七つの部隊
「革命軍は七つの部隊に分けられる。それぞれフィデス、スペス、カリタス、プルデンツィア、テンペラツィア、ユスティツィア、フォルティトゥード。俺は三つ目のカリタス隊の隊長だ。この七隊を率いるのが革命軍の指導者、イアーゴ・ティウス。そして今日からお前はカリタス隊の一員になってもらう。一つ言っておくがくれぐれも地下室のことと最新兵器の情報に関しては内密にしてもらう。このことを知っている者もティウス含む王宮の貴族、七隊の隊長と一部の兵しかいない。いいな?」
大男が言う。
「はい」
ミネルヴァが答え、雛が支給された軍服に身を包み、答える振りをする。白いジレに黒いジュストコールを羽織り、白いクラバットを首に巻いている。そして皺ひとつない白い長ズボンを着用している。胸には革命軍のシンボルであるドラゴンの紋章が添えられていた。肌に密着しているゆえに雛はとても窮屈に感じたがポーカーフェイスでいた。
雛は指示を受けるまで指定されたとある部屋で待っているように言われ、カリタス隊隊長の部屋を出た。
雛は大理石張りの清淡で洗練された廊下歩いて行き、人目のつかない場所に行き、肩の力を抜いた。
「どうしてくれるの?何故私が軍に…」
そう言い、肩を落とし落胆の念を浮かべる。
「簡単な話。手紙の内容から革命軍とカードを怪物化させる、まぁ仮に『励起』と呼ぼう。励起の技術を持っている組織とのつながりがわかった。その組織が一体何なのか、なぜ革命軍にわざわざ励起の技術を売ったのか調査し、僕らが叩く必要がある。だから地下室の一件で少し手を打ったわけだ。まぁ運が良かったよ。七隊のうちの隊長があの場にいてくれて」
「それはよくわかった。だがミネルヴァ君がずっと私の代わりに答えて怪しまれる心配はないの?」
「安心しろ。これも…」
「不確定性とか言わないよね。完全に理論としての意味とミネルヴァ君が使っている意味と違うよ」
「でもブレスレットのその力のおかげでいろいろ面倒事も片付く。一つは君がロドンに到着してから二人に尾行されていたこと」
「えっ?」
「気づいてなかったか。まぁ安心しろ。僕らが介入する必要もなくブレスレットが巻いてくれた」
「いつの間に?」
「そういうものなんだよ。そしてもう一つはこうして君の代わりに喋る事が出来るということだ。僕ほどに君は演技力もないだろう。代わりに答えてやるから気楽にやりたまえ」
「そうですか。こちらも声を出さずに口だけを動かし、表情を作るのも相当苦労しているんですけどね。そういえば地下室の時に言っていたランカスター家というのは?」
「アルビヨンの貴族の家だ。革命の際には中立の対場を貫いた唯一の家らしいがそのせいで王宮から革命軍によって追放されている。それはさておき、あの男の洗練された身なりからして貧しい出で無いことは間違いない。あと申し訳ないとは思っているが貧しい娘の妻がいると言ったのも同じことだ。あの隊長はロケットを首に下げていた。ちょっと見えなかっただろうがな。ロケットの表面にアルビヨン語で名前が書かれていた。アンナ・リアンクールと。名前からして女だ。リアンクールというのはこのアルビヨンでは貧しい人に多い苗字なんだよ。例えば孤児とかね。大概名しか無いから自分で苗字をつける。この辺の情報は一応調べた。つまり言ってしまえば適当に嘘を並べて、懐柔を図ったというわけだ。うまくいったがね。それに加え、廃屋には教会でいただいてきた書類のうち、水につけていないものを気づかれない内に置いてきた。もう必要なくなったからな。そうすればあそこに犯人がいたと思わせられる」
「お見事」
先までの不安がなくなったかのように雛はミネルヴァの弁才に拍手を送る。
「諸君ありがとう」
「私しかいないがね」
「まぁ行くぞ」
二人はその場を離れて建物を出た。ここは政府官邸の隣にある現政府軍基地であり、雛が出たのはカリタス隊の司令塔である。基地内にはそれぞれの七隊の司令塔が存在し、基地の中央に七隊を総括するウィルトゥス塔がある。
基地の建物は政府官邸同様荘厳で飾りが美しい。アーチ構造で、古めかしいが気高さと重みが感じられる。革命の時にできたものと思われるが建物の壁には剣でつけたと思われる切り痕が残っていた。
雛は指定されたカリタス隊の待機場に着いた。
そこには雛と同じ軍服を着た兵が十人ほど常駐している。彼らは兵士というよりは醜穢がにじみ出た暴力団に見えた。建物の美しさと相まって彼らが異物のように思えた。雛は彼らが座っている三列ある木の長椅子の端に腰を下ろした。
「お前、新入りか」
隣に座っていた厳しい印象ながら若い、緑髪の男に声をかけられる。軍
「そうだが何だ?」
ミネルヴァが答え、雛が若干遅れて口を動かす。
「革命軍に新入りが入るのは日常茶飯事だがお前は見るからに戦闘経験がなさそうだ。何で訓練も受けずにこのカリタス隊に入ってこれるんだ?」
「いや、隊長に大抜擢されてね。運良く入れたというわけだよ」
「胡散臭いな」
そう言い、怪訝そうな表情を浮かべる。男の言葉を聞いてたわいもない会話をしていた兵士たちは会話を止め、雛を見る。
「俺の名はネッケル・ディドロ」
「ところでカリタス隊はこれから何かやるとかあるのか?」
「他の部隊は旧政府軍とは違う、反革命軍鎮圧に頻繁に駆り出されるがカリタス隊はほとんど待機だ」
「革命軍がロドンを占拠してからたった三ヶ月しかなっていないのにもう七隊のなかで抗争が起こっているなんて笑えるよ」
紫髪の太った男が言う。名前はカロン・ジュストと言う。
「ところでヘクサ狩りについてお前さん方はどう思う?」
再び雛に目線が集中する。
「お前ヘクサか?」
ネッケルが言う。
「まさか、めっそうもない。冗談もほどほどにしてくださいよ」
「だったらなぜ聞く?」
「最近、ヘクサによって教会から絵が盗まれた話あるでしょう。あれで民衆が不満持ったりするのかと思いましてね。だからヘクサを弾圧して革命軍の名声をあげようなんて考えているんじゃないかと思ってよ」
「ヘクサか。確かに旧政府軍が積極的に弾圧を進めたが革命軍はそこまでしないだろう。革命によってそういった考えも少しは無くなっている」
「そう言ったとは具体的に?」
「お前も無知だな。ヘクサは悪魔とかいう話だよ。わかるだろ。ゼウス教がヘクサを潰すためにいろんな話に尾鰭をつけて残虐な鮫に見せて退治しようとしていただけさ。そんなの誰の目にも明らかなことだった。だが革命までは誰もヘクサ弾圧を止めるものはいなかった」
カロンが答えた。
「元々のヘクサ狩りもゼウス教と教えが全く正反対であったことから起きたものだったが、旧政府軍が弾圧を強めた目的は決して思想的なものではなかった」
「ヘクサじゃないやつも相当審問所にぶち込まれて処刑台に載せられたが誰も何も言わなかった」
「まぁ革命軍も旧政府軍の連中を同じようにしたがな」
「当然と言えば当然だろうよ」
「当時の飢饉やら疫病やら何かしらの天災、人災が起これば必ずヘクサのせいにされた」
他のカリタス隊兵たちも次々に答える。
「なぜかわかるか?」
雛の向かいに座っている兵の一人の、ぼさぼさの黒髪の男に尋ねられたが雛は首を横に振る。名はニコラ・エドムと言う。
「単純だよ。悪者を作ればたとえ旧政府軍が行動を起こさなくたってそいつらを弾圧すれば問題は解決されたことになる」
「それだけじゃないが旧政府軍がヘクサ狩りを進めたのもそれだろう」
「一部の村では全員ヘクサとして処刑されたという話も聞いたことがある」
「俺は地方の村で生まれたが十歳の頃村が謀反を企んでいるとの三刻でヘクサ狩りにあった。ヘクサはディアナ教の信者でなくてもヘクサと言われ、ゼウス教もしくは政府に逆らえば異端とされる。実際謀反の話は本当だったが惨状は見るに堪えない。俺だけ運良く押入れに隠れていて殺されずに済んだんだけどな。それはもう家中どころか村中、水没したかのように血の海だった。あんなに平凡な茶色の地面を愛しいと思ったことはない」
「ロドンでは革命の影響でヘクサ狩りが沈静化したものの地方では未だにヘクサ狩りが続いている」
「一度でも訴えられればほぼ間違いなく処刑される。地方の場合そのやり方がばらばらだから普通に生活している最中に家を爆弾で爆破したり銃撃したり。しかしそれらは余程の事がない限り法律違反にならない」
「まぁロドン郊外に行けば同じようなものだな。革命でロドン郊外が戦場になったこと街も荒廃したからな」
「お前は見たのか?」
ニコラに再び尋ねられ、雛は頷いた。
「革命の大義は元々、疫病流行に何も手を打たなかった政府軍への反発と民衆が政府によって課せられていた重税からの解放のため王宮の一部の貴族が主導となって民衆を引き連れて起こした」
「だがもちろんの事それ以外にもたくさん理由がある。ヘクサもその一つだ」
「だがヘクサ狩りへの反発ではないだろう。恐らくはヘクサ狩りの対象が民衆だけでなく貴族の手にも及んだからだ。つまり教会の暴走だ」
「審問官によって処刑された人の財産は全て教会が得ることになる。簡単に言ってしまえば教会としては財産を得るために少しでも怪しいと思った者をヘクサとして処刑すれば利益を大いにあげられるというわけだ。それで貴族も処刑し始めたんだ。それが革命の大きなきっかけの一つになった」
「まぁ腐敗した王宮にいる貴族も腐敗しているんだから処刑してくれてよかったけどな」
「革命前、確かに王宮は墓場だったな」
ネッケルが言う。
「革命によって旧政府軍と教会の腐敗が明るみになり王政は崩壊、王のゴルゴンは逃亡し、教会も革命軍の完全な支配下に置かれた。これから教会はどのような運命を辿るかは革命軍次第だろうな」
「それで話を元に戻すと、今ヘクサがわざわざ絵から教会を盗んで得するか?」
「新聞で言っていることは嘘だろうな」
「まぁ絵ではなくて兵器を盗んだとの噂もある。だがなくなった物が何であれヘクサはおそらく盗んでいないだろう」
その言葉に兵士一同頷く。
「まず教会が兵器なんか所有している時点でおかしいしそれをヘクサが所有しても弾圧が起きるのであれば起きるし起きなければ起きない。結局は民衆の意志の問題だ」
緑髪の男が言う。
「旧政府が進めたのはそうだが進めるのは民衆なんだよ」
「民衆は血まみれの見えざる手によって恐ろしい猟犬となり、猟犬に混じらなかった人間を襲うのだよ」
「たとえ旧政府軍がしなくとも民衆が偏見を持っていれば起こるし
「ヘクサが悪者だというが結局のところヘクサという言葉自体意味不明な偏見の塊が生んだ産物なのかもしれんな」
「それにしてもこんな哲学講義が出来る俺たちはどんなお偉いさん方より天才だな」
「そうだな」
そう言い、一同げらげらと高らかに得意げに笑いあった。待機場は彼らの笑い声が轟いた。
「退屈は本当にいい。時間がたっぷりあるから何をするのも好都合だ」
「本当、俺らは誰も学校に行ってないのに専門家も考えない真理をついた鋭い見立てが立てられるのも暇なおかげさ」
「退屈は人を何に変えるかわかったもんじゃない」
「退屈が怖いなどと言っている奴は考えないやつだろうな」
「お前らいいこと言うな」
急に、まるで居酒屋で呑んだくれた中年たちの会話のような雰囲気が漂う。
雛は少し考えてみる。
「革命軍の上層部は、カードを回収した本当の者がヘクサではなく、哲学者であることはわかっているはずだ。カードを絵と偽ることで人々にカードの事を知られたくないというのは納得がいく。しかしヘクサと偽る理由が不明だ。人々がヘクサに対して抱いている不満、偏見を利用して何かを企もうとしているのだろうか?」
ミネルヴァも同じ事を考え、
「何でヘクサは人々に反感を持たれているんだ?」
ミネルヴァは質問した。雛はすかさず口を動かす。
一同話すのをやめ、視線が雛に集中する。
「それは俺たちには言えない」
「何故?」
「お前は本当に無知だな」
ネッケルが言う。
氷結した湖面の水のように誰も動かず、話さず、沈黙の時が流れた。
その時、隊長が急ぎ足で待機場に向かってきた。
「ロシュフコー隊長、どうしたんですか?」
「どうしたも何もない。反革命軍鎮圧の任だ。場所はロドン郊外のバスティーユだ」
「はい」
力強い声で一斉に返事をした。
「お前は初めての出動だ。気合いを引き締めろ」
「はい」
ミネルヴァが答えた。