寒いのは冬のせい
「こほっ」
「あんなところに一晩中いたら風邪もひくわ、私は一人で帰れるから……」
「いや、俺もどうしてもほしいものがあるから町に行かなくてはならないし、ただの咳だよ」
朝早くマクリールの家を出た二人は、町へと向かった。
リアンは特に買うものは本当はなかったのに、彼についていきたかったから、咄嗟に嘘をついた。
マクリールを心配する気持ちも本当だが、彼と一緒に買い物が出来ることが嬉しいのも本当だ。
帝都には遠く及ばないが、地方の町の割には品物は豊富だ。
彼と色々な店に入ると、その度に笑いが溢れた。周囲からすれば、奇妙な仮面の男と、フードを深くかぶった明らかな変質者なのだが、二人にはそんなこと気にならなかった。
「んー楽しいなぁ。何か歌でも歌いたい気分だ」
町の中央の噴水前で休んでいると、マクリールは突然立ち上がり、歌を歌いあげる。
一節歌っただけで周囲の人は振り向き、次第に人の輪が出来ていく。
それに気を良くしたマクリールは、ますます美声を大きくし、聴衆を心酔させた。
歌い終わると同時に大喝采と、人の波がマクリールの元へ押し寄せた。その流れにリアンは弾き飛ばされてしまう。
再びマクリールを人ごみの中から見つけると、マクリールの表情は見えないものの、若い女性が彼の周囲に集まり、腕を組んだり楽しそうに話しかけているのが見えた。
リアンは、胸が痛むのと、あの寒くて寂しい感覚に再び襲われた。
今すぐに、彼の元へ駆けよればいいのに、足がすくむ。目の前でマクリールが女性と嬉しそうに談笑しているところを見たら、この胸の痛みはどうなってしまうのだろうと、リアンは不安だった。
リアンはその場にしゃがみこんで、この痛みもなにもかもやり過ごそう。耳も目も塞いで、この世界から消えてしまおうとした。
そんな彼女に、一筋の影が伸びた。
「……リアン、ごめんね。帰ろうか」
私の肩を握り、立たせてくれたのは他ならないマクリールだった。
彼が差し出す手を、リアンは自然に握り返し、二人は町を後にした。
二人が戻ったのはリアンの小屋ではなく、マクリールの家だ。
リアンも、それを受け入れ家の中へと入る。
「これ、リアンのね」
それは、先ほど町で見ていた食器屋に置いてった小ぶりなマグカップだった。
どうやらマクリールは最初からリアンを返すつもりなんてなかったらしい。リアンもそれが嬉しかった。
この日から、二人きり森の奥で暮らす日々が続いた。雪も寒さも一段と強くなる。マクリールの家には見たこともない妖精の本がたくさんあり、本の虫を夢中にさせた。
マクリールにとっても、誰かとこんなに長くいられることはなかった。自分は言い寄り魔の子で、その力が怖くて本当に誰かを好きになることから逃げて生きてきた。
軽薄な態度も、自分に夢中にさせないためだった。けれど、目の前で微笑む彼女は無自覚にそんな自分の中に飛び込んできた。今まで元は人間なのに、妖精に育てられてきたという本当の自分はどちらなのかという彼自身によってかけられた呪詛は、リアンの手であっという間に解かれてしまった。
自分も本気で誰かを思っていいのだと。そして、その人は手を伸ばせば触れられる距離にいるのだとマクリールは心の底から満ち足りた気分だった。
そんな中リアンはふと、毎日握っているマクリールの手が冷たく感じた。リアンは自分の手が冷たいせいだと、その手を放そうとした。けれどそれをマクリールは許さなかった。きっとそれは寒い冬のせいだと。




