
指導してお店が上手くやっていけそうなのを見届けてから。
ゼニリオンを後にして、イノイックに帰るとしようか。
「それにしてもエイブラムよ……」
「は、はっ!」
「良き部下を持ったな」
「有り難きお言葉です!」
とエイブラムは深く頭を下げた。
——こうして、グルメな公爵の舌を満足させた俺は。
新たな人助けをすることになったのだ。




