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ゆる奏屋  作者: 魚岡みお
3/7

禁じられたロールキャベツ

夕闇の境内で稲荷卿の三味線が、ベベンと鳴った。一拍置いて、武蔵坊のボンゴがビートを刻み出す。それにつられて笠地蔵のアコーディオンが、さらに稲荷卿の三味線が再び鳴り始める。そして御子の篠笛と大路のトランペットの音が同時に響いた時、ゆる奏屋の定期演奏会が始まった。今夜はなんと、ディナー付きである。なぜかかなりの大盤振る舞いだ。お客の小熊も、満足そうである。事の発端はというと、3時間程前に遡る。




すっかり暗くなった離総帝園結海に、大路は立っていた。とはいっても、結界内と現実では時間の流れが違うため、現実ではまだ4時過ぎくらいである。以前、弥生のピアノが置いてあった場所とは違うようだ。陸地が見える。水平線に沿って、明かりの灯った高層ビルが延々と並んでいる。水色やオレンジや黄の光が、暗い海にも映りぼやけている。海上に立つ大路は、陸地の方を向いて呟いた。

「やれやれ、今日は近い方かの」

境内から結界に入る時、結界のどこに着くかはわからない。そのため、白いSL、離総帝園鉄道は大路達にとって欠かせない存在なのである。

「食事前の運動とするか」

夜の大都会、その名も離総郷へ、大路は海上を歩き出した。




大路は、街灯の立ち並ぶ歩道に上陸した。しかしそのビル街からは、まったく音が聞こえてこない。住民がいないからだ。オレンジ色の街灯にも、虫すら寄ってきていない。ただし耳を塞げばそこは、煌びやかな深夜の大都会である。この離総郷は、元から結界内にあったものではあるのだが、いつ何のために作られたかはわかっていない。

しばらく海沿いに歩くと、あるビルの前の車道に、黒いヘリコプターが停まっているのが見えた。

「笠地蔵か、気が利くな」

黒いヘリコプターは大路に気づくと、羽を回して音を立て、大路を呼んだ。これは、笠地蔵がかかしだった頃に知り合った烏達の霊魂を、笠地蔵が妖術で実体化させたものである。名を、霊魂ヘリという。数が多いのが特徴で、離帝鉄に次ぐ結界内の移動手段の1つである。

「13階まで頼むぞ」

もちろん運転席には誰もいない。しかし大路を乗せた霊魂ヘリは、大路の注文通り空へと舞い上がる。そして、ビルの13階あたりまで来るとヘリのドアが開いた。

「もうやっておるようだな」

13階の部分だけ、様子が違った。背の低い竹製の柵のあるベランダには、石灯篭と鹿おどしもある。そして、まるで居酒屋の入り口のような引き戸の前の赤い暖簾には、黒い墨でかっこよく「酒奏屋さかそうや」と書かれていた。大路がそのベランダに飛び移ると、霊魂ヘリは闇夜に消えた。下を見下ろすと、真っ黒な海にビルの光が揺れているのが見えた。大路が引き戸を開けると、そこは平凡な居酒屋で、奥の座敷の間にだけ人影が見えた。大路は座敷の間の障子を開けた。

「待たせたな」

ペストマスクをつけ笠を被ったスーツの男は、立て膝で、杯に注がれたお酒を飲んでいた。狐面の烏天狗は、あぐらをかいて、座卓の上の枝豆を口へ運んでいた。そしてガスマスクの僧兵は、徳利でお猪口に、正座で麦茶を注いでいた。酒も枝豆も、式神達の仮面をすり抜け口元へ入っていく。これが彼ら式神の、いつもの食べ方なのである。

「遅い!」

厨房の奥から出てきた弥生と御子の声が被った。2人は顔を見合わせてすぐにそっぽを向いた。

「ずっとこの調子なのか?」

「そうなんですよねぇ」

笠地蔵は杯の酒を飲み干した。

「ひとまず私が弥生に一票。で武蔵坊が御子に一票。一勝一敗ですので、後は大路、どちらの方が料理が上手か、実際に食べて決めてあげてください」

弥生と御子は、どちらの方が料理が上手かで、ケンカしていた。

「さっさと終わらせて俺にも食わせろ」

稲荷卿は空になった枝豆の皿を見て、隣のからあげの皿に手を伸ばした。

「稲荷卿はおあずけを食らっておるのか」

大路が空いていた座布団に座ると御子が言った。

「稲荷卿すぐ食べ切っちゃうから」

「ハッ、あれば食うだけだ、何がおかしい」

「全部おかしい」

すると弥生が、厨房から御子を呼んだ。

「みこねえ早く食べてもらってよ、私のはデザートなんだから」

ケンカしていても、弥生のあだ名呼びは変わらないようだ。御子も厨房に戻っていった。

「超難問ですからねぇ、がんばってくださいよ」

「やれやれ」

稲荷卿は面白そうに大路に告げて、またお酒を飲み始めた。すると、御子の料理が運ばれてきた。

「まずは私、ロールキャベツ」

「おお」

大路の前に、皿に盛り付けられた2個のロールキャベツが置かれた。

「これは、以前稲荷卿が56個という記録的数量を食べ切り、余が育てていたキャベツを食い尽くす結果となった禁断のロールキャベツ!」

「あれはおかわりを作り続けた方も作り続けた方な気がしますけどねぇ」

笠地蔵の指摘にも、御子はあの時を思い出しているのか少し嬉しそうにしている。

「だって褒められたから」

「これも上出来だなぁ」

大路は1個食べただけで、もう1個はいつの間にか稲荷卿が食べていた。

「次は私です、芋ようかん!」

「おお」

続いて弥生がやって来て、大路の前に、皿に盛り付けられた芋ようかんが1個置かれた。

「これも、以前稲荷卿が56個という記録的数量を食べ切り、余が育てていたサツマイモを食い尽くす結果となった伝説の芋ようかん!」

「あれも以下略ですねぇ」

「だってほめられたんだもん!」

「これも上出来だなぁ」

大路は一口食べただけで、残り半分以上はいつの間にか稲荷卿が食べていた。

「それではロールキャベツと芋ようかん、どっちの方がおいしかったか選んでもらいましょうかねぇ」

「ジャンルが違いすぎんか?」

困惑する大路に対し、笠地蔵は相変わらず面白そうである。

「どっち!」

また弥生と御子の声が被った。2人は顔を見合わせてすぐにそっぽを向いた。

「そう、だな」

大路はしばらく考える素振りを見せた。

「ロールキャベツ?」

「んー」

「芋ようかん?」

「ええと、だな」

そして沈黙。その沈黙を破ったのは、今まで黙っていた武蔵坊だった。

「この戦いに意味はあるのか」

「おおっと、ここで武蔵坊!」

笠地蔵は面白そうである。武蔵坊は正座のまま、徳利とお猪口を座卓の上に置いて言った。

「料理とは、本来優劣を競うためのものではないはずだ。おいしければいいのではないのか」

「ハッ、確かになぁ。どちらも上出来なのは確かだ、戦争してる暇があったらさっさとおかわり持ってこい」

稲荷卿はからあげの皿も空にしていた。大路の菜園のピンチに気づいた笠地蔵は慌てて付け足した。

「折角ですので、お二人で一緒に何か作ってみてはいかがです?さらに上を目指せるんじゃないですかねぇ」

御子が弥生に聞いてみた。

「一緒に、する?」

「うん!」

「あ、でも今日はダメですからね、この後定演があるんですから」

「えー!」

弥生と御子の声が被った。2人は顔を見合わせて笑い出した。

「武蔵坊もいいこと言いますねぇ」

笠地蔵が武蔵坊のお猪口に酒を注ぐと、武蔵坊は当然のように言い放った。

「これは大路の意思だ」

「へ?」

一安心してお酒を飲み始めていた大路はすっとんきょうな声を上げた。

「大路の真意がわかってこそ、大路の真の式神だ」

稲荷卿は弥生が持ってきたロールキャベツを食べながら大路を笑う。

「ハッ、いい式神を持ったなぁ」

「そう、だな」

大路は御子が持ってきた芋ようかんを食べながら苦笑いする。

「ところであとおかわりはどれほど?」

笠地蔵が尋ねると弥生と御子は声を合わせて答えた。

「あと100個ずつくらい?」

「余のキャベツとサツマイモがっ!」

本日の稲荷卿の記録は、枝豆とからあげを先に食べていたこともあり、28個ずつだった。




夕闇の境内で稲荷卿の三味線が、ベベンと鳴った。一拍置いて、武蔵坊のボンゴがビートを刻み出す。それにつられて笠地蔵のアコーディオンが、さらに稲荷卿の三味線が再び鳴り始める。そして御子の篠笛と大路のトランペットの音が同時に響いた時、ゆる奏屋の定期演奏会は始まった。弥生は楽しそうにロールキャベツを頬張っている。御子と一緒に料理を作れるんだと、期待に胸をふくらませながら。

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