120・おっさん、公爵を見てドキドキする
お昼から食事会の仕込みを終わらせてしまう。
「よし。これで後は公爵達に食事を出すだけだな」
「さすがです、ブルーノさん!」
腕で額の汗を拭う。
上手くいってくれればいいんだけどな……。
「伯爵……なんで歩き回ってるんだ?」
部屋に戻ると、エイブラムは忙しなく同じところをグルグル歩き回っていた。
「どうしよう……どうしよう……始まっちゃうよぉ……」
顎に手を当て、そんなことを呟きながらだ。
「もう少しで始まってしまうのだ! 落ち着いていられるか!」
エイブラムを顔をこちらに向け、声を張り上げた。
「そう、ピリピリしても仕方ないだろ」
「それもそうだが……」
「それにピリピリ感が伝わったら、公爵も気を悪くするかも知れない。リラックス……リラックス……深呼吸だ。すーはーすーはー」
「すーはーすーはー」
「どうだ?」
「少し落ち着いてきた……気がする」
それは良かった。
いくら料理が美味しくても、エイブラムがバージル公爵の気分を損ねてしまえば台無しだからな。
「それと伯爵……一つだけ頼みがあるんだが」
「分かっておる。料理人のことを聞かれても、そなたの素性をバラさなければいいのだな」
「ああ。それともう一つ——バージル公爵が料理を食べてどんな反応をしているのか……料理人として、見ておきたいんだが」
「むむむ?」
エイブラムの目に『?』マークが浮かんだ。
「しかし顔が割れるのは嫌ではなかったのか?」
「それはそうだが……。まあ料理人が誰だ、ということがバレなかったら大丈夫だろう」
それに——俺は一つの考えを閃いていた。
俺の頼みに、
「分かった。では従者の一員として、食事会に参列するがいい。とはいっても、他の従者の者達と一緒に後ろの方で立っているだけだがな」
「おう、助かる」
果たしてグルメな公爵に「美味しい」と言ってもらえるのだろうか。
今更ながら緊張してきた。
「伯爵……」
「う、うむ。それでは行くとするか」
それはエイブラムも同じであろう。
俺は料理を作っただけだが、エイブラムは今から公爵と話を交わさなければならないのだ。
体が震えるくらいに緊張している。
長い廊下を歩いて、これまた荘厳な扉を開けると——。
「エイブラムよ。待ちくたびれていたぞ」
既に椅子に座り、部屋に入ってきた俺達に顔を向けた男の姿があった。
「あれが……」
「はい。バージル公爵様であります」
丸メガネの書記官も心なしか声が震えていた。
バージル公爵の後ろにも、賢そうな人や屈強な男が控えている。
「申し訳ございません。ギリギリまでコックが料理の味の調整をしていたみたいで……」
そんなことを口にしながら、エイブラムも公爵——バージルの対面に座った。
俺達もバージルの従者と同じようにして、エイブラムの後ろに立った。
「ほほう、味の調整か——」
バージルが舌で唇を舐めた。
「ローレシア地方の料理。どのような美味を味わえるのか楽しみにしていたぞ」
「はい。バージル様が気に入っていただけるよう、料理人も腕を振るったようですので、期待してください」
「ほほう——なかなか大きいことを言うではないか」
バージルの声が嬉しそうに跳ねた。
「知っているかと思うが、私はなかなか料理の味というものにうるさい」
「はい」
「その私にそのようなことを言うとは——相当、自信があるのだな。待ちきれなくなったぞ」
そう言いながら、バージルはそわそわし出した。
——グルメっていう噂は本当みたいだ。
「では早速、料理を運んできてもらおうか」
バージルがパンパンと手を叩くと、扉から人が現れ、二人の前にお皿を置いた。
「む……!」
それを見て、バージルが目を見開く。
「ポ、ポテトスライス……とな?」
そう——まずは前菜ポテスラの出番である。
お皿に十枚程のポテスラが乗せられていた。
「バージル様。ポテトスライスをご存知ですか」
「うむ。東の地方でよく食べられている子どものおやつだ。私も何回か食べたことがあるが……この会食で、子どものおやつを出すとは……エイブラムよ。どういうつもりだ?」
さすが、グルメな公爵だ。ポテスラのことは前々から知っていたらしい。
ギロリ、とバージルの目が前を向いた。
「……!」
エイブラムは一瞬臆したかのように、体を後ろに引いたが、
「……これはただのおやつではありません。料理人の手によって、絶品の料理に生まれ変わっています」
「しかし……な。おやつは所詮おやつだ。私の舌を満足させられるものとは思えない……のだがな?」
「一度食べてみてください。きっと気に入ってくれますから」
毅然と振る舞った。
「うむ……」
不満げな顔をして、バージルはポテスラを一枚つまみ上げた。
そしてゆっくりとポテスラを口に入れる。
パリッ。
ポテスラの良い音がした。
うん。揚げ具合も最高だ。
今日の料理はいつもより調子が良かったのだ。
そして、バージルは何度か噛み……。
「……!」
カッと目を見開き、椅子を引いて立ち上がった。
「い、いかがでしたかな……?」
エイブラムが恐る恐る問いかける。
「お、お主……このような……このようなものを私に……」
バージルの握った拳は震えていた。
後ろの従者が殺気立つ。
俺達の方は(俺以外)顔を真っ青にしていた。
「う、う、う……」
バージルはポテスラを食べ終わり、声を絞り出すようにして——。
「旨ぁぁぁぁぁああああああい!」
と——この広い館に響き渡るくらい、絶叫したのである。
「ふう。なんとか気に入ってもらえたようだな」
やれやれ、冷や汗ものである。
まあ自信作だったから、きっとそう言ってもらえると思っていたけどな!




