表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/166

100・おっさん、スローライフに戻る

 イノイックの防衛に成功して、俺は久しぶりにスローライフな日常を送っていた。

 毎日、釣りをしたりドラコと遊んだり農業したり……エトセトラ。


 そして今日はディックを連れて、いつもの森まで訪れていた。


「ディック。その薬草はダメだ。使えない」


 背中に大きなカゴを背負っているディックに、俺はそう指摘した。


「どうしてだ? 薬草であることには代わりないんだろ」

「ふむ……でもよく見てみろ。色が全然違うだろ」


 ディックの持っている薬草はくすんだ黄土おうど色をしていた。


「確かに……もしかして腐ってんのか、この薬草」

「そうだ」


 俺は反対側の地面に生えていた薬草を摘み、それをディックに見せる。


「こういう瑞々しい緑色をした新鮮な薬草。これを積極的に摘んでいった方がいい」

「なあなあ、おっさん。腐っているのと新鮮のではやっぱ違うのか?」

「全然違う。まず効き目が違うしな。その腐った薬草じゃ、ギルドは買い取ってくれない」

「むむむ。ただやみくもに薬草を摘んでるだけじゃダメなんだな」

「そういうことだ」


 どうして、腐った薬草が生えているのかというと、十分に栄養が行き渡っていなかったのだろう。

 よく見ると、腐った薬草が生えている地面一帯には、似たような色をしたものが生えている。

 さらに地面に覆い被さるように、大きな影がある。上を見ると大きな木が生えていた。

 きっとそのせいで、十分な日光や雨水が当たらずに、このような薬草になってしまったのだろう。


「おっ、おっさん。これはどうだ? これだったら、新鮮な薬草だよな?」

「どれどれ……」


 次にディックが手に取った薬草は、確かに瑞々しい緑色をしていた。


 一見、新鮮な薬草に見えるけど……。

 俺はディックからそれを受け取り、クンクンと臭いを嗅いでみる。

 すっぱいような刺激臭がした。


「——これもダメだ。これは薬草じゃない。毒草だよ」

「ど、毒草っ? 毒草ってもっと紫色をしているんじゃねえのか?」

「無論、そういう色をした毒草が一般的だ。しかし、そうじゃない毒草ってのもたまに突然変異で出来やがる。その時は臭いで確かめるか、葉っぱを見て判断しなくちゃいけない」

「葉っぱなんかで判断出来るのか」

「ああ、よく見てみろ。葉っぱがギザギザしてるだろ? こういうのは毒草である可能性が高いので、注意が必要だ」

「ほえぇ〜」


 ディックが感心したように息を吐いた。


「薬草摘みって簡単そうで実は奥深いんだな」

「そうだ。諦めるか?」

「あ、諦めるわけないだろ!」


 気丈に振る舞って、ディックはもう一度腰を曲げて、周囲の薬草を摘み始めた。


「……それにしても、こうやって続けて薬草を摘めるのはほんっっっっとに、羨ましいよな」


 三十路にもなると、薬草を摘むのも一苦労だ。

 もう一時間くらいぶっ続けでディックと薬草を摘んでいるので、そろそろ腰が限界に来ている。

 とはいっても、ここでおっさんの俺がサボるわけにはいかない。


 俺も負けじと、ディックの後に続いた——。



 こうなったのは、ある日ディックが言い出したことにある。


『おっさん、オレにも薬草摘みを教えてくれよ』

『薬草摘みを? 別に薬草を摘むことくらい、今のディックでも出来るだろ?』


 マリーちゃんが病気になった時は、よく森まで出掛けて薬草を摘んでいたと聞く。


『それなんだが……だんだん両親が残してくれた遺産も少なくなってきたんだ。だから、そろそろ本腰入れてオレも仕事をしなくちゃいけない』

『ああ、そうか……』


 こんな小さな子が働かなくちゃいけないのは大変なことだと思うが、この世界では珍しくない。

 モンスターが蔓延はびこっているせいや、そこまで裕福でなければろくに医者へかかることも出来ないのだ。

 そのため、ディックやマリーちゃんのように両親を亡くすものも多い。


『今までは騙し騙しやってきたけど、それじゃあいけないって思って』

『それは殊勝しゅしょうな心がけだな。任せろ。薬草摘みなら、俺の本職だ』

『助かるよ』


 というわけで、早速ディックを連れて森へと向かった。



 ……ということなのである。

 ディックは薬草の知識が乏しく、今のように腐った薬草や毒草が混じっていたりする。


 しかし、やっぱり子どもというのは飲み込みが早い。

 少し教えると、見る見るとディックの動きがよくなっていった。


 俺が「腰痛いなー……温泉にでも入りたいな……」と腰をさすっているうちにも、どんどんと薬草を背負ったカゴの中に入れていく。

 ディックが『薬草摘み』として一人前になることも、近いだろう。


「おーい、ディック。そろそろ休憩しよう。おっさんは疲れたよ……」

「えー。やっとエンジンかかってきたっていうのによ」

「十代の体力って恐ろしい……」

「良いよ。一人でやってるから。おっさんは休んでおいてくれ」

「そうさせてもらうよ」


 若い子のスタミナに戦慄を覚えながらも、俺は日陰で腰を下ろした。


 ふう……生き返る……。


「そうだ。ポイズンとミドリちゃんはどうしているのかな?」


 ポイズンベアのポイズンは友達のモンスターであり、ミドリちゃんは森の精霊である。

 新居も無事に造ってから、二人の姿が見られてないが……。


「ちょっと探すかな」


 よいしょっ。

 まだ疲れている体にムチを打って、立ち上がった時であった。



 ——シクシク——。



 誰かが泣いている声が聞こえてきた。


「ん? こっちか?」


 泣き声のする方へ歩いて行く。


 すると……。


「うえぇぇぇーん、おにーちゃん痛いよー!」

「おお、よしよし。大丈夫だって。だから泣き止め……」


 座ってべそをかいている幼女を、必死にあやす男の子の姿があった。

 丁度、ディックとマリーちゃんくらいの年頃だろうか。


「どうしたんだ? なにか困り事かい?」


 見過ごすのもなんなんで、二人に近付いて声をかける。


「いもうとが……こけちゃって……」

「痛いよー!」

「ふむふむ——」


 二人から(というか泣いてない男の子の方にだが)話を聞くと、どうやら森まで遊びに来てたらしい。

 そして、追いかけっこをしているうちに、女の子がこけて森に響き渡るくらい大きな声で泣いてると……。


「ちょっと見せてくれるかな?」


 しゃがんで、女の子の右膝を見る。

 成る程。確かに膝が擦りむいてて、血が出ていた。

 大したことはないと思うが、やっぱり痛いもんは痛いから泣くのも仕方ない。


「困ったな……ああ、そうだ」


 スキル【スローライフ】!

 俺は足下に薬草を生やし、それを摘む。


「ちょっと待ってろよ。すぐに治してあげるから」


 何枚か薬草を取って、それを女の子の膝の上で雑巾のようにして搾った。

 すると——薬草から、ポトッポトッと一滴二滴水のようなものが滴り落ちた。


「これを伸ばしてあげると……」


 薬草の汁が垂らされた膝を、人差し指と中指を使って広げてあげる。


「どうだ? 血も止まっただろ?」


 見ると、あれ程泣いていた女の子が満面の笑みになっていた。


「うん! すっごい! 今まですっごい痛かったのに!」

「これくらいだったら、薬草でもなんとかなるよ」


 薬草から取れる汁には、痛み止めと血を止める効果がある。

 とはいっても、いくら擦りむき傷であってもすぐに効果は出てこないと思うが……。


 そこはきっと【スローライフ】の効果なんだろう。


 スローライフに関することを()()()実現する。


 このスキルのおかげで、薬草の効果も()()()実現されたに違いない。

 大体、スキルで出来ることと出来ないことが分かってきた気がする。


「おっちゃん、ありがとう!」

「こら! アクア! ちゃんとお礼を言いなさい!」


 そのまますくっと立ち上がって、女の子はどこかへ走り去ってしまう。

 もう一人の男の子は俺にペコッとお辞儀をして、走り去った方へ追いかけていった。


「ふう……人助けっていうのも気持ちいいものだな」


 俺の『薬草摘み』としての力が、こうやって人を幸せに出来るというのは素晴らしいことだ。

 額に浮き上がった汗を腕で拭う。


「おっさーん、なにしてるんだー?」


 そうこうしていると、向こうの方からディックも駆け寄ってきた。


「休んでろって言ったのに、なにしてたんだ?」

「ああ、ごめんごめん。ちょっと人助けをね」

「人助け?」

「ディックも膝を擦りむいたら、俺に言ってくれよ」

「なに言ってんだ?」


 事情が分かっていないディックは、そう首を傾げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらもよかったらお願いします。
二周目チートの転生魔導士 〜最強が1000年後に転生したら、人生余裕すぎました〜

10/2にKラノベブックス様より2巻が発売中です!
よろしくお願いいたします!
jf7429wsf2yc81ondxzel964128q_5qw_1d0_1xp_voxh.jpg.580.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ