怪物出現
「そんな馬鹿な、ありえない」
レンプ氏の家が爆発を起こしていた。
即座に家に駆け寄る。
雛が横になっていたベットは灰と化し、壁は砂のように粉々に散り、レンプ氏が座っていた椅子は木っ端微塵に砕け、黒くなった木屑が散乱する。雛が先ほど使った食器は一切の原型をとどめていない。
煙があちこちから上がっている。
「一体なぜこんなことに」
瓦礫を手当たり次第持ち上げレンプ氏を探した。
「返事をしてください」
しかし一切の返事が聞こえない。
幾らか時間が経つと人が集まってきた。
しかし火が出ていないにもかかわらず誰も瓦礫を持ち上げ、レンプ氏を探すことはせず、家の惨状と、懸命に探す雛の姿を憐れそうに見ているだけだ。
「みなさん、この瓦礫の中に一人生き埋めになっているかもしれません。どうか探すのを手伝ってください」
雛の呼びかけに野次馬は返答がない。
「ただ声が出せていないだけかもしれません」
誰も動こうとしない。
一体どういうことだ?
「レンプなんかに慈悲をかけるつもりはない」
恰幅のよい、襤褸をまとった男が言う。
「レンプはへクサだった」
「これは天からの罰だ。天はいつ何時も私たちを見ている。それゆえレンプの悪徳に成敗を下したのだ」
白い顎鬚を生やした男の老人が頷きながら言う。
「何をレンプさんがしたのか知りませんがもし今生きていて私たちが彼を助けなければ見殺しにしたことになります」
「見殺しではない。レンプにとっても天の加護を死の目前に受けることができるのだからそれ以上の幸せはないと言えるだろう」
「そうだ」
髭の老人の発言に野次馬が賛同する。
「へクサは私たちを犯罪の渦へと誘い、自然を冒涜し、社会を混沌に包み込む悪魔だ。魔術を使って人を狂わせ、呪い殺し、嵐や洪水や大雨などの災厄を引き起こす元凶である。そして悪魔を地獄から連れてこの社会に現れ闇で覆う。そのような存在に天は正義の鉄槌を下したのだ」
襤褸の男が言う。
「レンプは町の子供を連れ去っては殺し、悪魔の餌とした。それゆえこの男の末路は正当なものだ」
髪の長い、白髪の女の老人が告げる。
「魔術などと言う非科学的で数学で記述できないものを信じるつもりはありません」
雛は野次馬にはっきりと述べる。
「審問官、これを」
若い男が髭の老人に、先に水晶がついた長い杖を見せる。
「これこそ、へクサであることの証。これを使い人々に災いをもたらす」
髭の老人は杖を受け取ると、手で二つに割った。
「名は知らないがもし君が数学という、陳腐で天の考えに反する学問を根拠に天に敵対するというのなら、君は異端者だ。つまり私たちは天の名の下、審問所へと連れて行く権利を有する」
髭の老人がそう言うと、後ろにいた若者が前に出てくる。
「やめてください」
一人の若い赤髪の女がこの場に二人の若者によって連行されてきた。
彼女は必死に抵抗している。
「私は何もしていません。レンプ氏だって同じはずです。それに魔術なんてものが存在するとは誰も思っていないはずです。天の名の下に信じているはずがありません。仮に魔術が存在するとしてもどうしてレンプ氏がやり、私がやったことになるのですか?こんな無慈悲なことをする権利がどこにあるのですか?」
若い女は必死に訴える。
「権利は天から授かった。君はいつも私たちに抵抗しているが、君は美しく純潔であるから天の慈悲の下、許してきた。だがこれ以上は君の発言も許すことができない。君の発言は天に対する冒涜に等しい。君も異端者ということだ。よって君も審問所にこの男と一緒に来てもらう」
髭の老人は毅然とした態度で答えた。
「連れて行くのだ」
二人が連行されるその時、
突然、森の方から地響きが聞こえた。
森から白い鳥たちが一斉に慌てて飛び去る。
昆虫の鳴き声は止まり、地響きが徐々に人里に近づいてくる。
「何だ?」
野次馬が口々に叫ぶ。
「一体何が?」
雛は戸惑いを隠しきれない。
地響きは目前で響き騒然とする。
家々は揺れで若干傾き、脆い倉庫が幾つか音を立てて崩れる。
建物の隙間を突風が流れ、砂埃が舞い上がる。
固まる野次馬。
禍々しい地響きだけが空気を伝わる。
揺れは激しくなり、野次馬の一部の人々はたじろぐ。
建物からその姿を現した。
「この星ってこんなありえないことばかり起きるの?」
雛の眼前には40メートルほどの怪物がそびえ立つのだった。