冷たい手でもいいよ
マクリールの家は、歩いて3時間以上かかるほどに、森の中でも深いところにあった。まだ頂点には登っていなかった太陽も、もう傾いていた。
リアンの小屋よりも、よっぽど女性が住んでいそうでお伽噺に出てきそうな佇まいに、マクリールのセンスが伺える。
女好きの彼のことだ、きっとここに女性を連れてきて、喜ばすために違いない。そう思うと、リアンはなぜかあまり好きにはなれなかった。
扉をノックしようと、手を握ったけれどなかなかそれ以上に動かすことが出来ない。
何故、何のためにここに来たのだろう。リアン自身も分かっていなかったのだ。
ただ、このままマクリールに会えなくなれば凍えてしまう。広い空間に一人きりでいる居心地の悪さに息も詰まりそうで、小屋を出てきたのだ。
「ん? 誰かいるの?」
扉がゆっくりと開く。どこかに隠れる場所はないのかと、周囲を見渡すけれど、既に葉を落とした木々ばかりだ。
「リアン?! 一体どうしたの」
あまりにも予想していなかった客人に、マクリールは瞳を大きく見開いた。
リアンは、観念してゆっくり口を開き、ありのままを言葉にした。
「……マクリールが、私の小屋から暖かさと、居心地の良さを持って行ってしまったから、取り返しに来たのよ」
「……っふふ。こんな詩的な言葉を女の子に貰ったのは初めてだ。外は寒いからお上がり」
マクリールは口元に手を当てて、必死に笑うのを我慢しようとしているのが、リアンには不満だった。この現象に何か理由があるのなら今すぐに答えがほしいのに、と。
招かれた部屋は、広さもほどほどに、やわらかそうなソファーがある。
そこに促されたリアンが座ると、ふわりと包まれ、安心感がある。
「ごめんね、コップがこれしかなくて」
少し欠けたマグカップの中には、ホットミルクが湯気を立てていた。
ゆっくりそれを飲み干すと、今度はマクリールの視線が気になってしまう。
それを避けるように、窓の外を見ていると、マクリールはくすりと笑いキッチンへと向かっていった。
緊張から解き放たれ、ソファーの柔らかさ、部屋の暖かさ、歩いた疲労感、そして昨晩の睡眠不足に究めつけのホットミルクに、リアンは瞼が重くなるのを必死で堪えた。けれど、リアンの考えとは正反対に意識はどんどん遠のいていく。
次に意識を取り戻すと、聞こえてきたのは歌声だった。
それは讃美歌のようで、リアンの中へすっと溶け込んだ。
「あれ、起しちゃった?」
「……マクリールは歌が上手いのね」
「んー、昔から好きだったんだけど、どうにも最近は特に喉の調子がいいみたいでね」
まだ体まではけだるくて動かせないリアンは、再び瞳を閉じた。
マクリールもその様子を見て、再び歌いだす。
リアンはぎゅっと自分の手を掴まれた感覚に、目を開かず答えた。
「私、昔から手が冷たいの。マクリールが冷えてしまうわ」
「構わないよ。俺がこうしたくてしているんだから」
マクリールが去った後の小屋で感じたものは、マクリールがいるこの家では全く感じない。
リアンには、その違いがよく分からなかった。
何にでも答えを求めようとするのは彼女の悪い癖だ。けれど初めて、答えなんて求めずに、流れに身を任せることもいいことなのだと感じていた。
「今日は遅い。明日の朝、町に行く用事もあるから送って行くよ」
マクリールは再びリアンが眠りについても、一晩中ずっと手を握ったまま、彼女の寝顔を幸せそうに眺めていた。




