その1
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朝目覚めるのはだいたい僕の方が早い。彼女もだいたい朝10時には起きるが、お互いにフリーターともなれば朝10時でも十分に早いと言うことが言える。
その30分くらい前。僕は彼女の歯ぎしりで目が覚める。この世のものとは思えない騒々しい歯ぎしりの上に、半々でかけていたはずのタオルケットが全て奪われている。僕の下半身は若さを主張している。これがデフォルト。通常の流れだ。波打って起こさないようにゆっくりベッドを抜け出てからはーっと息を吐き出す。たばこでも吸えれば今は吸うタイミングなんだと思うけど、吸ったことはないので分からない。
珍しくこんな時間から背後でもぞもぞと音がした。
「んおはよ」
おきたての気だるい声が僕に向けられた。贔屓目を抜きにしても彼女のおきたての声はかわいすぎると思う。大体の男は起きたてに弱いと思うのも、彼女の存在が大きい。
「おはよう。歯が削れそうだったよ今日も」
歯ぎしりの状況をそれとなく伝える。よくある日常の光景、ではないのだろう。
「ふーん」
ここで彼女は照れたり恥ずかしがったりしない。それが悲しくもあったり、それとなく嬉しかったりもするから不思議だ。
「今日バイト?」
彼女の問いに頷く。
そのままそっとベッドに戻って抱擁した。
「や」
胸をぐいっと押され拒否される。本当に拒否してるわけでもなさそうだったけど、怠いのか面倒なのか、あまり乗り気でないのは伺いしれた。
「かわいんだから」
そう呟いてから僕は顔を洗いにいった。
彼女はふーんと口ずさんでいた。歌でも歌うように。
顔を洗いながら考えることと言えば明日に迫った彼女のふるさとの帰省だった。なぜだか僕もついて行くらしい。最初は拒否していたけど彼女がもうものすごい頑固で、最終的には根負けした。ただ、この何も社会的価値もない体をどう説明したらいいのか見当がつかない。
彼女曰く会いに行くのは結婚した次女夫婦のところだから心配ないと言う。それでも僕は嫌だったが、親に挨拶するよりは気が楽だったのは事実だった。ごめんなさい親たち。こんなに不甲斐なく甲斐性もない男で。
心の中で神にだけは祈っておいた。一応。念のため。
そんなことを考えているといつのまにか身支度が整っているから不思議だ。歯を磨き顔を洗い適当にワックスを付け終わっている。
習慣という奴は恐ろしい。
部屋に戻る前にミニキッチンで牛乳を一杯飲み干す。磨り硝子の窓からは朝日がこぼれている。空の色を見る限り、今日は暑くなりそうだ。
部屋に戻ると彼女は瞑想を始めていた。朝起きて一番最初にすることが瞑想だと言う女を僕は他に知らない。
瞑想中は静粛に。
これは僕たちの暗黙の了解だった。僕は息を潜めカーテン越しの明るみを見つめる。
この、少し現実離れした10分は慣れてくると意外に神秘的で和んでくるから意外だ。
彼女はあぐらのような形で、手をすっと下ろしたまま目をつむっている。どう見てもその姿は格好よかった。ほんとどう見ても様になっていた。ちんちくりんな体してるくせに。
「今日ミサに預かってくる」
どうやら寝てしまっていたらしい。
不意に聞こえた言葉に体がびくっと反応したかと思うと訳の分からない力で後ろにころんと転がっていた。
「あ?うん」
などとよく分かってない感丸出しでとりあえず肯定しておくと、彼女は再び今日ミサに預かってくる、と告げた。
「ん。いってらっしゃい」
ようやくそれだけ言葉を発すると、急に上から抱きついてきた。さっきは怠そうだったのに、今は違うらしい。
そんなことを考えながら、しっかり体は彼女を抱きしめているから不思議だ。