ため息まで白い
リアンにとってこの地は少しばかりの寒さを除けば、楽園のようだと思った。
理由もなく、幼い頃から両親には遠巻きにされ、召使いもほとんどが女性で私の噂を聞いては極力接するのを嫌がった。
その噂というのも、友人の恋人を拐かしたり色目を使う、人の物が欲しくなる悪女だという思い当たらないものばかりだった。
最初はその生来の気の強さから、否定を繰り返してはいたものの、誰も彼女の言葉に耳を貸そうとはしなかった。そうしていくうちに、リアン自身、自分に諦めてしまった。
けれど、この地には自分を悪く言う者はいない。極力、町の人間とも関わらないようにすれば自分の好きなことに没頭できる。
リアンのライフワークとしているのは薬の研究だ。帝都には異国の物が集まるけれど、田舎には見たこともない植物がたくさんある。
それをするにも、まずは家の修繕と冬支度が先なのだが……。
どこから手をつけようか、小屋の外で考えあぐねていた。
「市場のおばちゃんに聞いたぜ。お嬢ちゃん、この小屋に越してきたんだろ? 修繕するなら俺たちが手伝ってやるよ」
振り返るとそこにいたのは、見ず知らずの働き盛りの男性が数人。
見た所、人の良さそうな人達だった。けれど、念のためフードを深くかぶる。
「はい、そうです……。お手伝いしてくださるんですか?」
「おうよ!! この町に住むんなら皆仲間だからな」
あまりに手際よく動く彼等に、自分が手を出すのは逆に邪魔になるのではないかと遠巻きに様子を伺った。
彼等は本当に気前よく談笑しながら小屋を直してくれるだけでなく、当面の薪まで用意をしてくれた。知識だけは人一倍あるリアンだが、実際に動くとなると話は変わる。こんなに早く修繕が終わるとは嬉しい誤算だった。
「あ、ありがとうございますっ!!」
勢いよくお辞儀をすると、起き上がる反動で被っていたフードが捲れた。
しまった、と思った時には遅く、目の前の男性たちは彼女の素顔に目を丸くした。
「お、お嬢ちゃん、偉いべっぴんさんだったんだな……」
「恋人とかいるのか? いや、でもこんなところに住んでいるくらいだ。訳ありなんだろう? 良かったら今晩うちに食事でも……」
「……恋人ならいます!! ここで待っているだけで、すぐに来ます!!」
以前から慣れた雰囲気に、咄嗟に口に出た嘘。けれどその言葉で、彼等は渋々納得して帰ってくれた。
人影が見えなくなると、急いで小屋へ入り、頑丈に戸締りをした。今更ながら女性1人で生活していく恐怖を感じ、身震いをした。
その日は格段に寒い日だった。天気もあまりよくはなく、きっと夜には初雪が降るだろう。
あの日以来、町ではちょっとした噂になっているらしく、毎日数人の男性がリアンの元へ見学に訪れるようになる。
その状況に大きくため息を漏らすと、その息は白い。
今日は冬至の準備をするのと、その熱視線から逃れようと山中に入った。収穫である手に持っているヒイラギは魔除けの効果があると言う。……今すぐにでも男性が来なくなる効果もあればいいのにとリアンは思う。
小屋に戻ると、扉の前で見ず知らずの男性が倒れ込んでいた。
さすがに見て見ぬ振りはできず、声をかけたが、反応はない。彼は奇妙な仮面を被っていて、表情まではわからないけれど、体が冷え切っていた。
このままここに置いていけば今晩の雪で死んでしまうかもしれない。
仕方なく、彼を背負い、自分の小屋へと運び入れた。
ベッドに寝かせ、毛布をかけてから暖炉に火を灯す。徐々に暖かくなる部屋の中、リアンは奇妙な仮面をゆっくりと外してみることにした。
規則的な寝息を立てているその人の顔を見て、リアンははっ、と驚き思わず仮面を床に落としてしまった。
帝都でも、この町でも見たことのないほどにその人は、あまりにも美しく、すっと通った鼻筋が印象的な男性だった。




