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初雪が降るまでに

 ―――あなたに、妖精の祝福を……―――





 焦げ茶のブーツに足を通し、いつもより念入りに紐を縛り上げた。

 これからの長旅を思えば、これくらい慎重になる。

 重苦しい扉を自らの手で開けたのは初めてのことだった。そこから吹き抜ける冷たい風はなんと心地いいのだろう。

 リアンは自らの未来への不安よりも、今の自由に心なしか浮かれていた。


 彼女は伯爵家に生まれた、稀代の才女だった。女が勉学なんてといわれるこの時代において、皇族が通うほどの名門に女性で入る者はごく僅かだった。

 しかし、これがいけなかった。彼女はあくまでも自分の知識を身につけるためだけに学園へ通っていたのに、殆ど女性に免疫のない年頃の男子の中で、彼女はあまりに異質の存在だった。

 彼女の行く場所、時間、今日の香水の香りまでが噂となり、騒がれていた。

 当の本人は、それがあまりにも煩わしいので、言いよってきた男全てを粉砕していた。

 そんな鉄壁の美女に嫉妬したのは他の才女達だ。

 いくら頭の良い者でも、女性の嫉妬ほど浅はかで醜いものはない。この学園に通う、秘かに思いを寄せていた第五皇子をけしかけ、リアンに告白させたのだ。

 仮にリアンがこの申し出を受ければ、王位継承の可能性の低い、見た目も乏しい第五皇子一人をリアンにあてがえば、学園の他の男子は泣く泣く彼女を諦めるだろう。

 彼女が断れば不敬として咎めを受けるだろう。どちらにしても、女達のうっ憤を晴らすには丁度良かった。


 結果、彼女には皇女のポジションなど興味もなく、他の男子に比べれば少しだけオブラートに包んだ言い方をして第五皇子の申し出を断った。

 これを不敬と皇子を惑わせた傾城の妖女として、リアンはこの帝都から遠く離れた田舎町に移住するようにとの命が下る。

 元々、家族とも家来とも上手くいっていなかった彼女は、唯一の友と呼べる白い牝馬と最低限の荷物だけを持ち、一人で旅立とうとしている。そんな彼女を見送るものは一人もいなかった。この帝都において、彼女は悪役令嬢なのだから。





 朝方に出発したのに、目的の町に着くころには夕刻になっていた。リアンのこれから住む場所は、それよりも少し先だった。そこはしばらく人の住まない小さな小屋だと聞いている。少量の食材を買おうと、小さな市場に向かった。新天地に着て早々、同じ思いをするのは嫌だとフードを目深に被った。



「おや、旅人さんかい?」


「いえ、この先にある家に引っ越してきたのです。これからはお世話になります」


「こんな辺鄙な場所にお嬢さん一人で? あの辺りには言い寄り魔の取り換え子が現れる。女たらしだから気をつけるんだよ」



 親切なおばさんがそんな忠告をした。帝都ではもうほとんど信じられていない妖精の存在も、田舎には未だに根強い。

 馬鹿らしいと、心の中では思いながらもリアンはその言葉を否定することなく、市場を後にした。





 たどり着いた小屋は、山の中腹辺りにあった。人が住むにはあちこちに綻びが見えた。これは明日からの目先の仕事が出来たとして、小屋の中に入った。

 外から見たのと同様、あちらこちらからの隙間風が体を凍えさせた。

 

 その日はなんとか耐えたが、この辺りでは遠くなく雪が降るだろう。それまでには温まる場所を。ここで一人きり、生き抜いていくのだから。

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