Alive VS Rare gas
「何だ?」
二人は喧嘩腰でくってかかりそうな勢いだが、あとの二人は口をあんぐりと開け、動きが止まっている。
雛も出し抜けにネイルとプルートーが現れたため一瞬固まる。
「俺たちに喧嘩売ろうってか。ふざけるな。お前みたいなひ弱な女と動物が勝てるとでも」
「突っかかるのはいいけどその行動に対して相応の対価が返ってくることは勿論わかってるよね?」
「黒い化け物がでしゃばるんじゃねぇ」
「相手を貶める発言を続けるのならネイル、僕もむかついたからちょっとやっちゃってよ」
「そうだな」
「お前ら、それだけ言ったんだ。いたぶって嬲り殺しにしてやる」
しゃにむに、怒りの血を目に滾らせて二人の男が攻勢に出る。
ネイルは握っていた剣を振り払い、素早く右に避けると向かって来た男を蹴りで地面に容赦なく叩きつける。もう一人の男も殴りかかろうとするがその前に足が腹部に打ち込まれ、その場に倒れる。
「二人はやられちゃたんだけど君たちはどうする?」
プルートーは残る二人を一瞥し、蔑むように歩を彼らの方に進める。
残りの二人は黙ったまま首を横に必死に振る。
「じゃあ、ばいばい」
左前足を上げて手を振る。その手を見て二人は緊張の糸が切れたように疾走して逃げて行った。
「これで邪魔者は居なくなったね。それで今日は君に用があるんだよ。カードを渡してくれないかい?僕らにとって必要なものなんだよ」
「拒否すれば?」
「力ずくで回収させてもらうよ」
プルートーは俊敏な動きでネイルの肩に乗る。
ネイルは右手に四枚のカードを軽やかに出し、ブレスレットに装填。
「元素変身召喚」
「エレメンタリー・レアガス
承認」
紫色の粒子に包まれ、一瞬で装甲に身を包む。夜空に光る星のように燦然と輝いている。
「さぁどうする?」
「決まってる」
雛はかろうじて立ち上がると四枚のカードを出し、一瞬でエレメンタリー・アライブの姿に変わる。
「ところでミネルヴァは?」
「今いないね」
雛は腕に力を入れ、構えをとる。
「捨てられたのか」
「確かに不仲にはなったが捨てられてはいないと思う」
「そうか」
ネイルが受け答えした。プルートーは勢いよく飛び上がると、粒子になりブレスレットに入る。
「じゃあ行こっか?」
プルートーの掛け声とともにネイルは素早く雛の背後に回り、蹴りを入れる。
気付いた雛は飛び上がって回避する。二基のブースターが唸り声を上げる。
ネイルは飛び上がる。すると三対の、金属の翼が両側面に展開し、はやぶさのように迷いなく鮮やかに空を切って行く。
旋回すると上空から風を切り、雛へと迫る。
ブースターの出力を上げ、回避する。
何度もせめぎ合い、ぶつかり合い、一進一退の攻防戦を繰り広げる。
だが次第に雛は劣勢に立たされ、ネイルが空を踊るように舞い、雛はかろうじて交わす。
「完全に相手の方が空中戦は上手か。
化合召喚
水素
酸素」
水を光弾状にして連射する。しかし、軽快な身のこなしで何度も躱す。
「全く当たらない」
ネイルは動きが止まった一瞬をついて空を駆け抜け、正面から急降下蹴りを浴びせる。
必死に押しとどめるが、突きに耐え切れず地面に無残に叩きつけられる。土埃が溢れる。衝撃で地盤がぐらりと揺れた。
雛は間を置かず、すぐに立ち上がると
「元素召喚
窒素」
右手から凍れる純白の光がネイルへと放たれる。油断していたのか回避するも冷凍光線が足に直撃し、急激な凝結に、装甲の表面に亀裂が入る。
ネイルは水面に落ちる一滴の雫のように雛の前に降り立つ。
直撃した左足の装甲が着地の振動でギシッと軋む。
「まだやるかい?」
プルートーが尋ねる。
「カードをそう易々と渡すわけにはいかないでしょう」
「そうだよね。でもさ、君は何で哲学者に選ばれてわざわざ真面目にカード探しをするんだい?君にとってのメリットは実質ないよ。それにさぁ、ミネルヴァからカードについてもあまり聞いていないでしょ。よくも知らない海に飛び込もうと思うね」
「海に飛び込むつもりではなかったが、カードを悪用する連中を食い止めるのが使命のようだからね。ただやれることをやるだけだ」
「正義感か?」
ネイルが言う。
「そんな仮初めを信じると?」
「別に正義などという名ばかりのものに自身の行動を正当化させるつもりはないよ。その点では経験上、君と同じように仮初めと思っているからね」
「なるほどね」
プルートーが言う。空気を飛切り、渾身の一撃を加える。雛はすかさず腕を十字にして、瓦礫を巻き上げながら、衝撃に押されながらも耐えた。
「お前には成し遂げられるだけの意志があるか」
ネイルは地に膝をつけ、
「化合召喚
銅
スズ」
魔法陣が手元に出現する。何かを強く握りしめる。魔法陣が徐々に上へと上がっていき、青銅の剣が出現する。
毅然と立ち上がり、まっすぐ剣を雛へと突き出す。
「なるほど、ああいう使い方もできるのか。とにかく何か冶金すればいいわけだ。
化合召喚
炭素
鉄」
魔法陣が出現し、手に白銀色の傷一つない研ぎ澄まされた刀が現れる。
「刀?剣のつもりが…」
「遅い」
素早く、剣を疾風の如く突き出す。雛は刀で振り払う。
間合いを開けてネイルは再び突く。刀で受け止める。
鋭く、突き刺さる音を幾重にも響かせ、果てしない剣戟を繰り広げる。
二つの銀色の光沢が容赦なく風を舞い、空気を舞い、そして二人の中で舞う。
絶え間なく続き、雛は動きが鈍ってきた。ネイルは背後に回って剣を突き刺す。体を曲げて見事に避けると、右手が地についたまま、体をねじって回転させ刀を振りかざす。
ネイルは即座に剣を戻して受け止める。剣と刀がぎりぎりと鋭い音楽を響かせる。
「ではお前は何のためにやれることをやる?お前のいう悪事を食い止めて意味があるのか?」
「意味?」
「そうだ。何かを成し遂げる意志はそれを行使する意味があってこそ名実ともに意味をなす。意味を考えたことがあるのか?」
「人が殺されるかもしれないとわかっていて止めない人がいるか?」
「人、お前はそんなに守りたい存在か?」
「えっ?」
「人など強い欲の怪物、存在は人以外の多くの生物をも蝕む。そしてその刃は人同士にも向けられる。無理屈で、泉のように湧き上がる強い欲のためなら人は嬲り、貶め、殺し、何でもできる。お前も少しは見てきただろ?」
雛は刀の手をふと緩めた。その隙にネイルは剣の柄を手に打ち付けて刀を落とし、剣を固く握りしめると強く前に突き出した。
そのまま吹き飛ばされ、家屋の瓦礫の山に激突した。
ネイルが剣を消し、ゆっくりと、迷妄などない毅然とした歩きで近づいてくる。
強制的に召喚が解除されていた。悶え、もがいていたが立ち上がる気力と意志がなく動けなかった。
「召喚解除」
レアガスの装甲は一瞬で消え、ネイルが雛の前に聳え立つ。
ネイルは雛のブレスレットに手を翳し、ケースを開けると水素、炭素、窒素、酸素のカードを除いた全てのカードを回収した。
「返せ」
雛が声を振り絞る。
「四枚は残しておく。それがなければ命の哲学者として意味がない」
「残念だったよ。惜しいところで負けちゃったね」
ブレスレットからプルートーが現れる。
「お前は一人の女の死をこの目で見た。名前は竹内菖実。女は自ら命を絶った」
「なぜそれを」
雛はネイルの悪意に滲み出た言葉に瞠然する。
「お前は命の哲学者。それぐらいのことは調べる。お前が地球で何を経験し、何をしてきたのか」
そう言うと、ネイルは倒れる雛の胸ぐらをつかむ。
「過去はお前に何を語りかける?社会への不信?自己への絶望?信頼していたものの崩壊?」
「やめてくれ…」
雛は必死に声をねじり出す。
「お前は社会をどう思う?世の中をどう思う?」
何も答えない。
「裏切られる希望。夢が塵となって消えていく墓場?」
「なぜ社会を否定する?」
「なぜ?それは社会がそういうものだからだ。お前も思ってきたはずだ。それを否定できるのか?」
決して枯れない悲しみの泉から湧き上がる否定の言葉。ネイルの心はそれを汲んで雛へと浴びせていたのだ。
「どうして人は社会の血染めの悪を否定する?認めたくないか?受け入れたくないか?でもそれが現実だ。お前も幻想ではなく現実を受け入れたらどうだ?」
雛はネイルの激しく、凍てつくような視線に合わせることなどできない。
「図星だよね」
プルートーが蔑むように言う。
「まぁ仕方ないか。誰だって嫌なことなんて受け入れたくないよね」
「今は受け入れたくないならそうすればいい。だが、いずれ受け入れる時が来る。時がお前に社会の真理を教えてくる。社会を作った人などに決っして価値がないとわかる」
無表情のまま、立ち去ろうとしたその時、
「カードを返せ!」
突然、駆けつけたミネルヴァが急降下してネイルに突っ込む。すれ違いさまにカードを二枚奪い返す。
「硫黄とプラセオジムか」
「別にまた力ずくで取り返すつもりはない。その二枚含めて六枚は持っていろ」
ネイルは言い残し、プルートーと共に去って行った。
「雛、おい。しっかりしろ」
雛はミネルヴァの声に答えなかった。
新しく登場した元素
銅
原子番号29
元素記号 Cu
発見者 不明
由来 古代の銅の産出地として有名なキプロス島のラテン語
性質 二番目に電気を通しやすく熱を通しやすい。10円硬貨の原料。
スズ
原子番号50
元素記号 Sn
発見者 不明
由来 ラテン語で「鉛と銀の合金』
性質 ブリキのおもちゃに使われている。ブロンズとは銅とスズの合金、つまり青銅のこと。