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失われた未来の再建  作者: 水素
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対立の政治

 ミネルヴァは空を突き進み、政府官邸に向かっていた。

「カリタス隊隊長から密かに聞いた話では今日、政府官邸で革命軍側の貴族と革命軍幹部による秘密会合がある。それを傍受すれば手がかりがつかめるかもしれない」

 うららかに照っている空には、薄い波のような、すじ雲がかかっていた。

 飛行中、大理石の街ではさまざまな世間話が羽音を響かせる蝿のように飛び交っていた。

「そういえば一週間ぐらい前に起こった窃盗事件、まだ犯人が捕まってないんだってな」

「犯人はヘクサって新聞で書いてあったわよね」

「革命で教会も少しは勢力を弱めたわけだし、ヘクサが台頭してくるかもしれないな」

「でもヘクサなんて悪魔よ。そんな奴らが公然と出てきても困るわ」

「しかし旧政府の力を後ろ盾にあれだけヘクサとして民間人を処刑していったわけなのに未だに処罰を受けないよな」

「当たり前でしょ。ヘクサ胎児はこれからも続けてもらわなくては。ヘクサなんかに生きる価値はないわ」

「ゼウス教と正反対の思想など必要ないってか?」

「だけどさ。ゼウス教はあまりにも家父長制を押しすぎじゃないかな。男の俺っちが言うのもなんだけど。まぁそんな教え大っぴらに言っているわけじゃないけど実質はそうさ」

「でもその制度こそこのアルビヨンでは社会の根幹をなすことだと分かってるのか?」

「勿論だとも。でもさ、その制度がヘクサを悪魔として貶めた、とわかっている人間が少なすぎやしないか?」

 政府官邸の豪華な庭にそっと降りると壁に身を隠し、周囲の目を確認する。手入れが行き届いていて、芝が均一の高さに整えられ何本かの樹木が花を咲かせていた。一本の大理石の小道が芝生を横切っており、政府官邸の入り口と繋がっていて庭を一周して戻るようになっている。

 ミネルヴァは二階の開けっ放しの窓を見つけ、潜入する。

 建物の幅ほどある長い廊下だ。天蓋には繊細なシャンデリアが吊るされ、床には良質でしなやかな糸で織られた鮮やかな赤の絨毯が敷かれている。

 だが豪華ながら地味で、派手ながら静謐で、華麗ながら汚泥としていた。二極化された言葉がこの廊下の、絡み合った混沌とした雰囲気を表していた。

 壁にはアルビヨンの激動の歴史が描かれた絵が飾られている。どれを取っても内乱の時代。指導者は幾度も変わってきた。暗殺もしくは追放の積み重ね。激震の時の流れの中で今まで変わらなかったことが一つあった。王政だ。何度血が流されようと変わってこなかった。

 今、昨今の革命で旧政府を廃し、新しい指導者として君臨しているのがイアーゴ・ティウス。確かに彼によって今まで名ばかりだった議会が機能し始め、一ヶ月前には議会議員選挙が行われ、二百名の議員が選ばれた。新たな歴史の始動にロドンの人々は歓喜で迎えた。

 しかし、新たな歴史は本当に新たな時代を生んでいくのだろうか?

 ミネルヴァは会合が催される部屋を探し、見つける。中に誰もいないのを確認し静かに入った。

 どっしりとした立派な趣の大理石でできたテーブルが広い部屋を占めている。廊下の物より細かく掘られたシャンデリアが天蓋にかかる。暖炉があり、炉内には煌々と淡く炎が焚かれている。樹木の色が鮮明な堂々とした木の戸棚には分厚い書物がしきつめられている。

 ふと廊下から何十人の足音がとめどなく響く。ミネルヴァは観音開きの箪笥の上段に隠れる。部屋に幹部や貴族らがやってきた。洗練された身なりをしており、彼らの靴には傷一つなかった。それぞれの席に着き、二人の隊兵が扉を閉めた。

「天は最も偉大な存在であり、我々はその天、ゼウスに召された存在である。その身を以てそれを示す」

 参席している者たちが一斉に目を瞑ったまま唱えると目を開ける。

「早速本題に入りたい。先日、ロドンに潜伏する哲学者によって教会が所有していたカードが盗まれた件だ。このことは隊長でも知らない極秘事項だ」

 No.2のキャシオ・エンノアが述べる。

「そこまで極秘にする必要があったのか?」

「それが技術提供者からの要求だ。現在、カリタス隊隊長に内容を伝えぬまま捜索の指揮をとらせている」

「カリタス隊の隊長は他の隊の隊長よりも信頼が置ける」

「しかし未だに見つかっていないと聞くが」

「何をのろのろとしている?」

「技術提供者からの情報では我々の持っているカードでは兵器として使用しても意味がないようだ。取られたカードと併用して使用しないと効果を発揮ないと」

「なぜ教会などに握らせておいた」

「あちらにとっては後ろ盾だったのでしょう」

「なるほどな」

「今ではもう教会の権威もない。この際、革命軍の力を誇示する上でも、教会解体を進めるというのはどうでしょう?」

「意味がない。まだ計画のための情報が集まっていないのだ」

「しかしこの計画は革命政府の非難につながるのではないでしょうか?せっかくアルビヨンで最初の選挙が実施され民衆からの人気は徐々に上がってきております。一部の地域で革命軍の行為に不満を持つ人々が旧政府軍や追放貴族の下に攻撃を起こしていますが」

「彼らの存在が革命政府の地位に大きく影響するのだ」

「互いに矛盾の中で利害を追求しようとしているだけなのだよ」

 鶴の一声と言わんばかりに一人の厳かな声に他の者が口を慎んだ。イアーゴ・ティウスである。

「旧政府軍や追放貴族は再び政権を奪還して自分たちが政治を率いようとする。我々は我々で政治を率いたいと考える。我々は決して人の幸福を追求しようとしているわけではない。多くの人々の信用を得て、裏では一部の人を弾圧する。結局は利害というわけだ。そのための計画だ。非難など起こるはずがない」

「思想的には確かにゼウス教と対立するものではありますが我々がゼウス教と協調していかなければいいだけでしょう。プグラーソンの言うゼウス教解体の方が民衆の支持を得やすいのでは?」

「それに一理ある」

 数人の貴族が同調した。

「決して対立しているのは思想的なものではない。ヘクサと対立しているのは社会そのものなのだよ。人々はあのような下劣な虫どもには弾圧という恒久の剣を振りかざすことこそ我々が行使するべき正義であるのだ、というだろう。我々はその代弁者に過ぎない」

「その考えには同調しかねるものがあります」

 貴族の一人が言う。外見は女性に近い。瑠璃色の大きく澄んだ瞳は迷いなどない強い信念を感じる。黄金色の美しい巻き毛は高尚な印象を与え、身に纏う白いジュストコールは彼の崇高なる自尊心と清廉さが純粋に現れていた。

「アンリポア氏か」

「貴族的な革命の意義の一つにヘクサ狩りの暴走を止めるというものがありました。ただ彼らにとってはヘクサ狩りの矛先が貴族に向けられたことへの制裁という意味だけなのでしょう。実際、教会が解体されないのもそこにあります。政府の王政の根拠は古くからゼウス教に依っていました。それは歴史を重んじるあなた方ならおわかりでしょう。歴史を重んじるがゆえにその古く醜い体制をまだ残すつもりでしょうか?」

「決して私は歴史を軽視しないが重んじもしない。なぜなら歴史から学べることなど何も人は歴史から学ばないということだからだ」

「私としては計画に反対の立場です。ゼウス教は差別を容認するような誤った見識を招きかねない邪な宗教です。しかしディアナ教は高潔な精神をその胸に秘めています。結局旧体制を引き継いでいるだけです。革命でありながら何かを変えようという意志がティウス総帥にはあるのですが?」

「答えかねる」

 ティウスは陰険で、狡猾で、高慢な表情を浮かべて一言述べる。

「あえて言いましょう。私は無神論者ですが入るのならディアナ教でしょう」

 その貴族の発言に他の参席者がざわめく。

「ティウス総帥の前で何を」

「私は貴族であり、一人の人間です。今は革命の時代。発言の自由はあるでしょう」

「その通りだ」

 ティウスが言う。

「私は代弁者であって主張者ではない。私も君と同じように無神論者だ。もしどちらに入るかと聞かれれば同じようにディアナ教に入ると断言できる。だが政治は幸福を貫く場ではない。利害を貫く場なのだ。君はそれをよくわかっているはずだ。そして利害を貫くためには弾圧は必要条件なのだよ」

「それでは弾圧というものは政治もしくは正義の名を借りたものでありませんか」

「お前の言う通りだ。計画と言っても正義の名を借りた、ただの弾圧だ。だが弾圧なくして政治はない。我々の政治は哲学が追い求める正義の実現。そして哲学の正義は弾圧にある」

 ティウスはあっさりと認め、続ける。

「だがそれが民衆の望むことでもある。社会の中心に存在する大樹はすでに偏見という名でまかり通っているのだよ。私は偏見を正すつもりはない。なぜか?単純だ。偏見を正す者を要求する者は誰もいないからだ。私は民衆の要求に応える者だ。民衆は弾圧を暗に望んでいるのだよ。教会の存続は大多数が望むこと。ゼウス教は社会にはる根だ。そして人々はその土だ。弾圧はその偏見の大樹を育てるための肥料だ。そのためにマルス社からの技術提供を受け入れた。カードの力は人々に栄誉と称賛で迎えられることだろう。」

「そうですか」

 アンリポア氏は顔を引きつり、陰鬱な表情を浮かべた。

 会合は、夕暮れ時になり、終わりを迎えた。

 ブルボック氏はすぐさま席を立ち、身なりを整えて部屋を出た。革命政府幹部らが寄り集まって陰口を言う。

「今頃計画に異議を唱えるなんてどういうつもりだ?」

「まぁ以前から不満を持っていたようだが。貴族が何のつもりだ?」

「俺たち革命軍に追放でもされたいのか」

「名門貴族が調子乗ってるんじゃないか?」

 部屋の片隅ではティウスにキャシオがひそひそと耳もとで囁く。

「技術提供者がカードの捜索を引き受けるとの連絡が届きました」

「そうか」

「それにしても技術を提供する見返りにアルビヨンの大理石の発掘場を割譲して欲しいというのもどういったことを考えているのでしょう?」

「キャシオの言う通り、あの男の真意は確かにわからない。何かしらの目的があるはずだが。マルス社の社長にも」

「哲学者の存在はどうしますか?」

「それを言うのなら命の哲学者だ。それについてはマルス社が何かしらの対策をとる。まぁカードを回収した犯人ではあるが私としては一度話がしてみたいものだ。何を思って何を成し遂げたいのか。興味がある」

「それはどういう…?」

「気にするな、キャシオ。引き続きマルス社との交渉をよろしく頼んだ」

 ティウスは席上を後にした。

 ミネルヴァはその頃、脱出する機会を窺っていた。

「結局変わらないか。どこもいつも…」

 静かにぼそりと呟く。

 その時、ふと頭に一瞬鋭い刺激が走る。

 眉を上げ、その感覚に違和感を覚える。

「ブレスレットからの発信?もしかして雛の身に何かあったということか?」

 ミネルヴァはゆっくり扉を開いて周囲の目を確認したのち、まずテーブルの下に隠れる。

 そしてタイミング良く、開かれた窓から咄嗟に飛び出すのだった。

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