きらめきに誘われて
「……で、なんでまだ居るんですか。今日帰るのでは?」
「一宿一飯の恩義、これくらいさせて」
一晩、知らない男と同じ小屋にいて安心など出来るはずもなく、同じベッドでというマクリールの執拗な誘いに断り続け、自分は暖炉の前で毛布をかぶって睡魔に耐えているのに、彼はまもなく規則的な寝息を立てていた。それがリアンからすれば苛立ちに変わっていくのは容易い。
朝食もしっかり食べたマクリールは外に出て、するすると屋根の上に上り、積雪を下ろしていく。大した量ではないけれど、元々の老朽から考えれば修繕はしてもらったものの、心もとないのは事実だ。
しかし、この調子で今日まで居座られたらたまったものではない。
「……そんな不安そうな顔しなくても、今日には帰るよリアン」
リアンの心を読んだかのように、そう言うマクリール。
その言葉を、疑い半分で聞き流しながら、リアンは小屋に寄りかかりながら腕を組んでいた。今日は晴天。昨日より雪は解けているようだった。太陽に反射して、キラキラと光る白銀の世界はとても綺麗だ。
その時、
「リアン!!!!」
マクリールの叫ぶ声が、森中に響いた。その声に驚いた鳥たちは羽ばたく。
リアンは、上を見上げると屋根の上の雪がこちらに落ちてこようと迫っていた。咄嗟に腕で頭を守ろうとするけれど、それよりも雪が落ちるのが早かった。
自分に落ちてくる雪の塊に身構えて、反射的に目を閉じた。けれど、一向にその衝撃は訪れない。
雪よりも早く駆けつけたマクリールが、リアンを庇うように彼女を抱きしめたからだ。
「っ……!! 冷たいなぁ。怪我は?」
自分の衣服に付いた雪を叩きながら、マクリールは尋ねた。
リアンは、首を振るので精いっぱいだった。その様子を見て、マクリールは満足そうに微笑んだ。
「もう、雪を下ろしているときには下にいちゃ駄目でしょ」
「ご、ごめんなさい……雪下ろしなんてしたことなかったから」
「ふーん。ひょっとしてリアンって相当お嬢様でしょ?」
それは否定できない。いくら好かれていないとしても世間体的にはリアンはれっきとした伯爵令嬢だ。帝都も雪は降るもの、そこまで積雪もしないし雪下ろしも屋敷に仕えるものがやっていた。
本の虫、勉強と研究、最低限の女性の嗜みしかやってこなかったようなリアンには、窓の外で何が行われているかなんて興味もなかった。
独りで生きていくと決意しておきながら、生き抜く知恵と経験は欠落しているのだ。
その証拠に、反省しなければならないことが沢山あるはずなのに、今のリアンの心を占めているものは他にあった。
他人に心配される、守られることがまるで春を知らせる暖かい風が吹くように、心地いいものなのだとリアンは初めて知った。
「何か拭くものを……」
「いやいいよ。雪下ろしももう大丈夫そうだし、このまま帰るよ」
マクリールは腰に結び付けていた、あの奇妙な仮面を再び自分の顔につけた。
「これはさ、俺の顔を見えないようにしないと普通の子は俺に見惚れちゃうんだよ。
だけど、俺にだって選ぶ権利くらいあるわけ。好きになってほしい子にしか素顔を見せないようにしてるんだ。……リアンには効かないみたいだけどね。
言い寄り魔に見惚れた女の子を見捨てて、女の子は恋煩いで死ぬのが、俺が親に教わってきたことだから、まぁ宿命みたいなものだよね。俺が女の子を求めるのも、女の子が俺を求めるのも」
マクリールは後ろ手に振りながら、美しい歌を残しつつ森の奥へと消えていく。
彼は、小屋の中で私が料理を作る時も、雪下ろしをしていたときも鼻歌を歌っていた。どうやら歌が好きらしい。
彼の姿が見えなくなるまで眺めてから、小屋へと戻った。
ここに来た時は大きくも小さすぎることもない小屋だと思っていた。けれど、妙に空いた空間、ほんの少し寒さすら感じるのは室温だけのせいではない。
彼が今朝まで寝ていたベッドに寝転がると、先ほど抱きしめられた感覚が戻ってくる。
「……マクリールの家って遠いのかしら」
鞄に飲み物や簡単な食事を詰め込み、念のためマッチとランタンを手に持つ。
マクリールの歩いた雪道に、彼の足跡が残っていた。雪のきらめきに誘われるように、リアンは歩きだした。




